48歳法務奮闘記

第3回

48歳法務担当、リーガルマインドを知る ~ リーガルマインド上級編 前編

間庭 一宏 2022年1月18日
 

48歳法務担当の朝は無駄に早い。


私が朝まだき駒込駅前のMCバーガー店を訪れ、コーヒーを啜るのを週末の愉しみにして久しい。私は起床と同時にギアがトップに入るのであるが、早朝から張り切って法務の参考書を音読し出すと、家人を起こしてしまう。よって近所のMCバーガー店に退避することにしている。そして、その日の気分で新聞やビジネス書、哲学書などをゆっくり味わいながら読み、ついでに人間観察も楽しむのである。



ある朝、いつものようにMCバーガー店で、この日は故David GraeberさんのBullshit Jobsを読みながら、これからの資本主義の変わりゆく姿と、その新しいシステムで支配者に求められる資質に思いを馳せていた。すると突然、私の思索は一人の客の叫び声で中断せられた。声の方を見ると、なんと客同士で言い争いが始まったではないか。一人の客が自作弁当を持ち込んで堂々と食べ出し、これを見かねた隣の客が「ちょっとぉ、持ち込みやめなさいよ!」と注意したことから始まったのである。これは面白くなりそうだ。私はすわと思索モードから人間観察モードに移行し、涎で穴を空けた新聞紙の後ろからこれをば観戦することとした。


「何考えてるのよ、やめなさいって言ってるでしょ!?」持ち込み側は「うるさいわね」と言って知らんぷりを決め込み、お弁当を貪っている。手作りの煮物だろう。ヘルシーで美味しそうではある。注意する側は無視されればされるほど逆上してくる。これではせっかくの手作り弁当も味がせぬであろうに…。しばらくすったもんだの応酬が続いて、注意側が「警察呼んでもいいんだからね!」と大声で叫ぶと、これが決定打となり持ち込み側はぶつぶつ言いながら店を出て行った。


ああ、面白かった、と新聞に目を戻しかけたが、ちょっと待った!法務担当となった今、私がすべきことは、今目撃した一部始終の法的な解釈ではないのか。警察呼ぶよ、の一言で相手は怯んで退出したが、果たして警察呼ぶよ、は妥当なのであろうか。私はさっそく法的解釈を試みた。そして、CEOに私の見解を伝えることにした。彼は毎週末、スポーツジムでの身体作り、感性を養うためのピアノレッスン、勝負勘を鍛えるための麻雀勝負と、多忙を極める。ぐずぐずしていると出かけてしまうかもしれない。実はCEOの宅は近所なので、走って行って呼び出してもよいのであるが朝の6時過ぎではさすがにキレるかもしれない。私は目撃した一部始終と、それに対する私の法的見解をばメールで伝えることとした。


以下が私の見解である。
契約とは、基本的に口頭でも申込と承諾による意思の合致で成立する。つまり、持ち込み客(以下「持込側」)がMCバーガー店のカウンターで「コーヒー、店内で」と注文したのが申込であり、店員が「コーヒーを店内ですね。ありがとうございます」と復唱し礼を言ったのが承諾である。これで契約が成立した。成立した契約の内容はコーヒー一杯の売買契約の他、当該コーヒーを飲むために、店の施設を合理的かつ必要な範囲で使用し、使用させるという施設利用契約である。その施設利用契約には、当然に、施設管理者としての店による管理上合理的に必要な範囲でなされた指示や取り決めに、利用者は従わなければいけないという内容が含まれる。


ふと目を上げると、店には「当店をご利用するにあたり」という決めごとが大きく貼り出されているではないか。その第5条には「他店からの持ち込みによる飲食を禁じます」とある。他店から、というのが気になるが…しかし他店からの持ち込みは禁止するが自作弁当であればOK、なんてのはおかしいな。つまり持ち込みは全般的に禁止なのであろう。持込側は、これに合意したにも関わらず禁止事項を犯し、持ち込み弁当を食べるのであるから、これは債務不履行である。 従って持込側は、契約違反をやめるように催告されてもやめないのであれば、契約は解除されうるのであり、また、損害賠償の義務が生じる。損害賠償額は弁当を持ち込まれなかったら店が得られたであろう、得べかりし利益である。得べかりし利益は、見たところ持ち込み量は多いが、総カロリー量に換算したらハンバーガー1個に相当しそうである。里芋の煮物でしょう?カロリー低いよね。よって、損害賠償額はハンバーガーの250円とする。警察は、犯罪ではないので、呼んでも来ないであろう。いかがでしょうか?


