コロナ後の世界

第46回

経済合理性に合致しない社会の声

イノベーションズアイ編集局  経済ジャーナリストA

 

静岡市中心街の西側に安倍川という大きな川がある。この川は、普段はそれほど水が多いわけではない。が、江戸時代には安全保障上の配慮から橋がなかったため、対岸との往来は渡し船や川渡し人足に頼っていた。

筆者は、江戸時代後期の戯作者で絵師でもある十返舎一九の“生誕の地”の近所に住んでいるのだが、その十返舎一九の著作「東海道中膝栗毛」には安倍川の渡しが「川ごしの 肩車にて われわれを ふかいところへ ひきまはしたり」という感じで登場する。

この川にも、明治維新後は次々と橋がかけられた。そのうちの一つに、筆者が最もたくさん渡っている「安倍川橋」がある。

建設されたのは関東大震災が起きた大正12(1923)年。自動車交通に対応するため建設された国内最初期の大規模橋梁で、東海道の近代化に大きく貢献したとされている。昨年夏、この橋は建設100周年を迎え、国の「登録有形文化財」に登録された。

その報に接した時には驚いた。古い橋であることは見ればわかるが、100年も前に架けられた橋が、ほぼそのまま普通に使用されているからだ。しかも、朝晩は渋滞もする。バスやトラックもわんさか通行している。それこそ「えっ、あの橋が?」という感じだった。

ちなみに、橋のたもとには静岡の名物の1つでもある「安倍川もち」の店も残る。これは橋ができる以前のなごりだが…

そんな安倍川橋は「ボーストリング・トラス橋」というタイプの鉄橋としては国内最長を誇る。100年前の日本は繊維産業などの軽工業が主力だったが、鉄鋼産業を中心とする重工業も発展しはじめ、近代化が加速していた。だから最先端の鋼材で大鉄橋を作ったのかと思いきや、この橋の鋼材は英国の名門鉄鋼メーカー「ドーマン・ロング」のものが使われている。国産重視のこの時期に、輸入鋼材を使用したのも珍しいことなのだという。

そんなこともあって、安倍川橋を見たり渡ったりするときには鉄鋼産業のことを思い出すことが多くなった。このところ、日本製鉄によるUSスチールの買収話が話題になっているのでなおさらだ。

「鉄は国家なり」という。これは1901年の官営の八幡製鉄所の火入れ式での伊藤博文首相の言葉だというが、その後もことあるごとに「鉄鋼の生産」は国力の源であり、国力をあらわす“経済指標”にもなってきた。

しかし、いまはどんなもんなのだろうか。

米国では日鉄のUSスチール買収案に対する反対意見が多いように報じられている。製鉄所が無くなるのは安全保障上よくない、といえばそんな気もする。が、買収劇で製鉄所がなくなるわけではない。本質はそこではない。鉄鋼関連の労組が反対を表明しており、労組の票が欲しい大統領を含む政治家がいろいろ言っている、ということだろう。

しかし、「アメリカの心が…」とか「アメリカのプライドが…」といった表現をフル活用して反対を陳述されると、関係ないアメリカ人までそんな気分になってしまいそうだ。

バブル経済期のソニーによる米コロビンア映画買収や三菱地所による米ロックフェラーグループの買収時にも反対の声は盛り上がった。日本でも、鴻海精密工業によるシャープ買収時などにはいろいろな話がでた。

ただ、グローバル企業の統廃合には、世界市場での生き残りといった国や社会とも違う論理が働く。企業側はあくまでも経済合理性を、対する国や社会は効率や採算ではなく感情論に偏ることもよくある。

先月(令和6年2月)、静岡県沼津市の複合水族館「あわしまマリンパーク」が40年の歴史に幕を下ろした。設備の老朽化や飼育する生物のエサ代高騰などから閉園を決断したのだとか。この閉園のニュースが報じられると、地元はもちろん、遠方や県外からも惜しむ声が上がった。長らく続いた新型コロナウイルス禍の終焉もあり、同園は連日大勢の来場者で賑わった。閉園日も延長して来場者に対応したほどだ。

長らく親しまれていると、やめるのもいろいろ大変だ。USスチールも、まわりの声に振り回されているうちに錆びついてしまわないことをお祈りしたい。

 

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