第2回
映画『ハウス・オブ・グッチ』に学ぶ、事業承継と配偶者選択の重要性
FORTUNA GROUP株式会社 村田 弘子
ファミリービジネスアドバイザーとして、多くの経営者様、そしてそのご家族様と向き合う中で、事業承継の難しさ、特に「人」に関わる問題の根深さを痛感しています。それは、後継者育成や株式の問題に留まらず、時として「結婚」という極めてプライベートな選択が、事業の存続、そしてファミリーの運命を大きく左右するケースがあるからです。
映画『ハウス・オブ・グッチ』は、世界的なラグジュアリーブランド「GUCCI」の創業家であるグッチ一族の愛憎と崩壊を描いた衝撃的な作品です。この物語は、単なるゴシップとしてとらえるにはあまりにも示唆に富み、特にファミリービジネスに関わる私たちにとっては、多くの教訓が詰まっていると言えるでしょう。
本記事では、この映画のあらすじを踏まえつつ、経営者の子息・令嬢が選ぶ伴侶が、いかに事業とファミリーの未来に影響を及ぼすのか、そして、その選択を誤った先に何が待ち受けているのかを深掘りします。
事業承継において、経営者がファミリーの人間関係を重視しつつ、ビジネスの発展も両立させることの重要性、そして、ファミリーが担うべき「創業理念・創業精神の守護」という役割と、結婚相手選択の決定的な重要性について、警鐘を鳴らしたいと思います。
『ハウス・オブ・グッチ』 – 華麗なる一族の崩壊劇
映画は、グッチ家の御曹司マウリツィオ・グッチと、野心的な女性パトリツィア・レッジアーニの出会いから始まります。当初、父ロドルフォはパトリツィアの素性や野心を見抜き、結婚に猛反対しますが、マウリツィオは恋に盲目となり、勘当同然で結婚を強行します。
パトリツィアはグッチ家の一員となった後、その類稀なる行動力と野心で、一族の経営に深く関与していきます。彼女は、才能がありながらも経営には消極的だったマウリツィオを巧みに操り、叔父のアルドや従兄弟のパオロを追放。最終的にはマウリツィオを社長の座に就かせ、グッチ帝国の実権を掌握しようと画策します。
しかし、権力を手にしたマウリツィオは次第にパトリツィアを疎んじるようになり、離婚。パトリツィアは復讐心とグッチ家への執着から、元夫マウリツィオの暗殺を計画し、実行させてしまいます。
この事件は世界中に衝撃を与え、グッチブランドはファミリーの手を離れ、投資会社へと売却されるという結末を迎えました。栄華を誇ったグッチ家は、文字通り崩壊したのです。
事業承継における伴侶選択の重要性 – グローバルブランド崩壊の深層
この映画は、一つの結婚が、いかに巨大なファミリービジネスを揺るがし、崩壊へと導くかを生々しく描き出しています。では、具体的にどのような点が問題だったのでしょうか。
創業精神・家訓へのリスペクトの欠如
パトリツィアには、グッチというブランドが持つ歴史や職人技、そして何よりも「創業の精神」や「家訓」に対するリスペクトが決定的に欠けていました。彼女にとってグッチは、富と名声、そして権力を手に入れるための道具でしかなかったのです。
ファミリービジネスにおいて、創業者が築き上げた理念や精神は、企業のDNAそのものです。それは、社会に対する使命感や、製品・サービスに対する誇り、そして従業員や顧客に対する想いが凝縮されたもの。ファミリーメンバーは、経営に関わる者も、直接かかわらない者も、家族の一員としてこの精神を深く理解し、次代へ繋いでいく担いでです。
後を継いだ方はよく、「自分の役割は、先祖が代々繋いできてくれたものを、少しも減らさないように、少しでも高めて次の代にバトンを渡すこと」とおっしゃられます。
しかし、パトリツィアにはその意識が皆無でした。むしろ、彼女は旧態依然としたファミリーのやり方を壊し、自分のやり方で「より売上の上がる」グッチに作り替えようとしたのです。この時、マウリツィオ自身も、父や叔父たちが守ってきたものへの理解が浅く、パトリツィアの野心的な提案に容易に流されてしまったことも大きな要因です。
マウリツィオのファミリービジネスが大切にしなければいけないことの認識の欠如と、経営者としての理と情のバランスを崩したのでしょう。
