48歳法務奮闘記

第2回

48歳法務担当、リーガルマインドを知る ~ リーガルマインド初級編

間庭 一宏 2022年1月11日
 

民法の入門書が届くと、さっそくCEOが民法勉強会を開催してくれた。民法入門で取り上げられている重要な概念に、CEO自ら実践的な解説を与えてくれるとのことであった。私は鼻息も荒げに民法入門を開いた。すると、最初の前書きにあたる箇所には何やら「リーガルマインド」というものについて書いてある。



CEO曰く、法務担当になるなら、このリーガルマインドこそ私が身に付けなければいけないものなのだそうである。リーガルマインドには複数の意味があるようであるが、一義的には感情にとらわれることなく、物事をルール・規定に当てはめて判断するという心構えらしい。事前に合意したルール・規定に照らして物事を判断する。そして、究極のルール・規定とは法律である。主観的な私情を差し挟むことなく、感情で判断がぶれることなく、厳密にルール・規定に則り判断する。そういう心がけである。


私が分かったような分からないような顔をしていると、CEOは続けた。


CEO:この間、飲みきれないIP堂(※)の焼酎を間庭さんにあげたじゃない?うちのマンションまで自転車で取りに来たよね。


(※筆者注)IP堂とは、なぜか宮崎県にある鹿児島IP堂という酒店である。非常に高値な焼酎をテレマーケティングで販売しており、もう何年もCEOが鴨(カモ)られているのである(少なくとも社員はかくの如く噂している)。CEOは、IP堂のスーパー・テレマ・ウーマンが大のお気に入りのようである。毎月、楽しそうに電話で話している。そうして楽しいひと時のクロージングには、我々には信じられない額で焼酎を買わされている。しかも買いすぎて時々飲みきれないことがあるようで、そうすると、たまたま近所に住む私にトリクル・ダウン的におこぼれが回ってくるのである。


間庭:芋焼酎ですね。はい、有難く頂戴したその日に妻と飲み干しました。


CEO:あの焼酎はいつ間庭さんのものになったと思う?


間庭:所有権ですか。マンションの下で手渡された時でしょう。


CEO:どうして?


間庭:どうしてって、手渡されて初めて、私の物になったということが確実になったからです。


CEO:ふーん確実ね。何が確実なのか分からないけど、民法の176条読んで見て。


間庭:(六法全書を開き)「第176条。物件の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる」


CEO:でしょ?ということは?


間庭:ということは、会社で「焼酎いただきます」と言った時に、もう焼酎は私の物だった…のですね?


CEO:そうかもしれないね。じゃあ私が、間庭さんに手渡す前に飲んじゃったらどうなるの?


間庭:それは…もう私の物なのですから、私の物を飲んじゃった奥野さん(CEO)は泥棒になりますよ。


CEO:なるほどね。でも、間庭さん、お金くれたっけ?


間庭:え、払ってませんよ。だって、くれるって言ったじゃないですか。


CEO:そうだね、では、民法550条になんて書いてある?


間庭:「第550条、書面によらない贈与は、各当事者が解除をすることができる。ただし、履行の終わった部分については、この限りでない」はあ。なんですか、これ?


CEO:つまり、我々書面を交わしてないから、私が飲んじゃっても「焼酎飲んじゃったから、取り消すわ」って言えばそれで間庭さんは、もうどうしようもないってこと。つまり今回のような書面のない贈与だと、民法176条の規定にかかわらず、確かに間庭さんが最初に言ったとおり、所有権は引き渡しまで確定的には移転しないんだよね。


間庭:ううむ。私の知らぬところで奥野さんは、隙あらば、私と妻が楽しみにしている焼酎を飲んでしまうことを考えていたわけですね。


CEO:そんなことしないよ。でもね、やろうと思えば簡単なんだよね。なぜなら、私は法律を知っていて、間庭さんは知らないから。


これがリーガルマインドか。私は衝撃のあまり失禁した。48年間の半生の、大半がひっくり返ったような衝撃であった。私は我が半生で、ことあるごとに感情に訴えてきはしなかったか。そしてことあるごとに逆切れし、同僚達からは「逆切れ番長・逆切れ専門」などと揶揄されはしなかったか。しかし考えてみると、納得が行くではないか。皆が判断をするにあたり、拠って立つところのルール・規定がないと、私のようにそれぞれが自分の勝手な価値基準で判断してしまい、世の中は収拾がつかないのである。皆が拠って立つところの究極の判断基準。それが法律なのである。そして感情でぶれてしまうことなく、法律に当てはめて判断する心構えこそがリーガルマインドなのである。


私にとってリーガルマインドを身に付けるという修行は、間違いなく我が半生で完成しかけていた、情に訴えこれに流されるという人格の修正に他ならないことを悟った。私は覚悟をもって、民法入門を読み進めることとした。


第3回では、街中で見かけた問題の、法的解釈に取り組みます。お楽しみに。


イラスト作者: INAP Japan 技術部長 吉川進滋

 
 

プロフィール

インターナップ・ジャパン株式会社
事業開発担当マネージャー 間庭 一宏

獨協大学外国語学部卒業後、ITインフラエンジニアとして多くの現場を渡り歩く。
2012年7月インターナップ・ジャパン株式会社入社。以後、ネットワークエンジニアとして顧客のインターネット開通を手掛ける。
2021年より同法務担当となる。
インターナップ・ジャパン設立20周年ミュージック・ビデオ、『地獄の淵でRock Us Baby!』ではドラムを演奏。


HP:インターナップ・ジャパン株式会社

このコラムをもっと読む
48歳法務奮闘記

同じカテゴリのコラム

キーワードからコラムを検索する