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48歳法務奮闘記

第12回

我が社の法務クラス - 後編

ユニタスグローバル株式会社  間庭 一宏

 

日々法務の修業に明け暮れる筆者と部下のYK社員。しかし、いざ法務の実戦となると、肝心な論点にビットが立たたず、頭を素通りしてしまう。どうしたらリーガルマインドを肌感覚で身に着けることができるのか。リーガルマインドを身に付ける訓練として有効なのは、日々起こる事象に法律を適用すること。つまり事例問題を解くのが良い。かといって司法試験の問題集は難易度が高すぎる。そこで実用法務検定試験に白羽の矢が立った。小手試しに、オンラインで公開されている実用法務検定試験の問題を一つ解いてみることとなった。パワハラに関する問題である。

CEO: 2人ともいわゆるパワハラ防止法というのができたのは知ってるかな?

パワハラ防止法!?初耳のYK社員と私は、Google先生に聞いてみた。しかし、近年いじめや嫌がらせが増加傾向にあるとか、優越的な関係を背景とした言動であるとか、企業はこれに適切に対応するべく体制の整備や措置を講じろなど、てんで要領を得ない。

CEO:分からない?実は法律の文書って、分かりにくいから大抵はまず役所がガイドラインを出すんだよね。今回も厚労省が出してるでしょ。

そこで厚生労働省のガイドラインで再度検索すると、とても分かり易いガイドラインにたどり着くことができた。冒頭に大きくパワハラの定義を掲げて曰く。

1. 職場における優越的な関係を背景とした言動である
2. 業務上必要かつ相当な範囲を超えている
3. 労働者の就業環境が害される

これらの全てを満たす言動がパワハラなのだそうである。

ふむ、このように3行で以って言い表されると、どこやらすっきりする。さっそくこの定義を問題文に当て嵌めてみると、問題文にある言動がパワハラであるか否かは歴然となった。問題文①は、上司が部下を指導しており、一対一のお叱りの場を設けている。そしてその指導内容も、遅刻する時は事前に連絡すること、体調管理に留意することを反省文で提出せよというものである。お叱りの時間も10分と短い。いずれもパワハラ定義の1~3に当て嵌まらないようである。

②の方は、少々トリッキーである。お荷物さん発言者のCは、上司ではない。同僚である。問題文に「一方、Aは営業部に異動したばかりだったので、同じ部内で営業経験の長い同僚のCに営業ノウハウを教えてもらっていた」とあるように、同僚とはいえ教える側、つまり優越的な立場にある。そして、例のお荷物さん発言である。これは業務上必要かつ相当な範囲を超えていると言わざるを得ない。さらにご丁寧に、他の社員の前でAを揶揄するという徹底ぶりである。労働者の就業環境が害されること著しいと言わざるを得ない。よって②はパワハラ認定を受けて当然であろう。果たしてテキストの解答も、我々の思惑通りであった。

CEO:どう?ビジネス実務法務検定試験のテキストで役に立つと思う?

YK社員:はい、問題を解くことで、奥野さん(CEOのことである)の言う法律に当て嵌める、という練習になるとは思います。

CEO:じゃ、法務クラスはビジネス実務法務検定試験のテキスト解いていこうか。1級の問題集買っておいて。

翌週、届いたばかりのテキストを開き、記念すべき法務クラス第一回目の題材を探した。すると、実に厳しい現実を描写した、一抹の悲しみさえ感じさせる問題文が、私の目に留まった。我が社の社員にも、いつこの問題と同様の状況が発生しないとも限らない。第一回目のお題は、これしかない。YK社員にもいいところを見せられるかもしれない。そうして、法務クラスは開催された。

問題文
X社の総務部に勤務する従業員Yが、ある日突然無断欠勤したので自宅に連絡したところ通常通り出勤したとのことであった。数日後に貸金業者による給料差押さえの通知を受け、その後Yから一度連絡があり、貸金業者に多額の借金があり退職したいとの意思が確認できた。そこで、X社では就業規則に基づき解職することにした。Yとの取引関係を整理したところ、YのX社からの住宅資金借入残高が500万円、社内預金残高が100万円であるほか、解雇時点での未払い給与が50万円、社内規定に基づく退職金が800万円となることが分かった。住宅資金借り入れについてはY所有の自宅土地建物に抵当権が設定・登記されており、Yの配偶者Aが連帯保証している。Yの担当事務を整理したが社内での不正行為の形跡は特に見当たらなかった。その後、Y本人とは連絡が取れないままである。
--- 東京商工会議所編 ビジネス実務法務検定試験 公式テキスト1級 2021年度版 Case24より

