「さて、上級マネジャーの経営戦略への関与について、今週が最後だ。」
「えっ、先週で終わりだったのではないですか?だって、それが上級マネジャーの固有の役割だったのですよね。」
「そうだよ。そして今回も上級マネジャーの固有の仕事ではない。他人の支援だ。」
「上級マネジャーって、本当に経営陣をサポートする業務が多いのですね。」
「サポート業務が多いという感想は、ある意味当たっているだろう。しかし今回説明するのは経営陣のサポートではない。逆だ。今回のフェーズでは、上級マネジャーは、部下である現場マネジャーをサポートすることになる。」
「本当ですか?そうしてみると、上級マネジャーは、上へも下へもサポートしなくてはならなくて、本当に大変なんですね。」
「そういうことだ。しかし、その役割を上級マネジャーがしっかりと果たす企業が、しっかりとした成果を出せる企業なんだよ。」
「そうなんですか。では、心してそのご説明をお聞きしたいと思います。」
実行計画への関与
「経営戦略に関する上級マネジャーの関与の最後は『実行計画』への関与なんだ。」
「実行計画ですか?あの、現場が作る計画ですよね。」
「そうだ。」
「実行計画は現場主導で作成します。主たる責任者は現場マネジャーでしょう。そこでの上級マネジャーの関与は限られると思うのですが。」
「どんな風に?」
「検討プロセスに頭を突っ込むことは、あまりありませんよね。現場からの案が出来上がった後に、お伺いがあったら、それに答えるだけではないでしょうか?」
「それに答えるだけというが、それが大切なのではないか?」
「えっ、そうなのですか?」
上級マネジャーの判断基準
「この場合、上級マネジャーは、何を判断に、お伺いに対してイエスだのノーだの答えていると思う?」
「何を基準ですか?『こういう案になるのも、もっともだな』と思うかどうかではないでしょうか?」
「ひどくざっくりとした答えだな。そんなので、判断できるのか?」
「ですから、どう考えて判断すれば良いのか、教えて頂ければと思っています。」
具体戦略を現場の基本方針に則って実現できるアクションプラン
「中川部長は、『プロセス思考』は知っているか?」
「はい、なんとか聞きかじったことがあります。望む結果、つまりアウトプットを得ようとするなら、いきなり結果を考えるのではなく、インプットや、それを処理するプロセスにも目を向けなければならないという考え方ですね。」
「そうなんだ。この考え方を実行計画に適用すると、どうなる?」
「まず、インプットが適切かをチェックするということですね。」
「つまり?」
「具体戦略や現場の基本方針で決まったことを、きちんと取り入れているかどうかをチェックするということでしょうか?」
「そうなんだ。例えば?」
「また、我が社の品質戦略に基づいて考えてみます。我が社の品質戦略では、現場の基本方針として『寸法の正確性、メッキの厚さ及びムラでもって品質を判断し、日常業務においては不良品排除のためマニュアルを整備して順守を記録すること。検査は抜き打ちで行うこと』が示されました。ということは、少なくとも寸法及びメッキの厚さとムラに関わる事項について、マニュアルを参照するような内容になっていないと困るということですね。」
「そうなんだ。では、プロセスとしては?」
「マニュアルを遵守して作業を行ったことを示す記録の取り方が定められていなければなりませんね。寸法やメッキについて、どれくらいの頻度で抜き打ちテストするのかが定められていなければなりません。」
「そういうことだ。」
「つまり、具体戦略や現場の基本方針が踏まえられていることを、例えばプロセス思考の考え方を用いて、要素に分解しながらチェックするということですね。」
「そういうことだ。」
リスクに備える
「今言ったところがきちんとできたら、上級マネジャーとして最低点は取ったと言えるだろう。」
「なんですか?その最低点とは?」
「今日、上級マネジャーになったばかりのマネジャーでも、これはちゃんと果たしてもらいたいということだ。」
「なるほど。厳しいですが、実際、そうでなければなりませんね。」
「ところで、もうちょっと進んだ上級マネジャーは、何をするのですか?」
「それは、リスクに対する備えをすることだろうな。」
「危機的な状況に対応するということですね。でも、この場合は何を意味しているのですか?」
「リスクとは何だ?」
「危険なこと、ですよね。」
「一般的には、そういうよな。でも、経営の場合にはもう少し概念を広げた方が良い。想定以外のことを、リスクと言うんだ。」
「想定以外のこと、ですか?」
「そうだ。例えば、何がある?」
「我が社の場合、最も検討されていたのが、『マニュアルを参照した』と報告されているけれど、実際にはマニュアルは参照されていないという状況にならないように、どうするか?でしたね。」
「そうだな。どんなふうに議論された?」
「最初は、現場ごとに、適用されるマニュアルの当該ページをコピーして、それを貼り出しておけば良いのではないかという議論になりました。」
「それで?」
「張り出されていても見ない人は見ないだろうと。」
「とすると?」
「作業者を認証することになりましたね。マニュアル通りの作業ができる人材を認証して、その仕事に就かせると。」
「『万が一、マニュアル通りやっていなかったらその作業を行う資格を失う』と定めたわけだな。」
「そうですね。そこまでやれば、マニュアルを見るか見ないかなどの表面的な判断ではなく、自分のポジションや給料を下げたくないと思って頑張るのではないかと考えたのです。」
「そうやって、マニュアル遵守が担保された訳だな。」
戦略解釈を現場と調和させていく
「以上のことは、何を意味していると思う?」
「何をって、何ですか?」
「経営戦略における上級マネジャーの役割だよ。」
「ああ、そうか。うーん。実行計画段階では上級マネジャーは、いろいろ考えた上でGOサインを出さなければならないということですね。」
「その『いろいろ』を、今、考えてきたのだろう?」
「そうでした。」
「ただ、その『いろいろ』を、そのまま復習してもらう必要もない。中川部長に思い出してもらいたいのは、その目的は何だ?ということだ。」
「目的ですか?何でしょう?」
「そうか、では、やっぱり『いろいろ』を思い出してもらおうかな。」
「はい。」
「部下である現場マネジャーからチェックを依頼された実行計画について、上級マネジャーである中川部長は、何を考えて判断している?」
「その計画で、うまくいくかどうかです。」
「うまくいくかどうかの判断基準は、何なんだ?」
「えーと、それは、その計画で予定された成果が得られるかどうかですね。」
「成果を問う時に、どうすれば良い?」
「成果そのものを問うのも良いですが、インプット、プロセスも考慮に入れます。」
「インプットとは、具体戦略や現場の基本方針だったな。」
「プロセスは、現場の仕事でした。リスクに備えることも必要でしたね。」
「実行計画が、具体戦略や現場の基本方針を踏まえているか、実際に現場で遂行できるものになっているかどうかを判断しているわけですね。」
「そういうことだな。」
自分と、そして経営陣と現場マネジャーの軸を合わせる
「それって、言葉を変えるとどういうことだと言える?」
「一本、筋が通っているということですね。」
「どういう意味だ?」
「実行計画にあれこれ言う目的は、現場マネジャーと自分の考えの軸を合わせることにあった訳です。」
「そうだ。そして、経営陣が具体戦略を定める時にしっかりと支援したおかげで自分の考えは経営陣とも考えとも軸が合っている。」
「こうして上級マネジャーは、自分を介在して、経営陣と現場の考えの軸を合わせたことになるのですね。」
「そういうことだ。」