「ひとつお聞きして、よいでしょうか?」
「もちろんです。何でしょうか?」
「以前、恐怖によるマネジメントではなく、方向合わせによるマネジメントを行うべきだというお話をお聞きしました。会社の目指す軸と従業員の目指す軸を合わせることにより、従業員をモチベートするという趣旨だったと思います。」
「良く覚えておられますね。まさに、その通りです。」
「方向合わせによるマネジメントを採用している場合でも、パフォーマンスが低いという場合は生じると思います。例えばノルマを達成してこそボーナスが上がるぞとマネジメントしていても、達成できなかったという場合です。」
「そうですね。そんなこと、少なくないと思います。」
「そのような時、どのようにマネジメントすれば良いのでしょうか?ノルマが達成できなかったから達成しろという言い方をすると、恐怖によるマネジメントになってしまうと思うのですが。」
「とても良い点に気がつかれましたね。その通りです。そしてドラッカーは、そういう時に恐怖によるマネジメントに逆戻りしないよう、どのようなマネジメントをすべきかも提案しているのですよ。」
「えっ、そうなのですか?」
「先ほど田村さんが言われた、方向合わせにマネジメントを目指していたはずなのにいつの間にか恐怖によるマネジメントに切り替わっていた、このようなケースはどうして発生すると思いますか?」
「さあ、どうしてでしょう?」
「その原因としてひとつ考えられるのは、マネジメントのベースである目標をノルマに置いていたからです。」
「目標をノルマにおいていた、ですか。どういう意味ですか?」
「文字通りのことですよ。従業員の働きを判断するための基準としてノルマを置き、ノルマを達成できなかったからパフォーマンスが不満足だと判断し、ノルマを達成できるように次はもっと頑張れとハッパをかける。」
「それが当たり前のような気がしますが。」
「そうなんです。その、当たり前のやり方が、ノルマを押しつけることなのです。そうすることで、せっかく会社と働き手の方向性の軸を合わせようとしたののに、足もとから崩れ去ってしまったのです。」
「おっしゃっていること、分かるような、分からないような。では、どうすれば良いのでしょうか?」
「答えはシンプルです。一貫性を保つことですよ。従業員と会社の方向性を合わせたならば、それでマネジメントすれば良いのではないでしょうか?」
「従業員と会社の方向性を合わせることをマネジメントするという意味が、良くわかりません。」
「そうですか?従業員と会社の方向性を合わせることにより、共通の目標を実現できれば両方がハッピーになります。それが達成できないと、両方がハッピーになることができません。このような状況の時、会社としては『私をハッピーにしてくれなかったので罰を下す』というのが、一貫性のある言動でしょうか?『両方がハッピーになれなかったので、ハッピーになれるように知恵を出し合おうよ。力を出し合おうよ』というのが、一貫性のある言動でしょうか?」
「もちろん、後者ですよね。」
「そうなんです。前者だと、どうなりますか?」
「せっかく合わせた従業員と会社の軸が、乖離してしまうということですね。」
「そういうことです。」
「では、『両方がハッピーになれなかったので、ハッピーになれるように知恵を出し合おうよ。力を出し合おうよ』というスタンスを具体的に行うために、会社としては何ができるでしょうか?」
「うーん。」
「まずは従業員に、自分の欲求を実現するための目標を掲げてもらい、それを目指して頑張ってもらえば良いのではないでしょうか?」
「なるほど。」
「それをドラッカーは、『自己管理目標』と言っています。マネジャーが部下をマネジメントする時、ノルマの実現を目指してしまったら結局は恐怖のマネジメントへの逆戻りです。そうではなく、自己管理目標の実現を目指して、マネジメントを行うわけです。」
「うーん。理屈では分かるような気がするのですが、ノルマも自己管理目標も、結局は同じですよね。例えば『個人として売上を20%増加させる』というような。同じ目標を掲げたにもかかわらず、どうやったら方向合わせのマネジメントになるのか、どうやったら恐怖のマネジメントになってしまうのか、良くわかりません。」
「ノルマの場合、達成できなかったら会社はどうするでしょうか?」
「ボーナスや給料を減額しますね。時には降格させるかもしれません。」
「そうですね。罰を与える訳です。では一方で、自己管理目標を達成できなかった場合には、会社は何をすれば良いのでしょうか?」
「そんなこと、考えたことはありませんでした。対比で考えると罰を与える訳ではないことは分かりますが、実際は何なのでしょうか?」
「良い線でお考えになりましたね。自己管理目標の場合には、罰は与えません。逆に、働き手が自己管理目標を実現できるよう、支援を行います。」
「えっ、そうなのですか?」
