マネジメントを再考してみる 後編<上級マネジメント>

第29回

業務視点と財務視点の組織見直し

StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ  落藤 伸夫

 
「では、改めて組織の見直しから教えてください。」

「わかった。これまでの話から、組織の見直しが必要な理由については、理解してもらっているだろうな。」

「分業によって一人できないパフォーマンスをあげようとする組織が、分業によって生じる落とし穴にはまらないようにするためですね。」

「最近、中川部長は面白い表現を使うな。しかし、その通りだよ。組織は、つまりここでは会社がということだが、製品の設計、製造、販売、運搬などを分業している。分業により可能になる仕事や成果が格段に大きくなるが、上流や下流で関連して仕事をする仲間が見えなくなる。そのため、いろいろな不都合が生じるんだ。」

「ある部門が、別の部門では大切な意義のある仕事を『我々には意味がない』といって、切り捨ててしまう場合ですね。」

「そうだ。また、新しい取組で必要な仕事の存在に気が付かなくて果たされない場合や、『他の部門がやってくれるから自分たちはやらなくて良いだろう』と考える場合もある。」

「エアポケットですね。」


設計しなければ責任は果たされない

「さて、事例から考えてもらったが、このような事態に陥った原因は何なのだろう?」

「潜在的問題に対して責任を負うべき者がいなかったことですね。」

「そうなんだ。」

「しかし、ここで一点、疑問があるのです。三上取締役は常日頃から『自主的な取組みが必要だ。創意工夫して欲しい』と言っているではないですか。それでは、いけないのですか。」

「いいところに気が付いた。確かに俺は、自主性や創意工夫を重視している。しかし長年の経験から、このような問題は自主性や創意工夫だけでは難しいと思うんだ。」

「どうしてですか?」

「自主性や創意工夫では、責任が取れないからなんだ。責任というのは、自分が果たさなかったりうまくできなかったら不首尾について責を問われるということだろう。」

「そうですね。」

「そういう状況に、自ら飛び込んでいく人や部署がいると思うか?」

「それは難しいですね。皆無とは言わないですが、100人のうち1人いるとも保証できません。」

「そうだろう。責任というのは、設計されなければ果たされることはないというのが、俺の持論なんだ。」

「なるほど。2階建ての住宅に階段は必須ですが、忘れてしまえば作られることはない。設計されなければいけないということですね。」

「そうなんだ。だから、潜在的問題にも責任を持って対処してもらいたいと考えるなら、それを負うべき部署を置き、責任者となる人物を置かなければならないんだ。」

「なるほど。」


絶えず組織を見直していく

「もう一つ、質問させて下さい。」

「何だ?」

「潜在的問題を発見して対応することが仕事だという部署や責任者を設けることが組織の見直しの最大のポイントというなら、例えば『潜在的問題特命班』という部署を作って、そこに背負わせれば良いのではないでしょうか?そうしたら、いちいち組織の見直しをする必要はありません。」

「トランプのジョーカーみたいな手札を作るということだな。誰でも思いつきそうだが、実際にそんな部署があったら、中川部長だったらそこの責任者になりたいか?」

「なりたくありません。」

「そうか?例えば2年間の任期を大過なく過ごせたら役員待遇に3階級特進だと言われてもか?」

「三上取締役はそうやって特進されたのですか?」

「いや。俺は違う。それに俺も、そういう話には乗らない。」

「だったら何故、こういう話をされるのですか?」

「だから、中川部長に何故、そのポジションに就きたくないのか聞いているんだよ。」

「多分、自分では責任の負いようがない問題まで責任を負わされることになるからだと思います。特定部門の中に設置された『潜在的問題特命班』は、潜在的問題の根本原因が経営方針に関わるような場合には、責任を負いようがありません。」

「一方で、社長直結の『潜在的問題特命班』を作ったとしても、現場での仕事のやり方が根本原因となっているような問題には、責任を負いようがないだろうな。」

「そうです。それに、品質保証といっても、製造現場に置かれた『潜在的問題特命班』が、輸送時に発生したトラブルの責任を負うわけにはいきません。」

「答えが出たではないか。」

「業務面で問題が起きたら、また他企業などでのトラブルの情報が得られたら、対応していくということですね。」

「そう。業務視点で持って、組織を見直していく訳だ。」


財務面で責任のありかを検討する

「しかし、組織の見直しは問題が生じた時や、同業者等でのトラブル情報が入った時にしかできないのでしょうか?それでは後手後手に回ってしまいます。」

「そうなんだ。だから俺は、もう一つの視点を持つべきだと考えている。」

「何ですか?」

「決算書だよ。財務面の視点を持つということだ。」

「決算書ですって?どういう意味ですか?」


決算書に責任を負うとは

「決算書は、会社の全ての活動をお金という指標でもって表現し集約した資料だ。これは、分かるな?」

「はい。私は財務には疎いのですが、それくらいだったら・・・。」

「つまり、会社として利益があげられなかったら、会社全体の責任だということだ。」

「はい。そういう意味ですね。しかし、そういう全体的な話をされると『だから何なんだ』という気持ちにならないわけではありません。『自分にも責任があるかもしれないが、他の部門・部署・メンバーにも責任があるだろう。自分を責める前に、それらにも文句を言ってよ』というような気持ちです。」