私は多少なりとも自信があった。すると、すぐにCEOからぶっきらぼうなメールが返ってきて曰く。


「なぜ、『他店から』に自作弁当も含まれるの?リーガルマインドは、規範ありきでしょう。あと、損害賠償とカロリーは関係ないから」


ううむ、これでは全く理解できない。おそらく出かける準備でバタバタしているのであろう…半狂乱でジムの支度をしている姿が目に浮かぶ。しかし、私は「それですと自作弁当の持ち込みはOKというおかしなことになってしまいますが」と食い下がっておくことを忘れなかった。


そしてその日の日中、私は持ち込み問題の解釈を自分なりに深堀りしてみた。どうにも「他店から」というのがひっかかる。これは、法律を知らないMCバーガーの社員が、たまたま彼のシフト中に他店からの持ち込みを目撃し、義憤のあまり鼻息を荒げ、よくよく考えもせずに「当店をご利用するにあたり」なんて張り紙をしちゃったに相違ない。きっと彼は自作弁当の持ち込みを目撃して、自分の考えの至らざることを知るであろう。うん、きっとそうだ。


かくの如く未熟な状態で策定せられた規定は、文字通り厳密に解釈するに値しないであろう。自作弁当の持ち込みが許されてしまうなら、世の中、詭弁の上手いものの天下になってしまう。なんとかしてこの規定を無効にしてやりたい。もはや、これは分かり切ったジョークなのであるから心裡留保で無効ではないか?いや、そもそも、この規定を書いた店員先生にはMCバーガーを代理する権限など無いのではないか。つまり無権代理で無効なのではないか?それから損害賠償額だが、弁当を持ち込まなかったら得られたであろう利益しか思い浮かばない。つまりハンバーガーなのであるが、算出に消費カロリー数は関係ないとすると、平均的な顧客一人当たりの売上はどうか。うん、そんな気がしてきた。これで一つCEOを打ち負かしてやれる。


警察呼ぶよ!についてはどうか。これはもう、見当違いも甚だしいよね。


夜半、私が忘れた頃にCEOから詳細なメールが届いた。一日のハード・スケジュールをこなし、前述のIP堂の焼酎を飲みながら大いに上機嫌になっているようである。こうなった時のCEOの指は、滑らかにキーボード上を踊る。その返信は女子高生同士のチャットの如く速い。その分、タイポが増えるためこれの解読は難儀を極める。私はむしろ就寝間近なのであるが、ふっかけた手前もう逃げられないと観念した。


CEO:確かに、規範を適用した結果、世の中の良識と著しく反する結果となってしまうのはだめで、その場合はルールを柔軟かつ合理的に解釈して適用しなければいけない。これがリーガルマインドの応用編。今回は、「他店から」を「店外から」と拡大解釈するべきかの問題。間庭さんはどう思う?

間庭:なるほど。では店長さんに聞いてみます。

CEO:当事者に聞いてどうするの。法務に当事者の主観など関係なし。あくまでも事実と状況を客観的に分析し、合理的に解釈する。それが法務。以上を踏まえて、間庭さんは飲食店が持ち込みを禁止するのはなぜだと思う?

間庭:飲食店が持ち込みを禁止するのは、当然、お店の収益の機会を確保するためです。 飲食店は、食べ物を売って儲けているわけで、それを持ち込まれちゃあ商売あがったりですよね。

CEO:確かにそれもあるんだろうけど、調べたところ、どうもそれだけじゃないみたいなんだよね。


CEOの口振りからは、飲食店が持ち込みを禁止する背景には更に深い世界が広がっていそうである。飲食店の持ち込み問題。街でよく見かける問題一つを取っても、実に様々な要素が絡み合うということが分かってきた。


このあと、事態は筆者が想像もしなかった展開を見せることになります。第4回では一緒にこの問題の深部へと降りて行きましょう。お楽しみに。


イラスト作者: INAP Japan 技術部長 吉川進滋

 
 

プロフィール

インターナップ・ジャパン株式会社
事業開発担当マネージャー 間庭 一宏

獨協大学外国語学部卒業後、ITインフラエンジニアとして多くの現場を渡り歩く。
2012年7月インターナップ・ジャパン株式会社入社。以後、ネットワークエンジニアとして顧客のインターネット開通を手掛ける。
2021年より同法務担当となる。
インターナップ・ジャパン設立20周年ミュージック・ビデオ、『地獄の淵でRock Us Baby!』ではドラムを演奏。


HP:インターナップ・ジャパン株式会社

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