デキる!社員の育て方~子育て経験との対比~

第1回

はじめに

奥野 政樹 2015年3月27日
 
~迷惑をかけてはいけませんか?~

 僕も職業柄、人事系コンサルタントの話を聞き、著作を読むことが多い。組織はつまりは人であり、社員の育成に関心のない経営者はいないだろう。色々見聞きしたが、方法論としては心理学をベースとした合理性を重んじるものと、精神性を重視するいわゆる「体育会系」に大別できるかもしれない。心理学は、聞いているとなるほどとは思うが、やはり学問だから、学校の授業と同じでその場を離れると忘れてしまうことが多い。一方、体育会系の話は刺激的だから印象には残る。しかし、どうも僕みたいに周りに合わせることがあまり得意ではない人間には、反発を覚えることが多い。

 方法論に違いはあるとはいえ、目指すところはどれも似ている。社員を指示待ち人間にしたくない。挑戦させたい。効率的に仕事をさせたい。成果を出させたい。コミュニケーション上手にしたい。だいたい、そんなところだろう。「どうです、こういうこと大事でしょう?」と問われれば、僕だって「まあ、そうかな」とは思う。でも話を聞いているうちに、毎度のことだが、どうしても強い違和感に襲われてしまう。皆なんとなく、「あなたにとって使い勝手の良い社員と言うのは、こうすればできるんですよ。」と言っているような気がしてくるからである。同時にそれは、「あなたに迷惑をかけない社員を育てます。」と同義であると聞こえる。

 僕は、この「他人に迷惑をかけること」を絶対悪とする日本の文化にどうにも馴染めない。僕にはこの春から高1となる男子と小5となる女子の2人の子供がいる。先日、娘の小学校で1/2成人式という行事があり、各児童がこれまでの「人生」を振り返る作文を読んでいた。その中に、これまで親に迷惑をかけてしまったことを謝罪する内容のものが少なからずあることに、僕は相当に驚いた。警察のご厄介となり、親の人生を台無しにでもしたのなら、確かに謝罪に値する迷惑だ。しかし10歳である。謝罪している迷惑の内容は、「インフルエンザで高熱を発し心配をかけた。」「習い事でうまくいかずがっかりさせた。」といった日常の話である。

 日本では10歳の子供の多くにこうしたスピーチをさせるほどに、「迷惑は絶対悪」の文化が根付いており、家庭でも、学校でも、コミュニティーでも、この価値観がありとあらゆる場面で、形を変えながら登場してくる。社員教育という大人の場では、それははっきりとは語られず、自発性とか挑戦といった洗練された概念を衣としてまとうことにはなるが、その衣をはぎ取ればその下にはまぎれもなく、子供の教育の場合と同じ迷惑廃絶の本質があるのである。

 僕がこのアンチ迷惑思想が嫌いな理由は2つある。まずひとつに、「迷惑」というのは、他者に損害を与えることのみならず、もっと遥かに広く、他者の心中に心配や不快といった負の感情を惹起することをも包含するわけだが、僕にとって、基本的には自分の心の問題は自分で解決するものである。あまり他者に多くを期待するべきではないからである。そうでなければ、各人はおよそ計り知れない他者の心中というものに過剰に縛られて、身動きができなくなってしまう。そして2つ目の理由は、まさしくこの迷惑による呪縛が人間の行動を著しく制限し、経験機会を奪うことで成長の芽を摘んでしまうからである。

 こうだから多分僕は、人事系のコンサルタントの話にどうしても違和感を感じるし、子供たちが小さい頃には保育園でも他の親や保育士達と話が合わず、少々感情的な議論になったこともあった。子供の教育と社員の教育では違うところも多い。でも、ものを論じるときに比較もあった方がよいことは確かであろうから、これから何回かに分けて、テーマごとにそれをやってみたいと思う。アンチ迷惑の呪縛から解放されると、自発性や、コミュニケーションはどう変わるのか。皆さんには、それを是非見てもらいたいと思う。

 
 

プロフィール

インターナップ・ジャパン株式会社
代表執行役CEO 奥野 政樹(おくのまさき)

<略歴>
1988年 早稲田大学法学部卒業
1988年 日本電信電話株式会社入社
1992年 会社派遣によりニューヨーク大学法科大学院へ留学
1994年 ニューヨーク州弁護士資格取得
     帰国後、数多くの国際M&Aプロジェクトで交渉を担当
2003年 インターナップ・ジャパン株式会社へ出向
2006年 同社代表執行役CEOに就任、現在に至る

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