第12回
IPO、東証グロース一択から地方証取、TPMと多様化 ステップアップ上場がトレンド
イノベーションズアイ編集局 編集局長 松岡健夫
IPO環境が変わってきた。東京証券取引所が昨年9月に発表したグロース市場の上場維持基準見直しを機に、新興企業が選ぶ市場はそれまでのグロース一択から、地方証券取引所やTPM(TOKYO PRO Market)と多様化。企業のIPO戦略も市場を選ぶことから始まり、最後は国内最上位の東証プライム市場を目指すステップアップ上場がトレンドになりつつある。
確かに、TPMを選ぶ企業は増えている。日本M&Aセンターによると2025年のIPOは110社。このうちTPMを選んだ企業は46社を占め、グロースの40社を初めて上回った。グロース上場基準が30年3月1日以降、「上場5年経過後時価総額100億円」を求められることを嫌気して上場先をTPMに変えたとみられる。現行基準は「上場10年経過後40億円」なのでかなり厳しくなったといえる。
TPMで信用とガバナンス築く
25年12月に上場したニューズドテックもその1社だ。東証アローズでの打鐘後、「世界展開のファーストステップ」と話した粟津浜一社長は「今は大型IPOで資金を集めるより、上場企業としての信用とガバナンスをつくるためTPMを選んだ。その通りになった」と胸を張る(写真)。
今年に入ってからの成長は目を見張るものがある。同社が目指すのは、新品でも中古でもない「再生スマートフォン」の流通だ。新品スマホが高騰する中、中古のバッテリーを新品に交換し最後まで安心して使えるスマホ社会の実現を提案する。

このため粟津社長は事業成長につながる展示会があれば地球規模で駆け巡り、情報収集し、世界進出に必要なビジネスパートナーを探す。このとき「上場企業」という信用力が威力を発揮するのは間違いない。
法人営業を任されている粟津裕吉取締役は「中古スマホ業界で上場のビジネスモデルがなかったので、信用力が高まったと実感している。なかなか相手にされなかった企業からも上場を機に連絡が来るようになり、ビジネスチャンスが広がった」と上場効果を口にする。
成長は事業だけではない。パートを含む社員のモチベーションは確実に高まり、ガバナンスに加え、コンプライアンスへの理解も深まった。採用も「上場企業」というブランドが求職者に響くようで、応募者の質が向上。課題だった優秀人材の確保につながると期待は大きい。
「最後はプライム」ベクトルそろう
管理部門を担う木村かおる常務は「誰もが(TPMから)次のステージに行く気満々で、管理部のメンバーは『私たちは会社の顔。だらしないと信用されない』と認識し、自分たちで考えて動くようになった。周りを巻き込む力がつき、頼もしくなった」と喜ぶ。「最後はプライム」で社員のベクトルがそろったという。
TPMはプロ投資家向け市場であるため、株主数や流通株式数といった形式基準はなく、東証公認のJ-Adviserが審査を担う。最短1年という短い準備期間と低コストも魅力で、TPMにまず上場して内部統制や情報開示の体制を整備するという時間的猶予が与えられる。それだけビジネス成長に向けてリソースを集中できる。
とはいえ、上場企業としての厳しいガバナンスや管理体制といった実質基準は一般市場と同じなので、取引先や金融機関から信頼を得ることができ、売り上げの増加や優秀な人材の採用・定着につながりやすい。企業価値の向上にあわせてグロース、スタンダード、プライムとステップアップできる。
ホップ、ステップ、ジャンプと駆け上がる
こうしたステップアップIPOを提案するのが、J-Adviser でもあるJトラストグローバル(JTG)証券だ。7月17日に東京・大手町で開催された「変わるIPO 環境、これからのIPO戦略」と題するセミナーに登壇した矢田耕一社長は「東証の上場基準厳格化という“入り口”規制で、どこに上場するかが課題となっている。TPM、地方証取をターゲットにして、次の成長機会をうかがうという選択肢もありうる」と強調した(写真)。

陸上競技の三段跳びのように、例えばTPMで上場企業という”名”を取り、高まった知名度と信用度をテコに事業成長してスタンダード・グロースに移り、さらに飛躍を遂げてプライムに駆け上がる。まさにホップ、ステップ、ジャンプだ。

地方証取からステップアップを目指す新興企業も少なくない。名古屋証券取引所ネクストに25年10月に上場したウリドキの木暮康雄代表取締役は「東証グロースへの上場審査が佳境を迎えていたとき、上場維持基準の厳格化という報道があった。青天の霹靂だった。1年延期か、グロースを除く市場かの二択を迫られ、名証を選んだ」と話した(写真)。
自分の船の大きさに合う
その理由について「東証の大海原に小型船で航行すると全体に流される。名証は自分の船の大きさにあう。成績(業績)で評価されるから」と説明した。同年9月に東証がグロース改革を発表した後のピポット上場(上場先の変更)が注目されたこともあって、初値は1290円と公開価格1200円を7.5%上回った。セミナー前日の7月16日の株価は1342円。時価総額は61億8800万円と浮き沈みはあるものの上昇トレンドを維持。東証へのステップアップを狙う。
「(主幹事を務めた)JTG証券が名証上場を可能にした」とも語った。社内はIPO準備で疲弊しており、上場延期は息切れする。そんな懸念をJTG証券が払拭したという。木暮社長は「『会社に勢いがある』ということからスケジュール優先で応えてくれた」と感謝する。これに対しJTG証券の矢田社長は「名証からステップアップして東証に行くという成功事例をつくる」とウリドキのこれからのIPO戦略に伴走しながら応えていく考えだ。
JTG証券が主幹事証券を務めたQLSホールディングスはTPMから名証ネクスト、東証グロースとダブルステップアップを果たした。雨田武史社長は「東証プライムを目指すが、TPM上場で信用力が向上しネクスト、グロースの2度にわたり資金調達を行うことで成長を目指すことができた。力をつけるには名証からもあり」と話した。売り上げはTPM前の19年3月期が28億円だったが、27年3月期は135億円まで拡大。時価総額も7月16日時点で61億3800万円に膨らんだ。
地方証取経由東証のルート
セミナーを主催した名証の中村秀昭執行役員(上場推進・企業サポートグループ長)は「東証のIPOハードルが高くなったことで、上場先を再検討する企業が増加している。東証へのルートとして、未公開のまま規模拡大、TPM経由に加えて地方証取経由も選択肢になった」と指摘。上場企業というステータスを獲得できれば社会的信用力が高まるだけでなく、それを維持・向上するため内部管理体制の強化にも注力することになる。当然ながら、金融機関や取引先、社員といったステークホルダーの見る目も変わり、企業価値も高まる。まずは上場先を選び、成長ステージにあわせて市場を変更するステップアップ戦略を取り入れる企業が増えそうだ。
プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集局長
松岡 健夫
大分県中津市出身。1982年早稲田大学卒。
同年日本工業新聞社(フジサンケイビジネスアイ、現産経新聞社)入社。自動車や電機、機械といった製造業から金融(銀行、保険、証券)、財務省や国土交通省など官公庁まで幅広く担当。デスク、部長などを経て2011年から産経新聞経済部編集委員として主に中小・ベンチャー企業を幅広く取材。次代の日本経済を担える企業の紹介に注力する。
著書は「ソニー新世紀戦略」(日本実業出版社)、「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)など多数。
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