48歳法務奮闘記

第4回

48歳法務担当、リーガルマインドを知る ~ リーガルマインド上級編 後編

間庭 一宏 2022年1月31日
 

CEO:まず、一つには「衛生管理上の理由」というのがあるらしい。持ち込んだ食品が原因で食中毒でも起こされたら、なにかと厄介だろうしね。あと、「店の品格の維持」という理由もあるだろうね。特に高級レストランなどで持ち込んだ物を食べている客がいたら、店の高級感が台無しになる。


間庭:なるほど。でも、そうすると今回の持ち込み客は、やっぱりアウトじゃないですか。


CEO:そうかな?まず、店には「他店からの持ち込みによる飲食を禁じます」と書いてあるわけでしょう。つまり自作弁当は問題ない。文言上はそうとしか言いようがないわけですよ。これがリーガルマインドの初級編

でも、その結果、社会的な良識に著しく反することになる場合にはこの「他店から」を柔軟かつ合理的に解釈して適用し、そうした著しい反社会的事象の発生を防ぐ必要がある。これがリーガルマインドの応用編

今回であれば、「他店から」というのは「店外から」という趣旨であることは明々白々であり、当然にそのように拡大解釈されるべきだということにするのでしょうね。でもさ、今回、本当にそこまでする必要があるの?起こった事象は、そんなに社会的な良識に反している?


間庭:それはよろしくないでしょう。だって、奥野さん、MCバーガー店に自作弁当持ち込んで食べますか?


CEO:食べない。でもさ、この場合衛生管理上の理由なんてあるの?持ち込み弁当が理由で食中毒になったらすぐ分かるよね。それに、店の品格と言ったってファーストフード店でしょう。決定的なのはさ、店員は注意しない、黙認してるんだよね?なんか、最近MCバーガーは小学生とかが100円のハンバーガー買ってペットボトルの飲み物持ち込みを黙認しているそうじゃない。それでもいいから店に来て欲しいんじゃないの?コロナ禍でどこも苦しいんでしょ。まあ、MCバーガーが実際に持ち込みを黙認しているのかは知らないけど、これらの状況から総合的に判断して、むしろそう考えるのが合理的なのでは?

 

私は、内心穏やかならぬものを感じつつも返す言葉が見つからない。窮して曰く。


間庭:ではなぜ、他店からの持ち込みは禁止するのですか?


返事はすぐに帰ってきた。


CEO:他店のブランドの付いたものを店内で拡散されて宣伝されるのは嫌なんじゃない。つまりこの規定は競争相手を利する行為を禁止した規定であると私は考えますね。

間庭:では、この自作弁当持ち込み行為は債務不履行ではないということですか?

CEO:私の解釈ではそうなりますね。


現場を目の当たりにした張本人である私の解釈が、かくもあっけなくひっくり返されてしまった。あの持ち込み客が債務不履行を免れるとは。しかし、反撃しようにもかくの如くロジカルにやられてしまうと、とても敵わぬ。


CEO:あとまあ、私の解釈は別としてもしこれが債務不履行の場合、まず店はやめるよう催告して、やめなければ即時契約解除で店から出て行ってもらうことができるね。出て行かなければ営業妨害だから誰かが警察を呼ぶというのもありでしょうね。


間庭:では損害賠償額は、ハンバーガーの250円では?もしくは客一人当たりの平均的な売上では?


CEO:確かに、店に損害があれば店は賠償を請求できる。でも、この持ち込み客が自作弁当を持ち込まなければハンバーガーを買ったなんて言えないよね。そもそも、持ち込めないなら店に来なかったんじゃないの?まあ、損害はないですね。あるとすれば、それで店の評判が落ちて客が減ったとかがあった場合だけど、それはまあないだろうし、あったとしても因果関係の判断も額の算定も極めて困難。


間庭:と言うことは、持ち込んだもの勝ちということですか?


CEO:だから、債務不履行なら店から出ていかないといけないよね。でもさ、それを要求できるのって店なんだよね。他の客じゃない。つまり、この注意客の「持ち込み迷惑行為」なんて法的には何も根拠がない。むしろ「やめないと警察呼ぶわよ」と大声出したら、それは持ち込み客に対する強要、脅迫、名誉棄損にもなり得る。店に対しては営業妨害。よって、注意客の方こそ警察呼ばれてもおかしくない。


間庭:なんと。では注意した客は犯罪者ですか?


