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コロナ後の世界

第4回

ハラスメントの深刻化と信頼関係の希薄化

イノベーションズアイ編集局  経済ジャーナリストA

 
日本商工会議所と東京商工会議所が、中小企業向けに職場のハラスメント対策のポイントを分かりやすく解説したガイドブック「ハラスメント対策BOOK」を公開した。

2022年4月からパワハラ防止措置が中小企業に対しても義務付けられるが、多くの中小企業から「パワーハラスメントと業務上の適正な指導との線引きが困難である」「適正な処罰・対処の判断に迷う」といった声が寄せられていることに対応したのだという。

こうしたハラスメント、いわゆる嫌がらせやいじめが問題になって久しい。パワハラについては防止法まで施行されるほどだ。

一方で、パワハラについてはコロナ禍に伴うテレワークの普及で鎮静化傾向にあったと感じる人が多かった。なぜそう思うのか。21年秋以降のコロナ感染が激減したころテレワークをやめて出社勤務に戻した企業などが多くあった。その、ちょうど駅のホームや飲食店に活気が戻り始めたころから、出社に伴うパワハラの再燃を恐れる声が多く聞かれたからだ。

ネット上でも「直接上司や同僚らと顔を合わせないで済むテレワークで、ハラスメント被害を回避できたのに…」「嫌いな上司や同僚、面倒な客と必ずしも毎日顔を合わせなくて良くなり精神的に楽だった」という発信が多くあった。


年明け早々からコロナ感染は再拡大し、折しも第6波の真っただ中ではある。従業員にテレワークの徹底や外出、会食の自粛を要請する企業は多い。ただ、コロナ禍はやがては収まり、コロナが消滅こそしなくても共生する時がくる。その際には、法に基づくパワハラ防止措置が中小企業にも義務付けられている。だから大丈夫、となるのだろうか。


確かに、防止措置に挙げられている身体的な攻撃(暴力や障害)、精神的な攻撃(脅迫や侮辱、暴言)、仲間外れにする、といったことは論外であり、それらはパワハラ以前の問題。これらは徹底して排除すべき行動だ。


難しいのは業務上の要求に関することだろう。過大だったり、実現不可能な業務命令や、逆に仕事を回さないのもいけないことになっている。要は程度が問題だということである。


組織や上司は、従業員や部下に成果を出してもらわなければならない。でも、過度に要求してはいけない。と同時に“個の侵害”、私的なことに過度に立ち入ることもダメだ。


実はこのあたりが難しいところではないか。そもそも業務の指示が過度だったり不可能だったりする組織や企業は、成果か出なかったり長続きすることはないだろう。そういうことが適切にできない企業はおそらく淘汰されていく。


とはいえ、個人の能力はバラエティーに富んでいる。ある人には過度でも、ある人には普通の事だったりすることが多い。そして、その見極めは画一的にはできない上、教育や研修などでも変化する。多様化の時代といわれるが、そうした“個を知ること”が組織の最適化を考える上では重要だろう。


例えば、やなせたかしさんが原作の絵本・アニメ「アンパンマン」シリーズでは、登場人物がそれぞれ大変個性的に描かれている。それぞれに得意技と不得意分野がある。そんな仲間が協力しながら課題を解決していく。これはむかしの日本の組織が目指した典型的な形だった。人気ドラマの「水戸黄門」や人気アニメの「宇宙戦艦ヤマト」にも同様の組織が登場する。


それらの組織には特徴があるように思う。多分に私見を交えて言えば、組織やチームを構成する個々のことをお互いが熟知し、その能力の発揮をお互いが支え合っている、ということだろう。では、どのようにお互いを熟知し理解するのか。前述の絵本はそのあたりにはフォーカスしてはいないが、そういう視点で観ると平時はみんなでいろいろなことをしていたりもする。そう。普段からのコミュニケーションだ。でも絵本やアニメの話じゃないか、と思うだろう。それはそうだ。


しかし、本コラム「コロナ後の世界」の第1回とも重複するが、“濃密なコミュニケーション”以外に個を熟知する方法が見当たらない。


創業以来一度も赤字になったことのない京セラが、創業者である稲盛和夫氏の経営哲学に基づいて行ってきた「コンパ経営」の話を本コラムの第1回で紹介した。そのコンパでは「彼女はいるのか」「お父さんの体調はどうだ」「休みの日はどうしてるのか」…といった“私的な”話も飛び交っていたという。これを聞くと“時代が違う”という話になりやすい。


が、稲盛氏はその半面で“信頼関係”を重要視していた。信頼関係がしっかりしていれば、言葉じりで個を理解することもない。ちょうど“親に怒られている感覚”だ。稲盛氏の発言について、そう感じたという京セラ社員の話をたくさん聞いた。


日本では業務や働き方をあまりマニュアル化せず、属人的にこなしてきた面がある。その弊害は数知れずあるが、すべからくダメなわけでもない。米国企業は1970~90年ごろ、勢いのある日本企業を研究し、その仕事の進め方をマニュアル化して実践していた。そのマニュアルの逆輸入が問題視されているのは皮肉なことだ。


とはいっても、今後は“私的なことに過度に立ち入ることもダメ”で、それが画一的に運用されるとなれば悩ましい。


パワハラ防止措置が、組織内のコミュニケーションを阻害し、個々の信頼関係の希薄化に拍車をかけないことを願いたい。



経済ジャーナリスト A


 

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