マネジメントを再考してみる 後編<上級マネジメント>

第30回

決裁権限を見直す

StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ  落藤 伸夫

 
「組織の見直しには決裁権限の見直しも含まれるとのことでした。」

「そうだ。これを間違えていると、組織として良い意思決定を行うことができなくなる。」

「そうですか。その辺のところが、私にはよく分からないのです。意思決定を慎重に行いたければ地位の高いマネジャーを決裁権者にして、それまでの経路でしっかりと何人もの目でチェックすれば良いではないですか。」

「地位の高い者を決裁権者にすれば良い意思決定ができるとは、典型的な日本人の感覚だな。」

「私の感覚、間違っていますか?」

「いや、間違っていない。」

「では、それで良いではないですか。なぜ、そこまで言われなければならないのですか?」

「中川部長が言っていること、正しいが、それが全てではないからだ。半分にもいかない。それでは、決裁権限について考えるべきことの半分以上を取り落としてしまう。」

「ひどい言われようですね。では、私のどこが足りないか、教えて下さい。」


経験がある者の判断

「では聞こう。なぜ中川部長は、地位の高い者を決裁権者にすれば良い意思決定ができると思うのだ?」

「それは、多分そのマネジャーが長い経験を持っているからです。特に我が社のような会社では、上位のマネジャーの方が年長で経験がありますよね。だから良い意思決定ができると思うのです。」

「そうだな。それのプラスして、我が社の場合、販売先も仕入先も昔からほとんど変わっていない。そういう状況だと、昔からの事情をよく知っている方がうまく意思決定できるだろう。」

「はい、そう思います。」


広い視野・経営上の観点

「しかし、意思決定におけるポイントは、それだけか?」

「それだけかと言われても。」

「ある部署が意思決定すると、別の部署に影響が及ぶかもしれない。」

「ありますね、そんなこと。以前、営業部門が顧客への訪問頻度を減らした時のことです。するといつのまにか配送部のコストが上昇してしまったのです。それまで、営業マンが持参すれば良いような物品は持参していましたが、頻度が少なくなると顧客の要望に対応できないのでわざわざトラックを出すことになる。それでコストが上がったのです。」

「あの時は、配送部も宅配便を使えるようにしたことで決着がついたのだよな。」

「そうです。」

「それに気がついたの誰だ。」

「そういえば、三上取締役でしたね。こんなところで手柄を自慢するとは!」

「いやいや、手柄を自慢したい訳ではない。それは、上位のマネジャーだからこそ気が付くことだと言いたかったんだ。配送部には、自らが荷主になって宅配便を利用する発想がない。」

「そうですよね。自らの仕事を否定するような話ですから。」

「しかし上位マネジャーは、経営について広い観点を持っている。たかが数キログラムの荷物を運ぶためにトラックを動かすなんて、愚の骨頂だ。それより宅配便を使った方が良い。」

「その通りです。」

「つまり広い視野や、経営上の観点が必要になるような意思決定は、上位のマネジャーが行った方がうまくいくだろう。」

「なるほど。」


他部署との関連

「それに、他部署と関連するような場合には、その部署と我が部署を共に統括する立場にあるマネジャーに意思決定させてるのが適当なことが多いだろう。」

「そうですね。他部署がどんな事情にあるのか、どんな考えて仕事をしているのかを知っていますから、我が部署の意思決定がその部署に影響を与えるような場合には、察知してくれるでしょう。」

「そうだ。自分自身では判断つかなくても、その部署の責任者に『おい、隣の部署が何か始めようとしているらしいが、これって君たちの部署にも関連があるのではないか?あらかじめ調整しておいた方が良いのではないか?』と伝えることができるだろう。」

「いきなり『おい』というのは、いかにも三上取締役らしいですが、その通りですね。」


組織としての意思決定

「そして、ある決定が組織としてのあり方に大きく影響するような場合には、上位のマネジャーに意思決定させた方が良いだろう。」

「何ですか、そんな場合とは?」

「例えば宣伝部がチラシを作るときに、会社の名称についてロゴを作ったとする。それって、チラシの作成可否の意思決定だから現場の課長がすれば良いのか?」

「それはまずいですね。もし各部署がそんなことをしたら、我が社のコーポレートブランドはメチャメチャになってしまいます。会社として、意思決定する必要があります。」


即時性

「一方で、現場の意思決定は現場がすべきだという考え方がある。そのために現場にマネジャーを置いたのだと。」

「そうですね。ドラッカーも『問題が発生したのが現場ならば現場で意思決定した方が良い』と言っていたような気がします。とすると、現場で発生した問題に関する意思決定は現場マネジャーが行った方が良い、そういう決裁権限にした方が良いということでしょうか?」

「その考え方は、もちろん間違っていない。ところで、現場の問題について現場マネジャーが意思決定するメリットとして、何が挙げられる?」

「現場マネジャーが意思決定するメリットですか?一つには、即時性ではないかと思います。それ以上になると、上になればなるほど、意思決定に時間がかかってしまいますから。」