CEO:理論上はそうですね。ただ、持ち込み客がドリアンでも食べてたなら、不法行為で慰謝料請求できるかもね。


何ということであろう、注意した客が逆に逮捕されてもおかしくはないとは。ややともすると私情がむらむらと沸き起こるが、これをばしかと斬り捨て、リーガルマインドを死守しよう。安易に返信すると、またCEOに言い負かされる。よし、今日はここまでとし、続きは週明けにしよう。時、我に利あらず。もう眠いっつーの。私は「分かりました、おやすみなさい」とだけ返信して、パソコンを閉じた。


翌朝、またしても駒込駅前MCバーガー店を訪れた私は、店の禁止事項の貼り紙が良く見える場所に席を取り、100円コーヒーを啜りながらつらつらと考えた。


「他店からの持ち込みによる飲食を禁じます」。他店からの持ち込みは不可だけど、自作弁当ならいいのか。巨大資本の象徴であるMCバーガー店が、コロナ禍で経営が苦しいとは言え、100円コーヒーのために自作弁当の持ち込みを容認するであろうか。MCバーガー店内で、家族連れがジュースだけ買って、恰もピクニックの如く自作弁当を広げるのを、店長さんが微笑ましく眺めるであろうか。おかしい。ここはやはり「他店からの持ち込みを禁じます」を「店の外からの持ち込みを禁じます」と拡大解釈すべきだ。


では、店の外からの持ち込み全般を禁止する理由は何か。素人なりにインターネットを漁った結果、やはり食品衛生法、つまり食中毒を防ぐためではないかと思えてきた。食中毒の問題は、CEOが考える程生易しいものではないらしい。食品衛生法に持ち込みを禁止する条項はないが、食中毒を発生させたら営業許可を取り消す条項があるのである。店で食中毒を起こされると、その原因が判明するまでその店は営業停止となるのである。調査の結果、客の持ち込み弁当が原因の食中毒であったとしても、世間は食中毒が出た店として噂をするかもしれない。いずれにせよ、食中毒患者を出さないためにも管理の行き届かない持ち込みは、全てお断りしている筈である。


よって「他店から」を「店外から」と拡大解釈すべきである!理由は、食中毒を発生させないためである!


私は鼻息を荒げ、出社早々に上記解釈をばCEOに開陳した。すると、今度は意外な回答が返ってきた。


CEO:間庭さんは、持ち込んだ方が嫌いなんだね。私は、「持ち込み警察」の方が嫌いです。


あら?今度は好き嫌い論?彼のお節介嫌いは有名であり、よく「まだまだ寒い日が続きますがどうぞご自愛ください」といった定型の挨拶に「余計なお世話だ」等とよく分からぬキレ方をしている。人混みでないにも関わらず、他人にマスクの着用を叫ぶ所謂「マスク警察」なども、彼の最も倦厭するものの一つである。私ははっと思った。点と点が繋がった気がした。


CEOは、最初から、注意した客に天罰を下したかったのだ。CEOはよく言っている。法務のスキルというのはスターウォーズのフォースと同じだと。清廉で正義の心を以て法律を用いれば明るい結果となる。サボりたいとか、恐怖から逃避したいとか、怠惰、嫉妬、怯懦…こういった負の諸感情と結びつくと、いとも簡単に闇の結果、つまりダークサイドに堕ちる。結果として、世の中に多大なる害悪を齎す。


然り。リーガルマインドとは、元来絶対的な正義を追求するものではないのである。それは、自らの意思を通すための強力な武器たり得るのである。法律が世界を制する理由は、ここにあった。法律という剣を抜くには、先ずはその精神の潔白を天に誓わなくてはならぬのである。飲食店での持ち込み客 vs. それを注意する客。我々に結論は出せぬが、週末を返上してのこの一件を廻る知的な闘いで、私は法務担当としての肝要な心構えを知ったのである。


最後まで読んでいただきありがとうございました。次回はいよいよ法務の実務編に入って行きます。お楽しみに。


イラスト作者: INAP Japan 技術部長 吉川進滋

 
 

プロフィール

インターナップ・ジャパン株式会社
事業開発担当マネージャー 間庭 一宏

獨協大学外国語学部卒業後、ITインフラエンジニアとして多くの現場を渡り歩く。
2012年7月インターナップ・ジャパン株式会社入社。以後、ネットワークエンジニアとして顧客のインターネット開通を手掛ける。
2021年より同法務担当となる。
インターナップ・ジャパン設立20周年ミュージック・ビデオ、『地獄の淵でRock Us Baby!』ではドラムを演奏。


HP:インターナップ・ジャパン株式会社

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