「そうなんです。働き手が自己管理目標を達成できるように、あらゆる手段でもって組織が支援する訳です。」
「なるほど。言葉としては分かりますが、もう少し具体的に教えてもらえませんか?」
「例えば部下が、月末までに100万円の売上をあげる目標を立てていたとします。なのに15日を過ぎているのに、1円の売上もあがっていません。どう言いいますか?」
「『半月たったのに1円も売上が出ないなんて、これからどうするつもりだ』と言うでしょうか?」
「それではノルマのマネジメントのように感じられるでしょうね。そうではなく、自己管理目標の実現を助けるようなマネジメントは、どうなるでしょうか?」
「そうか。『半月たったのに1円も売上が出ないな。何か困っていることはないか。助けが欲しくないか?あるなら是非言ってごらん』と言うことなんですね。」
「そうなんです。そう言うことによって、マネジメントの受け手である働き手は、組織が行うマネジメントについて一貫性を感じ、納得することができます。」
「自分の組織は、私が設定した自己管理目標の実現を目指して、そのためにマネジメントしてくれているんだなと納得する訳ですね。是非、そのようなマネジメントを、行なっていきたいと思います。」
コラム「ドラッカーから起業を学ぶ」をご覧の皆さん。いつもご購読くださり、どうもありがとうございました。本年5月から33回にわたって本コラムを毎週月曜日にお送りしてきましたが、今回で連載をひとまずお休みとし、今後は不定期刊とさせて頂きます。
来年からは、新コラム「新時代に入った中小企業金融支援。あなたは資金調達できますか?」をお送りいたします。事業の血液となる資金を中小企業の皆さんが調達する環境がどのように変わってきたか、新しい環境下ではどうすれば円滑に資金調達できるかを分かりやすく、時には具体的な方法等をお示ししながらご説明したいと思っています。ご期待ください。
これまでのご愛顧に、感謝しています。
良いお年をお迎え下さい!
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カテゴリ:
- 起業・創業
プロフィール
StrateCutions (ストラテキューションズ)
落藤 伸夫
(StrateCutions代表)ドラッカー学会会員
中小企業診断士を目指していた平成9年にドラッカーに出会って以来、ドラッカーの著書をいつも座右の銘にしてきました。MBAを取得し、コンサルタントとして活動するにあたっても、企業人が考え行動する基本はドラッカーにあると感じています。ドラッカーの教えは、時には哲学的に思えることがありますが、企業が永らく繁榮するとともに、社会にある人々が幸福になることを目指していると思います。お客さま、社会、そして自分自身の「三方良し」の構図を作り上げることにより起業の成功を目指すドラッカーの知恵を、お楽しみ下さい!
<著書>
『ドラッカー「マネジメント」のメッセージを読みとる』
このコラムをもっと読む ドラッカーから起業を学ぶ
- 第33回 方向合わせマネジメントで自己管理目標の実現を支援する
- 第32回 マネジメントのシステム化
- 第31回 苦労にではなく成果に注目する
- 第30回 状況を前提にした戦略を練る
- 第29回 プロフェッショナルのネットワーク
- 第28回 人材育成というマネジメント
- 第27回 マネジメントの方法
- 第26回 恐怖によるマネジメントと方向合わせによるマネジメント
- 第25回 イノベーションで顧客を創造する
- 第24回 顧客を創造する方法
- 第23回 オペレーションが先か、マーケティングが先か
- 第22回 なぜドラッカーから学ぶのか(ユニークな体系)
- 第21回 なぜドラッカーから学ぶのか
- 第20回 マーケティングを始める
- 第19回 誰からどのように資金調達するかを考える
- 第18回 社会を取り込んだ事業モデルを考える
- 第17回 従業員を取り込んだ事業モデルを考える
- 第16回 PDCAのサイクルを臨機応変に設定する
- 第15回 5つの質問から顧客にとっての価値を深掘りする
- 第14回 5つの質問で詳細を固めていく
- 第13回 暗中模索で使うPDCAサイクル
- 第12回 競合がないのは良いことか
- 第11回 マーケティングを始点とする
- 第10回 ビジネスモデルから体制作りへ
- 第9回 副業を考えた時
- 第8回 ドラッカーが勧めたフィードバック
- 第7回 なぜ計画を使うのか(後編)
- 第6回 なぜ計画を使うのか(前編)
- 第5回 ミッションとビジネスモデルの関係
- 第4回 ビジネスパートナーとの関係も築いていく
- 第3回 顧客との関係を築く
- 第2回 ビジネスモデルのブラッシュアップ
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