「今、日本の経営者に知らせたい、重要な経営課題」

第2回

「なぜ、日本のDX(デジタルトランスフォーメーション)は進まないのか?」  名古屋大学名誉教授 山本修一郎先生 【中編】

田原祐子 2021年1月29日
 
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石垣型VSブロック型

山本先生 企業側の情報システム部門においても、ITベンダー企業においても、離職率が高い傾向があります。なぜ、こんなことになっているかといえば、経営が石垣型になっているからです。これは、また後でお話しますが、日本企業の経営は、ほとんどがメンバーシップ型です。私が元いたNTTなどもまさにメンバーシップ型でした。どんな人がいるのか、その人にできる仕事をまず探すというアプローチなので、ビジネスプロセスがジョブ型になっていないのです。ところが、デジタル経営では、ビジネスのプロセスは、完全にジョブ型に移行しなければならないし、その仕事ができるための、必要なスキルも特定されるはずです。適材適所の発想で、その仕事に必要な人材のスキルがうまくマッチングされるからこそ、パフォーマンスが発揮できるわけです。これが日本ではなかなか難しく、業務もスキルも可視化できていない。この部分の根本的な転換をしないと、単にデジタル技術を使えばDXが実現するわけではない。そういう意味でも、ビジネスプロセス自体を変革しなければなりません。ここがなかなか難しいところです。

 

 

田原 まさに、私も、以前から、日本の働き方改革や、女性活躍推進が進まぬ理由は、メンバーシップ型であることが大きな原因だと感じています。先日も、シンガポール大学の教授で女性活躍推進を研究している方とお話していたのですが、女性の管理職は、ジョブ型なので仕事が終わったら17時でも16時でもさっさと帰ってしまうそうですが、日本では、自分の仕事が終わっても、「まわりの人が仕事をしているのに自分ひとりが帰るのは後ろめたい気持ち」があって帰れず、残業するといった悪しき慣習が残っています。

私が懇意にしている、同志社大学の太田肇教授は、この状態を、「みんなで仕事をするから、誰か仕事をしていなくてもわからない、“集団無責任”状態だ」と指摘しています。太田先生の言葉を借りれば、ジョブ型はすなわち分けること、分化(ぶんか)です。ちなみに、分化を、私はモジュール化と呼んでいます。太田先生とは、分化(モジュール化)の持論を持つ研究者仲間ですが、日本の経営学では長く、分化はNGとされてきたようです。それは、旧来から日本は石垣型と言われる、刷り合わせの経営スタイルであったためです。しかし、これが今では逆に歪が出てきていて、個々人の仕事の責任範囲が明確でないことが、人事評価にも悪影響を及ぼしています。また、コロナ禍でテレワークをするにも、ジョブが明確になっていないと、マネジメントもできませんから、拙著『マネージャーは「人」を管理しないでください』では、マネージャーは業務を明確にした上で、的確な判断・指示・マネジメントをしなくてはならないと書かせていただいています。

 

山本先生 同じことが、システムにも言えます。日本のレガシーシステムは、石垣型です。パッケージ(あらかじめ、その職種に必要な標準的な業務を想定して作られている、リーズナブルなシステムのこと。例えば洋服ならS・M・Lとサイズによって大きさが標準化されて作ら得ている既製服のイメージに近い)を採用したとしても、それを、自社の仕事に合わせて、気がすむまでカスタマイズしてしまう。すると、そのシステムは標準的なものではないため、何年かして業務が変更になったりすると、さらにまたカスタマイズをしなくてはなりません。こうして本来はブロック型だったはずのパッケージシステムも、石垣型にカスタマイズされてしまって、後で扱いに大変困るわけです。DXにおいても、この基本を企業側が理解していないと、ITベンダーが提案してくる内容が、レガシーシステムの上にブロック型のパッケージを乗せるという、おかしなことになっていても気づきません。今、まさにこのような状態が現場で起こっています。企業側にもこうした最低限のITの知識が必要です。ですから、経産省のDXレポートでは、「社内のIT人材の比率を高める」よう、明示されています。システム構築の内製化に近いイメージでしょうか。

社内IT人材内製化の必要性

田原 通常、日本ではシステムを構築するとなると、内製化せずに、外注のITベンダーに発注という形で、丸ごと任せることも多いですね?

 

山本先生 現状では、そういう企業も多いですね。先ほどお伝えしたシステム人材の比率ですが、DXレポートの中では、企業(社内IT人材)とITベンダー(社外IT人材)に所属するIT人材の割合は、日本では、28%対72%、米国では65. 4%対34. 6%と示されており、DXを進めるには、米国型のIT人材配置が必要だと指摘しています。これが無理なら、少なくとも、発注する企業側もITやシステム、DXのことをよく勉強してから、ITベンダーに発注しなくてはなりません。そうでないと、先ほどのように、ITベンダーの提案が適しているかどうかも、判断できませんから。ITベンダー側も、もっと企業のことを本気で考えてDXに取り組んでいただきたいと思います。ただし、企業でDXがうまく進まないのは、システムだけの話ではありません。そもそも、根本的にDXに対する理解が不足していたり、間違っていることが多いのです。まず、DXを正しく理解し、DXで実現するゴールを明確に設定し、そのための戦略を作成しなくてはならない、DX人材の育成もしかりです。

DX推進指標

田原 それは、非常に大切なことですね。DX関連の情報が、バズワードのようになって、流布しているため、間違った情報を掴んでしまっては大変です。私も、DXと名の付くセミナーや本や情報をよく目にしますが、「これはDX?」「この情報は、あきらかに間違っているのでは?」と思う内容のものもあります。

山本先生、国からは、DXに対する何等かの指標は示されているのでしょうか?