分かりやすく権利義務を図解すると、以下の通りである。分かり易すくするため「配偶者」は私の独断により奥さんとした。

CEO:はい、設問を読む前から、もうどんなことが聞かれるか想像つくよねぇ。何が論点ですか。

来た。私の出番である。

間庭:結婚までしていて、仕事も人生も放擲して逃げちゃア、だめでしょう。何やってるんだか。いいですか、そもそも人生なんて…

CEO:だぁからそっちにビットが立っちゃダメなんだって。いつもリーガルマインドって言ってるでしょう。例えばこの問題なら…

YK:連帯保証人というワードが目につきます。この配偶者さんは、きっと逃げられないんだろうな、と。

あっさりかわされてしまった。CEOが続ける。

CEO:そう、そこだよねぇ。もう見え見えでしょう。じゃあ普通の保証人と連帯保証人の違いは分かるかな。

聡明なYK社員に見事に先を越されてしまったカタチであるが、運は私を見放さなかった。ちょうど最近、私は榮先生のダットサン民法で、連帯保証人の箇所を読んでいたのである!

間庭:はい!検索の抗弁権も催告の抗弁権もない、ということです!

CEO:つまり、どういうこと?

間庭:つまり、ええと…確かグーグルの検索とは違うのでありまして、この検索は…

YK:つまり連帯保証人の奥さんは、「うちのだんなの借金なんだから、先にだんなに請求しなさいよ」(催告の抗弁権)とか「だんなの財産を差し押さえなさいよ」(検索の抗弁権)とか言えない、ということですよね。

CEO:そうだよねぇ。奥さん本人が代わって弁済しないといけない。これが第一の論点。他には?



間庭:うーむ。問題文で、会社は会社と社員の債権債務を相殺したがっているのは分かるのですが。

CEO:そうなるだろうねぇ。会社としては一番でかい退職金800万円を、住宅資金の貸付500万円とぶつけたいだろうねぇ。じゃあ、退職金て何?

YK:これも一種の預金でしょうか。

CEO:預金ではないんだな。退職金は、給料の後払いと言われている。

間庭・YK:給料の後払い!

CEO:そう。退職金は、給料なんですよ。給料は全額支払いが原則だよね。よって、会社は勝手に従業員の退職金を相殺できない、と、こうなるでしょうね。うん、これだけ分かっていれば十分。じゃ、設問に行ってみようか。

--- 以下、同じく東京商工会議所編 ビジネス実務法務検定試験 公式テキスト1級 2021年度版 Case24より

間庭:読みます。「設問1。住宅資金、社内預金、未払給与、退職金の各債権債務について、X社としては社内預金、未払給与および退職金により、住宅資金融資を回収したいと考えている」

うん、想定通りですね。

「検討にあたってX社が考慮すべき法律上の規則と、その規則に抵触しない範囲での解決策を説明しなさい。」

CEO:はい、設問に入る前に論じた通りの展開になりましたね。まずは、お互いの債権債務を相殺できるか。これがダメなら、次は連帯保証人のところに行くんでしょうね。解答は?

間庭:「まず、X社のYに対する債権は通常の金銭消費貸借券であり(中略)他方、YのX社に対する社内預金債権、未払給与債権、退職金債権のいずれも金銭債権である。ただし、未払給与および(中略)退職金は労働債権である。したがって、X社はYに対し、直接全額支払う義務を負い、X社のYに対する債権との相殺は、Yの自由な意思に基づく同意がない限り認められない。」

うん、想定通りですね。

「また、未払給与、退職金とも、その給付額の4分の3(給与については支払期が毎月と定められている場合33万円が上限。民事執行法施行令2条)は差し押さえることができない。」

へえ、給与を差し押さえる場合は上限があるんですね。

CEO:ある。そこをちゃんと押さえているんだね。さすが1級のテキスト。

間庭:「以上を前提とすると、X社としての解決策は以下の通りになる。

① 社内預金は、住宅資金と相殺する。
② 退職金について、住宅資金融資契約において退職時には退職金をもって弁済に充当する旨の同意を得ていれば、それに基づいて相殺する。
③ 上記②の同意がない場合、未払給与、退職金ともY本人と連絡がとれる状態になるまで支払いを留保しておく。」

CEO:まあ、そんなところだろうね。本人の同意がない限り、会社は未払給与と退職金には手を付けられないよね。なので、やっぱり連帯保証人に弁済を迫るしか回収の方法はない…これが次の設問じゃない?