事業を「共に発展させる」意識の欠如
結婚相手が事業に関わる場合、最も重要なのは「共に事業を発展させていこう」という当事者意識です。しかし、パトリツィアの行動原理は、事業の発展ではなく、自身の欲望を満たすこと、そしてマウリツィオをコントロールすることにありました。
彼女は一時的に経営に関与し、ブランドイメージの刷新などを進言しますが、その根底には常に個人的な野心が見え隠れします。ファミリービジネスは、短期的な利益追求だけでなく、長期的な視点での持続可能性が求められます。そこには、事業への愛情や、ファミリービジネスに関わるすべての人々への貢献意識が不可欠です。パトリツィアには、そのような視点は希薄だったと言わざるを得ません。彼女は、永続して発展するファミリービジネスの経営者の妻としての資質を備えていなかったことを、マウリツィオは結婚後に気づいたのですが、もうこと遅しでした。
家業の後継者が配偶者を選択するとは、それだけ多くの影響力を持つのです。父ロドルフォは、確かに息子の結婚に反対を表しましたが、恋愛におぼれたその時では遅く、もっと以前から、ファミリーの間で、創業家にとっての結婚の意味を話し合う、親子の対話の積み重ねが必要でした。
家族・親族との調和を軽視する姿勢
ファミリービジネスは、その名の通り「ファミリー」が基盤です。経営が円滑に進むためには、家族・親族間の良好なコミュニケーションと信頼関係が不可欠です。しかし、パトリツィアはマウリツィオの父ロドルフォの反対を押し切って結婚し、その後もアルドやパオロといった主要なファミリーメンバーとことごとく対立し、彼らを経営から排除していきました。
彼女の行動は、ファミリー内に深刻な亀裂を生み、結果として一族の団結力を著しく低下させました。ファミリービジネスにおいて、新たに入ってくる配偶者が既存の家族関係を尊重し、調和を保とうとする努力は極めて重要です。しかし、パトリツィアはむしろ対立を煽り、分断を深めることで自身の立場を強化しようとしたのです。これは、ファミリービジネスの土台を内側から破壊する行為に他なりません。
パトリツィアへの批難もありますが、そもそも息子に正しく配偶者選択をさせる眼を親世代が備えてこれなかった理由も、振り返ればなにかあるかもしれません。
経営者の息子(マウリツィオ)の判断力の甘さ
そして何よりも、マウリツィオ自身が伴侶を選ぶにあたり、その人物がグッチ家とグッチの事業にとってどのような影響を与えるかを適切に判断できなかったことが、悲劇の大きな要因です。父の忠告に耳を貸さず、パトリツィアの表面的な魅力や野心に惹かれた結果、彼女の言いなりになってしまいました。
経営者の子息・令嬢は、自身の結婚が単なる個人的な事柄に留まらず、ファミリー全体、そして事業の将来にまで影響を及ぼす可能性を自覚する必要があります。恋愛感情は大切ですが、それと同時に、相手がファミリーの一員として、また事業のステークホルダーとしてふさわしい人物かどうかを冷静に見極める視点が求められます。
ファミリー側面とビジネス側面のバランス – 崩壊を回避するために
グッチ家の物語は、ファミリービジネスにおいて、ファミリー側面とビジネス側面の両方をバランス良くマネジメントすることの重要性を浮き彫りにしています。
多くの経営者は、ビジネスの成長や利益拡大に注力しがちですが、その土台となるファミリー内の人間関係や価値観の共有、創業理念の浸透といったファミリー側面を軽視すると、思わぬところで綻びが生じます。グッチ家のように、ビジネスが国際的に成功していても、ファミリー内の不和や、創業精神を理解しない人物の介入によって、あっけなく崩壊してしまう危険性があるのです。
ファミリーは、単に血縁で繋がっているだけでなく、創業者の理念や価値観を継承し、守り抜くという重要な役割を担っています。その意味で、ファミリーはビジネスの「魂」を護る最後の砦とも言えるでしょう。この役割をファミリーメンバー自身が自覚し、新たに入ってくる配偶者にもその重要性を理解してもらう努力が必要です。
そのためには、以下のような点を意識することが求められます。
