マネジメントを再考してみる 後編<上級マネジメント>

第36回

財務感覚を磨く

StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ  落藤 伸夫

 
「財務的成果マネジメントについて、最後に伝えておきたいことがある。」

「改まって、なんでしょうか?緊張します。」

「現場を踏まえた財務感覚を磨いてほしいということだ。」

「なるほど。財務的成果マネジメントというくらいですからね。財務に詳しくなければならないという意味、分かります。ただ、日常の仕事に追われて、財務の勉強が後回しになっていることも、事実なのですが。」

「財務の勉強をしようなんて、中川部長もしっかりとした自覚を持っているではないか。」

「お褒めにあずかって光栄です。」

「ただ、私が言いたいのは、例えば税理士にでもなるような勢いで財務の勉強をして欲しいという意味ではない。先ほども言った『財務感覚』を磨いて欲しいということなんだ。」

「うーん。どのような意味でしょう。」


財務の原理

「途中で挫折したとしても、先ほど言ってくれたような志があるなら、財務についてのイロハは知っていることだろう。財務とは、どんなものなんだ?」

「ひどくざっくりとしかご説明できないので笑われそうですが、私の理解からすると『会社の全ての活動による収入や支出などを金額で表し、集計すること』です。会社の全ての活動による収入や支出などを一定の決まりに従って分類し集計したのが財務諸表です。」

「なかなか良い表現ではないか。学問的な正確さはとにかく、俺が言いたかったことからすると、今の表現で100点だよ。」

「そんな。三上取締役から満点を頂くなんて、ちょっと信じられません。」

「学校で言えば、まあ、小テストだからな。あんまり一喜一憂しないことだ。」

「分かりました。」

「俺が気に入ったのは、『会社の全ての活動による収入や支出などを、一定の決まりに従って分類・集計したのが財務諸表』という部分だ。」

「それが何か?」

「私がいう『財務感覚』というのは、『財務諸表や、それに付随する資料を見たら、現場では実際に何が起きているのか、勘が働くようになってくれ』ということなんだよ。」

「なるほど。と言いながら、あまり分かっていません。教えてください。」


現場で起きたことと、数字の関連

「中川部長は現場にいた頃、それは管理職だった頃も、現場の担当者だった頃でも良いのだが、自分たちの行動がどのように『数字』に繋がっていったのか、実感したことはなかったか?」

「それは、ありますね。目標について『たぶん達成できる』とたかをくくり職場がだらけてしまったため、目標に今一歩というところで達成できなかったこととか、仲間の間でトラブルが発生してしまって実績を大きく落としてしまったこと、逆に『この目標は無理だ』と最初は思ったけれど、みんなで力を合わせて頑張った結果、達成できた経験などです。」

「それは良い経験をしたな。つまりその時、中川部長は『現場の行動が財務数字に繋がっていく』という関係を実感したということだ。」

「そうですね。俗にいう『行動量と成果の関係』について、感覚値を身につけたということでしょうか。」


逆の推測

「であるなら、今度は、『財務数字→現場の行動』の関係を推測できるようになって欲しいということだ。」

「なるほど、そういうことだったのですか。おっしゃりたいことは分かるのですが、それは難しいのではないでしょうか?財務諸表は集計、つまり足し算でできています。例えばa、b、cと3つを足し合わせた合計値が基準値に至らなかった場合、原因がa、b、もしくcのいずれかであるかを見極めることは不可能です。」

「そうだな。単純なる足し算だったら、そうだろうよ。しかし、財務の場合にはそれを可能に近づけるアプローチがある。それを活用するんだ。」


指標値を活用する

「最初は、指標値を活用することだ。」

「指標値ですって。あの、売上総利益率とか、経常利益率とかという数字ですか?」

「そうだ。指標値をうまく使えば、問題がある箇所を推定できる場合があること、分かっているよな。」

「ええ、まあ。でも、理解が間違っていたらいけないので教えてください。」

「例えば我が社で、売上は目標を達成したのに利益は不満足なものだった。次期は、そんなことがないように抜本的に取り組みたい。その対象は、製造や購買などの現場部門なのか?、それとも間接部門なのか?どうやって判断すれば良い?」

「その判断を助けてくれるのが財務指標なのですね。」

「そうだ。売上総利益率の低下に伴って利益率が低下しているのなら、現場部門に頑張ってもらわなければならない。しかし、売上総利益率は良好なのに経常利益率が低下しているなら、間接部門にメスを入れる必要がある。」

「なるほど。」


補助資料(例:部門別)を作成する

「それでも指標には、限界があるよな。その場合には補助資料を作成する方法がある。多くの企業では、部門別資料を作成している。」

「なるほど。部門別に売上総利益率や経常利益率などが示されていれば、問題として指摘すべき部署の範囲を狭めることができますね。つまり、真の原因を特定しやすくなるということです。」