間庭:あ、いや、待ってください。まだ続きがあります。「ただし、Yの家族が困窮するような事態が認められる場合には、未払い給与のうち差し押さえ禁止額(33万円)および退職金の一部を二重払いの危険を覚悟のうえで家族に支払うことは検討されてもよい。」…だそうです。

CEO:ちょっと何それ?何言ってんの、ご家族が困ってたら払っちゃうの?困ってるの定義って何?それをどうやって判断するの?その最後の一文、本当にそう書いてある?まぁた間庭さんの勝手なお気持ちを言ってない?

間庭:いやいや!私の私見などではなく、確かにそう書いてあります。

YK:きっと心優しい方だったんでしょうね、解答書いた方。

CEO:いやいや、それはダメでしょう。三流の作家がつまらないファミリードラマのシナリオ書いてる訳じゃないんだから。まあいいや。じゃ、次の設問。

間庭:「設問2。Y社員とは連絡がとれないまま、Yの配偶者Aを相手に交渉するほかない状態において、住宅資金融資の回収を含めた全体的かつ実務的な解決策を説明しなさい。

CEO:さあ、いよいよ連帯保証人に迫るところですね。これも想定通りですね。覚えてるかな?

YK:連帯保証人には検索の抗弁権も催告の抗弁権もない、ですね。

CEO:その通り。じゃ、解答は。

間庭:「Aは、Yの配偶者ではあるが、Yとは別の人格であり、Yの委任等を受けていない限りはYの資産等をYに無断で処分等することは許されないのが原則である。」

あれ?担保も設定して連帯保証してるのに、だんなの委任が必要なんですか?

「しかし、Y本人の意思を推測すると、社内預金と退職金の一部をもって住宅資金を返済して残額を受け取り、自宅の担保を解除することを希望するのが通常であろうと思われる。」

…なんかこの推測、いらないですよね。まあいいや、先を読みます。

「そこで、そのような解決方法にできるだけ近い次のような形をとることが望ましい。

まず、社内預金および住宅融資契約において退職金をもって弁済に充当する旨の合意ある場合の退職金と住宅資金の相殺については、X社に届け出られているYの住所宛に相殺通知を到達させれば相殺が認められると考えられる。したがって、X社としては、届出られているYの住所宛に内容証明郵便にて相殺通知を発送すべきである。

他方、未払給与および相殺が認められない場合の退職金については、設問 (1) でも述べたようにその支払いを留保すべきである。しかし、Yの家族が生活に困窮するなどの事情で支払う場合…」

え、支払っちゃうの?またお気持ち主義だ。

YK:やっぱり心優しい方なんですね(笑)。

間庭:続けますよ。「支払う場合、従来、給与が銀行振込によって支払われていたのであれば、従来の給与振込口座への振込みによって支払うべきである。」

ありゃ、支払っちゃうんだやっぱり。

「この方法によれば本人宛の支払いと認められるからである。現金支給の場合、Aの領収書を徴した上でAに支払えば、事実上は問題となることは少ないと思われる。しかし正当な法的根拠はないため、」…え、法的な根拠はないの?「後にYからの支払い請求があった場合の二重払いの危険性は完全には排除することはできない。」

CEO:ちょっと、もういい加減にして欲しいんですけど。実は失踪した旦那と奥さんが共謀してて、二重に給料貰おうと企んでたらどうするの。想像するなら、なぜ悪い方も想像しないの。検索と催告の抗弁権はまだ?

