第3回
100年企業の家庭内CEO学 ~なぜ、成功する母は子に「継ぐ誇り」を授けるのか?
FORTUNA GROUP株式会社 村田 弘子
はじめに:すべての答えは「家庭」にある
なぜ、あるファミリービジネスは世紀を超えて輝き続ける一方、多くの企業はその歴史に幕を閉じてしまうのでしょうか。その答えは、事業計画書や役員会議室の中には見出せません。永続性の真の源泉は、家庭の食卓に、日々の親子の会話に、そして母から子へと静かに受け継がれる「見えざる資産」の中に隠されています。
私はこれまで、三つの異なる視点から、永続企業の「家庭」のありようを拝見する機会に恵まれました。一つは、我が子を育てる中で出会った、数多くの経営者家庭の聡明な母親たちの姿。一つは、我が家の家業である 会計事務所の顧問先とのおつきあいのなかで、ファミリービジネスの数字の裏にある家族の物語に触れてきた経験。そしてもう一つは、「事業承継結婚®」という形で、企業の魂を次代に繋ぐための出会いをお手伝いする中で目の当たりにしてきた、ご家族の喜びや葛藤です。
これらの経験を通じて、ある思いを強くするに至りました。事業の成否を分かつ核心は「家庭」にあり、中でも「伴侶選び」は、企業の未来を左右する重要な鍵の一つであるということです。
企業が代を重ねることなく歴史を終える背景には、事業戦略以前に、創業者の想いともいえる理念が、後継者の家庭の中で途切れてしまうという現実があります。日本の経済や文化を支える、価値ある事業が失われていくのを、ただ傍観したくない。その一心で、私は企業の未来を「共創するパートナー」を探すお手伝いをしています。
本稿は、単なる子育て論ではありません。私が実体験から学んだ、ファミリービジネスの妻、すなわち「家庭内CEO」とも呼べる方々が実践する、愛に満ちた叡智の一端を共有するものです。彼女たちがいかにして子どもの中に「継承する誇り」という名の羅針盤を育むのか。企業の魂を次代へ受け渡す、人間的な事業承承の本質に迫りたいと思います。
しつけの本質 ~言葉ではなく生き様で語る
永続する企業の家庭における「しつけ」とは、親、とりわけ母親の「日々の習慣」そのものです。それは、子どもに何かをさせるための強制ではなく、ただ自らの生きる姿勢を見せる、静かで、しかし揺るぎない営みと言えます。
親の「行い」こそが生きた哲学
「感謝しなさい」という言葉以上に、母自身が、従業員やその家族、地域の人々に対し、心からの感謝と敬意を込めて接する姿は、深く子どもの心に刻まれます。子どもは、母のその温かい眼差し、謙虚な佇まいを通して、「感謝」が人の心を繋ぎ、世界を豊かにする力であることを、理屈ではなく実感として学ぶのです。それは自ずと、自らの家業への敬意を育むことにも繋がります。
この「背中で語る」姿勢は、一族が大切にしてきた価値観、すなわち事業の根幹をなす哲学を、最も自然な形で次代に伝える方法なのかもしれません。厳しい戒律ではなく、ごく当たり前の心地よい習慣として根付いたものは、容易には揺らぎません。言葉で教えられたルールは時に反発を招きますが、親が示し続けた生き様は、子どもにとって何よりの説得力を持ち、承継に向けた静かな土台となっていきます。
学校選びは帝王学を仲間から学ぶ場
成功企業の妻にとって、学校選びは偏差値競争への参加ではないようです。それは、我が子が将来、リーダーという時に孤独な立場に立つことを見据え、親が与えることのできる最高の贈り物「一生涯の仲間」という、かけがえのない財産を準備する行為に近いのかもしれません。
家風に合う学校選びの大切さ
代々同じ一貫校や、幼少期からの教育環境を選ぶご家庭が多いのには、深い愛情に基づいた理由があるように感じます。それは、家庭が大切にする価値観と共鳴する校風の中で、子どもに安心して根を張らせたいという親心であり、利害を超えて心を分かち合える友と出会う機会を、大切に考えているからでしょう。多感な時期を共に過ごし、育んだ絆は、人生のセーフティネットとなり得ます。
老舗のご子息から「お稽古事で遊ぶ暇もなかった」という話を聞くこともあります。しかしそれは、自由を奪うというより、家業を継承していく上で必要な素養を培うための「投資」です。同じような生活の友人同士であれば、お互いを理解しやすくなり、共感も生まれます。
経営者の家庭が、同じような境遇の子どもたちが集う環境を選ぶのは、仲間との交流の中から、自らが背負う「家業」の意味を深く知る機会を得られるからかもしれません。だからこそ、経営者の妻が持つ教育観が創業家の理念と調和しているかどうかは、とても大切なポイントです。家庭の安寧のみならず、企業の未来をも左右する大切な要点となっていきます。事業が円滑に承継されている企業の多くに、この点での一致が見られるのは、決して偶然ではないように思います。
継承の覚悟 ~期待が自己肯定感を育む