1.創業理念・家訓の明文化と共有: 創業者の想いや大切にしてきた価値観を、ファミリー憲章などの形で明文化し、定期的にファミリー内で共有・確認する機会を設ける。
2.後継者候補の結婚相手に対する意識: 後継者候補が選ぶ結婚相手について、ファミリーとして関心を持つ。単に家柄や資産などの条件ではなく、人間性、価値観、そして何よりもファミリーの理念や事業への理解と共感が持てる相手かどうかを見極める。
3.ファミリーガバナンスの確立: ファミリー内の意思決定ルールや、ビジネスとファミリーの関わり方について明確なルールを定める。これにより、特定の個人の暴走を防ぎ、健全な議論ができる環境を作る。
4.コミュニケーションの活性化: 定期的なファミリー会議や、世代を超えた交流の機会を設け、風通しの良い関係を築く。これにより、潜在的な問題を早期に発見し、対処することが可能になる。
結婚は、ファミリービジネスにとって、新たな才能や視点を取り込み、事業をさらに発展させる素晴らしい機会にもなり得ます。しかし、その選択を誤れば、グッチ家のような悲劇的な結末を迎えるリスクもはらんでいるのです。
いざ結婚というときに、父の話に耳を傾けるのか、反対を押し切り相手側につくのかは、子世代から見た「父と母の夫婦関係の評価」なのかもしれません。さらに厳しい言い方をするなら、それは「夫婦関係」に終わらず、「子どもから見た家庭人としての父親への点数」であるのかもしれません。
終わりに – ファミリービジネスの永続のために
映画『ハウス・オブ・グッチ』は、私たちファミリービジネスアドバイザーにとっても、そしてファミリービジネスに関わる全ての方々にとっても、重い問いを投げかけています。
それは、「あなたのファミリーは、創業の精神を守り、次世代へと繋いでいく準備ができていますか?」「あなたのファミリーは、新たに入ってくるメンバーを、ファミリーと事業の発展に貢献する仲間として迎え入れる準備ができていますか?」という問いです。
事業承継は、単なる経営権の移行ではありません。それは、創業者の想い、ファミリーの歴史、そして関わる全ての人々の未来を繋ぐ、尊い営みなのです。その中で、「結婚」という選択が持つ意味の重さを、私たちは決して軽視してはなりません。
経営者は、後継者の資質や教育に力を注ぐと同時に、その伴侶となる可能性のある人物についても、長期的な視点で関心を持つ必要があります。そして、娘・息子が少なくとも高校生になったら、将来の伴侶選択について、話題にしていくことも大事です。
それがあったうえで、ファミリー全体で創業理念を共有し、それを守り抜くという強い意志を持つことが、思わぬ落とし穴を避け、ビジネスを持続的に発展させていくための鍵となるでしょう。
グッチ家の悲劇を教訓とし、自社のファミリーとビジネスの未来を見据えたとき、今、何をすべきか。この記事が、その一助となれば幸いです。ファミリービジネスの健全な発展と、そこに集うファミリーの幸福を心から願っております。
プロフィール
FORTUNA GROUP株式会社
代表取締役 村田 弘子(むらた ひろこ)
一般社団法人事業承継結婚推進機構代表理事
FBAAファミリービジネスアドバイザー資格認定証保持者
創業70年の老舗会計事務所の2代目妻として、3代に渡る顧問先との深い信頼関係の中で、事業承継における婚活支援の必要性を実感。マッチングアプリ全盛の中、伝統的な「お見合い」の価値を再認識し、事業承継の専門家と協力して、日本のファミリー企業の親族内承継を支援。「個人の幸せと事業承継の両立」をミッションに、全国に専門仲人を養成し、家業の永続した発展と地方創生に尽力している。事業承継学会、海外シンポジウムでは、少子化の中での事業承継の解決策を毎年発表し、各地の経営者の会では、経営者が知っておくべき後継者の婚活事情について講演。著書に「事業承継結婚という家族戦略」「絶対に間違ってはいけない経営者の妻選び」「娘が大学を卒業したら親がすぐに読むべき婚活の教科書」他
Webサイト:FORTUNA GROUP株式会社
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