間庭:ええと。「なお、Yの他の債権者から差し押さえられることを防止するためにいったん退職金全額をYの銀行口座に振り込んだ上でその預金債権を差し押さえるということも考えられなくはない。しかし、退職金の差押禁止部分は600万円あり、Yの希望が上述した通りであるのが通常であることを考えるとそれほど緊急性は認められない。」

緊急性の問題になっちゃいました。後は…いったん退職金を全額Yの銀行口座に振り込んだ上で差し押さえる方法の説明があって…でも訴訟の手間と費用を考えると、特段の事情がない限りこの対応は取るべきでない。…あれ!?解答終わりだ。

CEO:はぁ?連帯保証人は?

間庭:出てきません。次のページの「【Point 論点と解説】」にあるのかな。

CEO:探してみて。絶対ある筈だから。

間庭:ええと…「A(配偶者:間庭注)と十分な話し合いの機会をもって、Y(失踪社員:間庭注)を含めた家族の置かれている状況と意向を正確に把握したうえで解決方針を決めることが肝要である」、「万一、後日Y賃金支払いの請求を受けた場合は二重払いのリスクが残るがそのリスク33万円は少額であるとして割り切る(請求を受けたら二重払いをする)方法である」「支払いがなければ抵当権に基づく競売も可能となるが、家族が自宅を失うことになる」などなど、ご家族寄りの説明はありますが連帯保証人の記述はないですね。

CEO:え?設問の連帯保証人の設定、その回答者スルーしちゃってるの?ダメでしょうそれは。0点だよこの回答。不合格。というか法務の資格なし。そのテキスト書いてるの誰?

間庭:巻末に載ってます。うお、たくさんいます!解答者はどうやら一流企業の法務の方達ばかりですよ。

CEO:この人達、自分で解説してる試験に落ちるよね…でも、確かにこういう法務、多いんだよな。なんかさ、こういう回答ってAIっぽいよね。AIも最近、いっぱしのお気持ち主義打ち出してくるし。やはり他社の法務は、すでにAIに置き換わっているということか。…どうする?来週以降の法務クラスも、このテキスト使う?

本問のクライマックスを飾るべき連帯保証人が縛り上げられるくだりがスルーされてしまいCEOは呆れ返っている様子であるが、YK社員はこのテキストをなかなか気に入ったようである。

YK社員:でもこれが現実なんですよね?でしたら法的に正しい正解より、より今の世の法務の実情に近いこのテキストがいいような気がします。毎回、奥野さんがダメなところはダメ出ししてくれるんですよね。それも含めて面白いかと。

そんな訳で法務クラスを続けて早くも1年近くなる。いっぱしの法務担当者への道のりは未だ半ばとは言え、なかなかどうして成果も出てきてはいるようである。先日会社法の問題を解いた時は、取締役員の善管注意義務の話でCEOが「善管注意義務違反になって、株主集団訴訟で多額の賠償責任を負わないようにするために大事なことが2つあって…」と言い出すと同時に閃いた私が「はい、専門家の意見を聞くこと」、そしてYKちゃんがすかさず「一人で決めないことです」と続いた。我ながらこのやり取りは気持ちがよかった。法務クラスの成果は着実に出ているようである。ところでその後にCEOは「僕はそんなの信じてないけどね」といういつものちゃぶ台返しを予感させる前置きをしてから、これの実践ケースとしてCEOが自ら加担した、その専門家とやらを巻き込んだ集団意思決定の壮絶な経験談を披露してくれた。その内容たるや公式テキストでさえ取り上げるのに躊躇するような驚愕の内容であり、炎上必至のためここには書けないのが残念である。このように我が社の法務クラスはテキスト問題を元に議論を開始し、実務での場面に適用し、時として公言するに憚られる程の事例研究にまで発展するのである。



イラスト作者: ユニタスグローバル技術部VP 吉川進滋

 

プロフィール

ユニタスグローバル株式会社
事業戦略部長 間庭 一宏

獨協大学外国語学部卒業後、ITインフラエンジニアとして多くの現場を渡り歩く。
2012年7月インターナップ・ジャパン株式会社入社。以後、ネットワークエンジニアとして顧客のインターネット開通を手掛ける。
2021年より同法務担当となる。
インターナップ・ジャパン設立20周年ミュージック・ビデオ、『地獄の淵でRock Us Baby!』ではドラムを演奏。

2022年11月30日、ユニタスグローバル株式会社に社名を変更。


Webサイト:ユニタスグローバル株式会社

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