「そうなんだ。」

「なんとなく分かってきましたよ。これって、稲盛社長が導入したという『アメーバ経営』ですね。」

「そうなんだ。稲盛社長が育て上げた京セラ躍進の原動力はアメーバ経営だと言い切る論者までいる。財務指標を見て、ピンポイントの部署に的確な指示を出せるような仕組みだった訳だ。」

「なるほど。」


補助資料(例:現場を表す数字)を作成する

「現場について判断するには、まだまだ方法があるぞ。」

「まだあるのですか?それは何ですか?」

「中川部長も、現実にやっているだろう。会計数字だけでなく『現場を表す数字』を入手するということだ。」

「現場を表す数字とは、あまりこなれていない言葉のようですが、意味はわかります。例えば営業部門だったら商品別売上個数・金額や商談中の個数・金額などなどですね。」

「そうだ。財務数字は現場を示すバロメーターとして最適なものの一つだが、それ以外にバロメーターが存在しなわけではない。逆に、上級マネジャーが現場を把握しようとする目的に沿った数字があれば、何なりと現場から求めれば良いのだ。」

「なるほど。」


補助資料(例:自社独自指標)を作成する

「それに加えて、自分の目的に適った指標を自分で作るという手もある。」

「何ですか?それは。」

「いや、これも実践している上級マネジャーは多いだろう。先ほど中川部長が例えとして営業部門における売上金額と商談中金額を挙げたよな。その比率は、出しているのか。」

「というか、三上取締役は部長時代、出していましたよね。私は部下として、その数字作成をお手伝いしていたのですから。」

「そうだ。何故だと思う?」

「今日の売上だけでなく、明日の売上も確保しておきたいからですよね。三上部長は、そう言っておられました。」

「そう。そうやって、自分がマネジメントしたい目的に合った数字を作っていた訳だ。」

「なるほど。」


現場を見に行く

「そして最後に付け加えておきたい。」

「何ですか?」

「数字を見たら、現場も見に行って欲しいということだ。」

「どうしてですか?」

「財務数字、これには付加的な情報も含むけれど、これらを見るのは現場を知り、現場マネジャーをきちんとマネジメントできるようにするためだからだ。どのような数字がでたら、その時には現場では何が起きているのか。数字がどのように動いたら、その時には現場は何をしたのか。それを分かるようになって欲しい。そのためには、現場を見ることが不可欠なんだ。」

「なるほど。上級マネジャーの現場視察には、そんな意味があるのですね。」


カルロス・ゴーンの実践

「そうなんだ。その昔、カルロス・ゴーンが日産を立て直すことができたのも、これを行ったからではないかと、俺は思っている。」

「そうなのですか?」

「カルロス・ゴーンは、日産の副社長として赴任してきた時に、早い時期に現場視察を行った。ただ単に見回ったというより、ヒヤリングも含めて、かなり丹念に視察して回ったということだ。」

「その目的が、数字と現場の関係を把握することにあると、三上取締役はお考えなのですね。」

「そうだ。現場の状況や雰囲気をその身で体験することで、今の数字が出てきた理由がわかる。一方で、生産を伸ばすために何をすれば良いのか、それに必要な行動量はいくらかなどの察しもつくだろう。」

「なるほど。上級マネジャーが現場マネジャーをマネジメントしようとする時に、それを前提としているか、いないかで、マネジメントの質は大きく変わるでしょうね。」


「そうなんだ。導きたい方向性や行って欲しい行動量などを想定して出された指示と、そういうことを全く踏まえずに出された指示と、どちらが従いやすいだろうか。成果に繋がるだろうか?」

「もちろん、前者ですね。」

「そうなんだ。だからこそ、是非、現場を踏まえた財務感覚を養って欲しいと言っているのだ。」

「わかりました。」

 

プロフィール

StrateCutions
代表 落藤 伸夫

昨年まで、現場マネジャーが行うマネジメントについて、世界標準のマネジメント理論である「MCS(マネジメント・コントロール・システム)論」をベースに考えてきました。日本では「マネジメント」について省みることがほとんどないようですが、世界では「マネジメントとはこういうものだ」という姿がきちんと描かれていて、それを学ぶように促されています。日本のホワイトカラーの生産性が低迷している原因は、もしかしたら、このあたりにあるのかもしれません。

昨年度は約1年かけて、現場マネジャーのマネジメントについて考えてきました。現場マネジャーは、現場で働く人たちが高いパフォーマンスをあげられるよう促すマネジメントを行なっています。一方で現場マネジャーも、マネジメントを受けます。現場マネジャーが行うマネジメントが現場の力をあますところなく引き出しているか、企業として目指す方針や戦略を実現できるよう導いているかという観点でのマネジメントを必要としているのです。

今年度は、連続コラム「マネジメントを再考してみる」の後編として、上級マネジメント(上級マネジャーの行うマネジメント)についてMCS論をベースに考えます。上級マネジャーがどんな役割を担っているか、それをどのように果たしていくかについて、体系的にご説明します。 企業パフォーマンスを向上させる世界標準のマネジメントに関する解説は、日本初の試みです。是非、お楽しみください。


Webサイト:StrateCutions

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