第5回
「直行直帰・出張の移動時間」は労働時間?
サポートプラス社会保険労務士事務所 長橋 知世
「取引先に直行する朝の移動時間や、出張前泊の移動時間は労働時間になるのか」「早めに出社した時間や、終業後に残って作業をしている時間はどうか」――。出張時や始業前後など、就業時間の“前後”や“外”にいる時間の扱いに、判断に迷う人事・労務担当者は少なくありません。
厚生労働省はこうした時間の労働時間該当性について考え方を示しています。判断のカギは、「形式」ではなく「実態」です。
移動中の過ごし方や移動手段がポイント
直行直帰や自宅から直接出張先に行く移動時間について、移動中に業務の指示を受けず、業務に従事せず、移動手段も指定されず、自由に利用できる場合は、労働時間に該当しません。「移動時間だから」というだけで一律に決まるわけではない点に注意が必要です。
以下のようなケースは労働時間に該当するでしょうか?
• 取引先の敷地内に設置された浄化槽の点検業務のため、自宅から取引先に直行する場合の移動時間
• 遠方に出張するため、仕事日の前日に当たる休日に、自宅から直接出張先に移動して前泊する場合の休日の移動時間
いずれも、過ごし方や移動手段が労働者の裁量に委ねられ、使用者から具体的な指示がない場合は労働時間に該当しません。前泊のための休日移動も、それだけで直ちに労働時間になるわけではありません。
一方、移動中に電話・メール対応や資料作成、取引先への報告を具体的に指示された場合、あるいは会社指定の手段・経路で荷物や資材を運搬しながら移動する場合は、単なる「移動」にとどまらず業務に従事している実態があると判断される可能性があります。上司や同僚の指示のもとで社用車を運転する場合も、運転自体が業務であるため、労働時間に該当する可能性があります。
早出・居残りの時間も実態で判断
始業前後に会社にいる時間についても、判断のポイントは「時刻」ではなく実態です。
交通混雑の回避や駐車場のスペース確保などの理由で、労働者が自発的に始業時刻より前に到着することがあります。始業時刻までの間、業務に従事せず指示も受けていなければ、労働時間には該当しません。早く到着すること自体は労働者の都合であり、指揮命令下にあるとはいえないためです。
終業後の居残りも、労働者が自発的に残っているだけで業務を行わず、指示もなければ労働時間には該当しません。
ただし、居残りは移動時間や早出以上に注意が必要です。「残業許可を取っていないから労働時間ではない」とは限りません。業務が終わらない状況を認識しながら黙認したり、実質的に業務を継続させたりしている場合は、黙示の指示があったとして労働時間に該当します。周囲がその状況を認識しながら注意や声かけをしていなければ、「本人が勝手に残っていただけ」という説明は通用しにくい点を押さえておきましょう。
社労士から一言
移動時間や早出・居残りが争いになった際に効いてくるのは、就業規則やルールを明文化・周知しているかどうか、そしてメールの送受信時刻、パソコンのログといった客観的な記録です。「指示はしていない」「本人が勝手にやっていた」「残っていただけで仕事をしていない」と説明しても、それを裏付ける記録がなければ、主張として認められにくいのが実情です。残業許可制や休憩スペースの整備なども、形だけでなく実際に機能させてこそ意味を持ちます。何より効果的なのは、始業前は業務から離れた場所で過ごしてもらう、業務が終わったらすぐに退社する、必要のない時間帯に事務所にいない、移動中も業務をしないという基本の徹底です。争いになる場面そのものを減らすことが、一番の対策といえます。
まとめ
移動時間や始業前後の時間が労働時間に該当するかは、指揮命令下に置かれていたか、実際に業務をしていたかという実態で判断されます。過ごし方が労働者の裁量に委ねられ、業務指示がなく、業務に関連することをしていなければ、原則として労働時間には該当しません。ただし、労働時間に該当しないと会社側が十分に説明・立証できなければ、実態と異なる判断をされるリスクがあります。日頃から客観的な記録と実態を照らし合わせ、適正な労働時間管理に努めましょう。
詳しくは、厚生労働省の「労働時間の考え方:『研修・教育訓練』等の取扱い」および「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を参照してください。
・労働時間の考え方:「研修・教育訓練」等の取扱い(厚生労働省)
・労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(厚生労働省)

プロフィール

長橋 知世
サポートプラス社会保険労務士事務所
株式会社With us 代表取締役
女性の採用「ララワーク」
女性起業家コミュニティ「ララ・コンシェルジュ」
一般社団法人日本アンコンシャスバイアス協会 代表理事
静岡県立沼津東高校卒
立教大学社会学部観光学科卒
一般企業、商業高校の教員として勤務したのち、出産を機に退職し家庭に入る。
2児の子育てが落ち着いた45歳で社会保険労務士資格を取得。
2018年に横浜で社労士事務所の開業に至る。
女性活躍社会の実現を目指し、女性起業家コミュニティ「ララ・コンシェルジュ」を立ち上げ、一年でメンバーを100名とする。
子育てもキャリアだと認められる社会を目指し、女性に特化した人材紹介事業「ララワーク」を立ち上げ、企業とのマッチングを進めている。
一般社団法人日本アンコンシャスバイアス協会代表理事として、多様性が尊重される社会の実現を目指し、企業向け研修や認定講師養成講座を実施している。
Webサイト:サポートプラス社会保険労務士事務所
女性の採用「ララワーク」
女性起業家コミュニティ「ララ・コンシェルジュ」