「子どもの人生だから、自由に」という言葉は、子を尊重する美しい言葉に聞こえます。しかし、家業という確固たる大地を持つ家庭において、この言葉は時に、子を「自分は何者なのか」という寄る辺なき不安へと誘うことにもなりかねません。
「あなたは跡継ぎだから」それは、信頼と愛情の言葉
永続する企業の家庭は、違います。そこでは、「あなたがこの事業を継ぐ」ということが、愛情に満ちた期待として、ごく自然に伝えられています。祖父母が幼い孫を膝に乗せ、優しく語りかける。食卓では、父が仕事の喜びやロマンを語る。母は、「この会社は、皆で未来のあなたのために守り育てているのよ」と、その歴史を愛おしむように伝える。
これらは、重圧ではなく、子どもに対する「信頼」の表明です。子どもは、「自分はこれほどまでに期待されている存在なのだ」という、揺るぎない自己肯定感を胸に成長します。家業を継ぐことは、課せられた義務ではなく、自らが選び取りたい「誇り」となり、アイデンティティの核となっていくのです。
もちろん、思春期には、その立場に葛藤を覚えることもあるでしょう。しかし、若いうちにその課題と向き合った経験と、承継が現実となるまで問題を自分ごととして捉えずにきた場合とでは、主体的に自らの人生を切り拓く姿勢に、大きな差が生まれるのではないでしょうか。
むしろ「継ぐ」という大前提があるからこそ、「家業をさらに発展させる」という目的の下で、外の世界に挑戦したり、新しい分野を学んだりという、真の自由が生まれるのかもしれません。子どもがその大役を果たせるだけの教育を施すことは、親の重要な責任であり、子どもの可能性を信じる深い愛情の表れと言えるでしょう。
未来を共創するパートナー選び
後継者教育の最終章とも言えるのが、伴侶選びです。より良い選択のためには、恋愛感情や条件だけでなく、「個人の相性」と「理念の共有」という二つの軸が大切になります。事業が永続する企業は、この点においても確かな目を持っているように見受けられます。
新しい才能を迎え、ファミリーを強く豊かにする
ここで目指したいのは、支配や吸収ではなく、配偶者という新しい才能や個性を、敬意をもって迎え入れる姿勢です。異なる環境で育まれた価値観、新しい感性という「異分子」を受け入れることで、既存の組織は刺激を受け、より強く、しなやかになります。この化学反応を成功させるために不可欠なのが、迎え入れる家族側の「謙虚さ」です。新しい風を心から歓迎し、その違いを尊重し、そこから学ぼうとする度量がなければ、せっかくの出会いも実を結びません。
だからこそ、成功するご家庭では、この伴侶選びを「人生の重要な決断」として、日々の対話の中で自然に育んでおられます。「どのようなパートナーと、どんな未来を共創したいか」。それは、愛を大前提としながらも、お互いの人生と一族の未来を輝かせるための、本質的な対話です。家業に無関心だった後継者が、理念に深く共感してくれるパートナーと出会い、事業への誇りに目覚める。そんな感動的な場面に、私も幾度となく立ち会ってまいりました。それはまさに、結婚が、後継者に事業を継承する勇気をもたらす瞬間なのです。
まとめ:経営者の妻が企業永続の鍵を握る
本稿で一貫してお伝えしたかったこと。それは、永続する企業の家庭内教育の根底に流れるのは、冷徹な戦略や計算ではなく、どこまでも深く、温かい「人間愛」であるという事実です。
良いものを後世に伝え、地域、社会に貢献したい。その純粋な願いが、「文化の伝承」という形をとり、結果として企業の永続性を支えているのです。
夫が事業という城を築く建築家であるならば、経営者の妻は、次代の城主を慈しみ育てる、文化の守り手と言えるかもしれません。一族の歴史や事業への敬意を共有できる方との縁は、長い歳月を経て、計り知れない価値を生み出すことでしょう。100年企業の妻たちの歩みは、そのことを静かに、しかし雄弁に物語っています。
プロフィール
FORTUNA GROUP株式会社
代表取締役 村田 弘子(むらた ひろこ)
一般社団法人事業承継結婚推進機構代表理事
FBAAファミリービジネスアドバイザー資格認定証保持者
創業70年の老舗会計事務所の2代目妻として、3代に渡る顧問先との深い信頼関係の中で、事業承継における婚活支援の必要性を実感。マッチングアプリ全盛の中、伝統的な「お見合い」の価値を再認識し、事業承継の専門家と協力して、日本のファミリー企業の親族内承継を支援。「個人の幸せと事業承継の両立」をミッションに、全国に専門仲人を養成し、家業の永続した発展と地方創生に尽力している。事業承継学会、海外シンポジウムでは、少子化の中での事業承継の解決策を毎年発表し、各地の経営者の会では、経営者が知っておくべき後継者の婚活事情について講演。著書に「事業承継結婚という家族戦略」「絶対に間違ってはいけない経営者の妻選び」「娘が大学を卒業したら親がすぐに読むべき婚活の教科書」他
Webサイト:FORTUNA GROUP株式会社
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