「事業計画に基づいて事業を始めようとした時に、ふと、感じたことがあるのです。」
「どんなことですか?」
「実際に事業を始めるとは、事業計画に書いたこと以上に細かい選択をしなければならないということです。」
「そこに気が付かれたのですね。」
「私は、うどん店を開店しようと事業計画を立て、それに基づいて銀行からお金を借りたり、お役所などから補助金などを頂くことができました。これに基づいて実際にお店を開こうとすると、細かいことで様々な選択肢があることに気が付いたのです。」
「例えばどんなことですか?」
「店舗設計をお願いすると、いろいろなことを聞かれるのです。」
「例えば?」
「壁の色とか材質、机の大きさや形、イスも同じことが言えますね。事実上、ありとあらゆることです。」
「それについて、どう感じられたのですか?」
「最初は、適当に答えておけば良いと思ったのです。『安いのにしてよ』とか、『人気があるものにしてよ』とか。でも、壁の色や材質、机やイスの大きさや形などで集まってくるお客様が違うと聞いて、もっとまじめに考えなければならないと思うようになったのです。」
「それは素晴らしい気付きをもらいましたね。でも、ターゲットとするお客様は事業計画書を書く時に考えていたのではありませんか?」
「確かにそうです。しかし今、店舗内装の選択を行わなければならない場面に遭遇すると、自分が考えていたお客様の定義が如何に曖昧だったか、思い知りました。」
「それは本当に、良い気付きだと思います。そのように悩んだとしても、結局は施工業者に『一番安価なオプションで』とか『同業社が多く選択しているオプションで』などと答えてしまう場合が多いと聞きますから。」
「いや、私もそう答えたくなりました。でも、やっとの思いで踏み留まったんです。それではいけないと。」
「それは良いご判断です。」
「こういう状況で、私は、何をすれば良いと思いますか?」
「そうですね。ドラッカーが勧める5つの質問に取り組んでみるのは如何でしょうか?」
「5つの質問ですか?どんな質問ですか?」
「ドラッカーが提示した、以下の質問です。
・ われわれのミッションは何か?
・ われわれの顧客は誰か?
・ 顧客にとっての価値は何か?
・ われわれにとっての成果は何か?
・ われわれの計画は何か?
同名の本も出版されていますから、参考してみたらどうでしょうか?」
「まさに、経営計画に盛り込んだような内容ですね。それをやることに、意味があるのですか?」
「確かに、今時の事業計画書には、これらの項目が盛り込んでありますね。けれど今回は改めて、しっかりと取り組むのはどうでしょう?」
「しっかりと取り組む?」
「一つの質問に、時間制限なく検討してみてください。納得がいく答えが出るまでです。」
「なるほど。」
「そして、5つについて順番に全部、答えたら、もう一度、全体を見直してみてください。たぶん、そこらじゅうを書き直したくなるでしょうから。」
「そんなものですか?」
「実際にやってご覧になると、実感されると思いますよ。ある質問について徹底的に考えて答えたつもりなのに、別の質問の答えと照らし合わせると抜けていたり、矛盾しているところに気がつくのです。」
「なるほど。」
「それらにきちんと対応することで、先ほど悩まれたようなことについて、きちんと配慮できるようになります。」
「どうしてそう言えるのですか?」
「事業計画書の作成段階で、先ほどの5つの質問については概ね考えたと仰っていました。でも、現実の意思決定の場面では確たる結論が出ない。それはなぜだと思われますか?」
「まずは十分な時間をかけていないからですね。」
「そうです。それのプラスして、別の質問に答えてから見直しをしていないからなんです。」
「考えが一面的だと仰りたいのですか。」
「そうです。事業計画を立てる時、人は、自分の見方にだけ基づいて、一面的な検討で止めてしまいがちです。だから、別の見方もできるよと言われると、悩むことになってしまいます。」
「それを徹底的に悩んで、答えを出せと仰るわけですか。」
「そうなんです。ドラッカーは、つまり、5つの観点であなたの事業計画を見直してくださいと言っているのです。ある観点で輝いて見えていた計画でも、別の観点からするとくすんで見えるかもしれません。それでこちらを輝かせると・・・。」
「今度は別の観点で輝きが失せているかもしれないということですね。」
「そうなんです。そういうことを何度も繰り返しながら、5つの観点全てで輝く計画を作る。それをドラッカーは勧めているのだと思います。」
「分かりました。夏休みに、時間をとってきっちり取り組んでみます。」
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カテゴリ:
- 起業・創業
プロフィール
StrateCutions (ストラテキューションズ)
落藤 伸夫
(StrateCutions代表)ドラッカー学会会員
中小企業診断士を目指していた平成9年にドラッカーに出会って以来、ドラッカーの著書をいつも座右の銘にしてきました。MBAを取得し、コンサルタントとして活動するにあたっても、企業人が考え行動する基本はドラッカーにあると感じています。ドラッカーの教えは、時には哲学的に思えることがありますが、企業が永らく繁榮するとともに、社会にある人々が幸福になることを目指していると思います。お客さま、社会、そして自分自身の「三方良し」の構図を作り上げることにより起業の成功を目指すドラッカーの知恵を、お楽しみ下さい!
<著書>
『ドラッカー「マネジメント」のメッセージを読みとる』
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