「そうだな。しかし、売上が足りないという話になったらどうだ?営業部以外に責任を取るべき部門があるか?」

「いや、ないですね。」

「工程トラブルが多発して生産効率が低かったら、製造部以外に責任を取るべき部門があるか?」

「それもないです。」

「このように、ある決算項目について特定の部門が責任を負わなければならないという関係が明確化されると、前向きに取り組んでいかなければならないといういう意識が高まるだろう。」


責任をピンポイントで定義する

「それは、そうです。ただ、でも、営業部が一人二人ならとにかく、我が社のように100人近いメンバーが所属するようだと、他人事のように感じてしまうのではないでしょうか。」

「そうだな。決算書の項目について、約100人の営業部隊全体でしか数字を追えないならそうなってしまうだろう。しかし、製品別の数字が出てくるとどうだろうか?地区別でも出てくるとどうだろうか。両者を組み合わせて、製品別・地区別の数字が出てきたらどうだろうか?」

「それって、実際は3~4人のパフォーマンスが見えてくるということですよね。万が一、そうなったら、うかうかしておられません。」

「そうだろう。自分が受け持っている市場について、顧客の動向はどうか、潜在顧客は何を考えているか、どんなリスクがあるかを先回りして考えるようになるだろう。」

「おっしゃる通りです。」

「このように、決算書のある項目について特定の部門や部署が受け持つことがピンポイントで明らかにされると、みんなの働き方が一味もふた味も変わってくるだろう。」

「仰る通りです。」


アメーバ:財務責任センター

「これを実際に行ったのが京セラと言えるだろう。稲盛社長が主導して作った『アメーバ経営』というのは、特定部門・部署が決算書の特定項目に責任を負うことを明確化することにより、みんなが潜在的問題にも責任をもって仕事できるように促す仕組みといえる。」

「そうですか。京セラでは苦心して『アメーバ』毎に財務計算ができるようにしたという話を聞いて、なぜそのような面倒臭いことをしたのかと不思議に思っていましたが、そうやって部署毎の責任を明確化したのですね。」

「そうなんだ。これをMCSでは『財務責任センター』と言っている。」

「なるほど。決算書、すなわち財務に責任を負う部署だから財務責任センターなんですね。アメーバは財務責任センターだった訳ですね。」

「そうなんだ。京セラ躍進の原動力はアメーバ経営にあるとさえ言われている。業務と財務の両方の視点で責任を負う部署を作ったことで京セラは強くなったんだ。組織の見直しは、それほど意味のある、大切なことなんだ。」

「わかりました。」
 

プロフィール

StrateCutions
代表 落藤 伸夫

昨年まで、現場マネジャーが行うマネジメントについて、世界標準のマネジメント理論である「MCS(マネジメント・コントロール・システム)論」をベースに考えてきました。日本では「マネジメント」について省みることがほとんどないようですが、世界では「マネジメントとはこういうものだ」という姿がきちんと描かれていて、それを学ぶように促されています。日本のホワイトカラーの生産性が低迷している原因は、もしかしたら、このあたりにあるのかもしれません。

昨年度は約1年かけて、現場マネジャーのマネジメントについて考えてきました。現場マネジャーは、現場で働く人たちが高いパフォーマンスをあげられるよう促すマネジメントを行なっています。一方で現場マネジャーも、マネジメントを受けます。現場マネジャーが行うマネジメントが現場の力をあますところなく引き出しているか、企業として目指す方針や戦略を実現できるよう導いているかという観点でのマネジメントを必要としているのです。

今年度は、連続コラム「マネジメントを再考してみる」の後編として、上級マネジメント(上級マネジャーの行うマネジメント)についてMCS論をベースに考えます。上級マネジャーがどんな役割を担っているか、それをどのように果たしていくかについて、体系的にご説明します。 企業パフォーマンスを向上させる世界標準のマネジメントに関する解説は、日本初の試みです。是非、お楽しみください。


Webサイト:StrateCutions

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