ファミリービジネスの「持続的成長」と「家族マネジメント」

第2回

相続対策しても事業承継が失敗する理由~専門家が踏み込めない「家族の領域」の本質

FORTUNA GROUP株式会社  村田 弘子

 

ファミリービジネス(同族企業)の経営者にとって、最も身近な相談相手とは誰でしょうか。多くの場合、それは長年会社の数字を預かってきた「税理士」ではないかと思います。

しかし、現代の事業承継がこれほどまでに困難を極めている背景には、実はこの「最も身近な存在」であるはずの専門家のあり方が、時代とともに変化してしまったことが大きく影響していると感じています。

「町のお医者さん」のようなかつての税理士像

私の義父は、かつて浦和・与野・大宮の地で税理士を営んでいました。

当時の義父の振る舞いは、まるで地域の「村長さん」「町のかかりつけ医のお医者さん」だと自負しているかのようでした。昼食を済ませると、決まって「今から諸国漫遊の旅に出てくる」と出かけました。

夕方にサウナに寄り、夕飯時に帰ってくるその姿を見て、嫁であった当時の私は「お義父さんは午前中しか働かない人」「お気楽なことで」と勝手に決めつけていました。

義父は午後の時間、一軒一軒、顧問先を回っていました。「何か困りごとはないか」と顔を出し、世間話をしながら、焼き鳥やお饅頭など、そのお客様の商品をどっさりと買い込んで帰ってくる。あえて振込にせず、その場で顧問料、決算料のお金を受け取る。「今から行きますね~」と電話する。当時はその真意を理解できずにおりましたが、自らが経営に携わる今、あの『泥臭い関与』こそがファミリービジネスの根幹を守っていたのだと痛感しています。
昭和とはいえ、泥臭いまでの「人間関係の構築」「あなたの会社とわたしは運命共同体」という、絶対の意識がありました。

かつて「税理士仲人連盟」というような組織があり、「顔の広い税理士さんに、うちの子の縁談をお願いしたい」というニーズが新聞広告に載っていた時代がありました。私の仕事の原点も、実はこの「家族の幸せにまで責任を持つ」という、かつての専門家たちが当たり前に持っていた姿勢にあるのです。


なぜ、今の専門家は「家族の問題」に踏み込まないのか


翻って、現代の専門家はどうでしょうか。

現在の税理士や金融機関の多くは、家族問題には深入りしないことが「デフォルト(標準)」となっています。

それには理由があります。

家族の感情的な問題に関わることは極めて効率が悪く、下手に介入すれば本業の商品(融資や税務顧問)に支障をきたす、あるいはクライアントとの関係自体が壊れるリスクを孕んでいるからです。「本業以外のことはしない」というスタンスは、ビジネスの合理性としては正解かもしれません。

最近では「ファミリービジネス支援」を掲げる機関も増えましたが、相談に乗れば本業が儲かるというほど、この領域は甘いものではありません。本気でお客さまの家系の繁栄に責任を持つ覚悟がなければ、恐ろしくて踏み込めない領域なのです。

私自身、新規のご相談をお受けする際は、一晩じっくりと考えます。「このご家族の未来を背負う覚悟が、今の私にあるか」と。一度お預かりしたお客様のことは、ご成婚・そして新しいファミリーメンバーを迎えてからの事業承継が落ち着くまで、粘り強く、決して諦めることなく伴走し続ける覚悟をして責務を果たすべく、尽力いたします。家族のマネジメントは、間違いではすまない、会社の命運を左右する重い仕事です。


「人間」という資源のサステナビリティ

今、世界ではSDGsの文脈において「ファミリーの持続可能性」が真剣に議論され始めています。しかし日本では、まだSDGsといえば「資源のリサイクル」の話に終始しているように見受けられます。

段ボールのリサイクル率が97%に達することには協力できても、少子化や事業承継という「人間そのもののサステナビリティ(持続可能性)」に根本から対峙しようとする人は、残念ながら多くありません。

専門家がリスクを恐れ、家族の根源的な問題から目を背け続けていては、日本経済に再浮上のチャンスはないでしょう。誰かが「捨て身」で解決に取り組まなければならない。私はそう確信しています。

ファミリービジネスの持続的成長の鍵は、帳簿や相続対策の中ではなく、その根底にある「家族の絆」の中にこそ眠っています。


 

プロフィール

村田 弘子(むらた ひろこ)
FORTUNA GROUP株式会社 代表取締役 
一般社団法人事業承継結婚推進機構 代表理事

創業70年の会計事務所に2代目妻として入社。その現場にて、財務内容は健全でありながら、ご子女の未婚や後継者不在が原因で黒字廃業に向かう現実を目の当たりにする。
現在はファミリービジネスアドバイザーとして、事業承継学会やAsia Pacific Family Business Symposium等での研究発表を行い、海外研究者とも連携を持ちながら最新の知見を深めている。その知見を活かし、後継者育成・配偶者選び(ファミリー構築)の現場にて、「ファミリーマネジメント」の視点からオーナー家に深く寄り添い、持続的成長を支援している。

<強み・実績>
ファミリービジネスの事業承継の鍵を握る「家族の問題」解決に特化。ビジネス・オーナーシップの実務専門家と協力し、事業承継全体を視野に入れながら、「個人の幸せと事業承継の成功の両立」を目指す支援を行う。「積極的なファミリー構築」から、後継者が新しい役割になじみ次の承継準備に至るまで、子女教育や結婚相談を含めた包括的なライフステージ支援でオーナー家に寄り添い、支え続ける。著書に『事業承継結婚という家族戦略』ほか。


Webサイト:FORTUNA GROUP株式会社

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