「そうだな。特に社長決裁ともなると、我が社でも天文学的な時間がかかるからな。」


問題への集中

「現場の意思決定は現場がするメリットとして、他にはないか?」

「そうですね。問題が目の前で起きているので、それに集中できるというメリットもあると思います。」

「なるほど。面白い指摘だな。なぜ、そう思ったのだ?」

「一度、お客様とのトラブルについて、上層部に上げたことがあるのです。相手先が社長の知り合いだということで。」

「聞いたことがあるような、ないような。それで、どうなったんだ?」

「当社に特段の落ち度がないと分かっても、相手に謝れという方向性を変えようとしないんです、上層部は。」

「どこの部署と言わずに『上層部』というところに、中川部長の屈折した思いが現れているようだな。でも、なぜそれではいけないんだ?」

「当方に落ち度がないのなら、謝るとその後の取引を優位に進めることはできません。どころか、当社としては付き合う価値のないものとなってしまいます。」

「そうだな。きっちりと当社の立場を分かってもらって、その後はイーブンな立場で付き合えるようにした方が、ビジネスとしては健全だよな。」

「そうなんです。でも、それを分かってもらえなくて。こんなことになるのだったら、私たちが独断で意思決定した方が、相手にも、私たちにもメリットのある決断が下せたと思います。」

「なぜ、そうなるのだ?」

「ある部署が、社長に気兼ねしたからでしょうね。」

「そうだ。つまり『問題な適切な解決』ではない、ビジネスとは離れた尺度での意思決定になってしまっているということだ。」

「その点、問題が発生した場所の近くで意思決定すれば、そういう雑音を気にせずに済みますね。」

「問題とその解決に集中した意思決定ができるだろう。」


専門的知識

「現場の意思決定は現場がすべきだという考え方に、もう一つ根拠があると思う。」

「専門的な問題に係る意思決定は、専門的知識やノウハウのある者が意思決定すれば良いという考え方ではないでしょうか。」

「その通りだよ。技術的な問題なら、技術に精通している者が意思決定するのが良い。営業に関する問題なら、顧客に精通している者が意思決定するのが良いという考え方だ。」

「もっともなお話です。」


責任を取るべき者による意思決定

「しかし全ての問題で、専門的知識やノウハウを持つ者が意思決定すれば良いという訳ではないことに、気をつけてもらいたいと思う。」

「どんな時でしょうか?」

「その影響が、会社全体に及ぶような時だ。」

「そうですね。そういえば、思い出すことがあります。」

「何だ?」

「販売先として、大手チェーンと契約する時です。三上取締役は、役員の決裁が必要だと主張されました。」

「ああ、そうだったな。」

「あれは、瑕疵担保責任のことを気にしておられたのですね。そのチェーン店は、仕入先に厳しい瑕疵担保責任を負わせていました。」

「我が社の製品は大して金額が張らないからな。その観点からすると瑕疵担保責任が過大になる心配はない。現場サイドでの意思決定で十分だとの解釈だった。」

「そうです。しかし三上取締役は『我が社製品がきっかけで最終顧客の家屋にトラブルが発生した場合などに、瑕疵担保責任を負わせられる可能性がある。その覚悟を持ってもらうためにも役印決裁にした方が良い』と言われました。」

「そうだな。現場では小さな意思決定に思えることでも、会社に大きな影響が及ぶかもしれない。それをうやむやにすると、ときに思わぬしっぺ返しがある。そんなことにならないように、上位者の意思決定が必要になる場合があるんだ。」

「このように考えると、決裁権限を考えるときには、いろいろな観点で検討する必要があるのですね。一筋縄ではいかないようです。問題によって最適な決裁権限を設定すべきだという取締役のご意見、理解できました。」

 

プロフィール

StrateCutions
代表 落藤 伸夫

昨年まで、現場マネジャーが行うマネジメントについて、世界標準のマネジメント理論である「MCS(マネジメント・コントロール・システム)論」をベースに考えてきました。日本では「マネジメント」について省みることがほとんどないようですが、世界では「マネジメントとはこういうものだ」という姿がきちんと描かれていて、それを学ぶように促されています。日本のホワイトカラーの生産性が低迷している原因は、もしかしたら、このあたりにあるのかもしれません。

昨年度は約1年かけて、現場マネジャーのマネジメントについて考えてきました。現場マネジャーは、現場で働く人たちが高いパフォーマンスをあげられるよう促すマネジメントを行なっています。一方で現場マネジャーも、マネジメントを受けます。現場マネジャーが行うマネジメントが現場の力をあますところなく引き出しているか、企業として目指す方針や戦略を実現できるよう導いているかという観点でのマネジメントを必要としているのです。

今年度は、連続コラム「マネジメントを再考してみる」の後編として、上級マネジメント(上級マネジャーの行うマネジメント)についてMCS論をベースに考えます。上級マネジャーがどんな役割を担っているか、それをどのように果たしていくかについて、体系的にご説明します。 企業パフォーマンスを向上させる世界標準のマネジメントに関する解説は、日本初の試みです。是非、お楽しみください。


Webサイト:StrateCutions

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