 

山本先生 はい。DX推進指標というものがあります。その前に発表された、DXレポートが“2025年の崖”という言葉を使って象徴的に提言したために、DXは、イコール、システムの刷新の話なのかと誤解されることもありますが、経済産業省が進めているのは、IT変革だけでなく、経営変革、ビジネス変革、この3つを有機的に統合して変革すべきだということを言っています。これは、私がそれらを図式化したものです。

 

 

DXレポートの後、経済産業省が、2019年7月に、デジタル経営改革のための評価指標(「DX推進指標」)を取りまとめています。具体的には、以下の2つから構成されており、一つ目は、DX推進のための経営のあり方、仕組みに関する指標(「DX推進の枠組み」(定性指標)、「DX推進の取組状況」(定量指標))であり、2つ目は、DXを実現する上で基盤となるITシステムの構築に関する指標(「ITシステム構築の枠組み」(定性指標)、「ITシステム構築の取組状況」(定量指標)となっています。

 

 

また、これらの定性指標は35項目からなり、現在の日本企業が直面している課題やそれを解決するために押さえるべき事項を中心に項目を選定しています。

DX推進における取締役会の実効性評価項目

田原 企業のトップのコミットも重要なポイントですね。私は上場企業2社の社外取締役を拝命しており、経済産業省デジタル高度化(DX)推進室長の田辺雄史様から『DX推進における取締役会の実効性評価項目』について勉強会でレクチャーいただきました。これには、「DXの推進に当たっては、経営者と事業部門、DX部門、IT部門などの執行を担う関係者の取組だけでなく、経営の監督を担うべき取締役ないしは取締役会が果たすべき役割も極めて重要」とされており、DXは日本にとっても企業にとっても重要な経営課題と位置付けられています。取締役会での議論の活性化に資する重要事項であり、コーポレートガバナンス・コードにおいて企業のトップマネジメント層がDXを理解し、取締役の中には、ITリテラシーが高い者が必要であるとされています。企業のトップ、取締役会に出席する方々こそ、DXの本質を理解できていなければならないと感じ、山本先生のお話を、一人でも多くの企業のトップの方々にお聞きしていただきたいと思い、インタビューシリーズの第1回にとお願いした次第です。

 

山本先生 何より、企業のトップの方々がDXについて理解されることが、最も重要だと思います。ただ、これらのDX指標で使われている言葉の定義に、あいまいなものもあるため、私は、BSC(バランススコアカード)のDX版、DBSC(デジタルバランススコアカード)を提唱しています。DBSCでは、BSCの4つの視点に基づいて、経営・顧客と社員の視点・デジタル業務プロセス・DX要求から構成される視点を採用することで、DX戦略マップを定義しています。

 

 

DBSC図の中に、矢印があると思いますが、BSCでは、下位の要素を達成することが、上位の要素の達成に影響しています。すなわち、まず、DXで必要となる活動への要求があって、それを、業務プロセス、デジタルビジネスエコシステムに落とし込み、これらが実現することで、顧客価値・社員価値が向上し、利益拡大・経費削減・リスク対応となって、企業価値向上が実現するわけです。

先ほど申し上げたように、経済産業省の示したDX指標には方法論がありませんでした。本来は、企業自身がその方法を考えなくてはならないのですが、日本企業では、「手取り足取り教えてもらわないとわからない」という意見が大半です。昨年5月に公開された日本のDX推進指標についての報告書では、DXを全社的に実現できている日本企業は、わずか5%でした。そのため、私がDBSCを考案したわけです。

BSC(バランススコアカード)とIR、投資家の視点

田原 BSCは経営層や企業のIR担当、さらには、投資家にとっては、とても理解しやすいと思います。私は、企業の中のナレッジやノウハウを可視化するというコンサルティングを行っていますが、今、特に投資家は、コロナ禍で先行きが見えない中、金融や不動産といった「有形資産」でなく、次の未来の価値を生み出す「無形資産」に着目しています。最近の、SDGsやESG投資などもこれらに該当しますが、キャプランとノートンが提唱した、BSCは、BS(貸借対照表)やPL(損益計算書)等では表せない、無形資産を表すためにも、よく活用されます。また、無形資産の重要性は、一橋大学の伊藤邦雄先生が座長を務められている、伊藤レポート等でも取り上げられています。

 

山本先生 なるほど。経営層だけでなく、投資家目線も重要ですね。これからの時代には、DXを実現できない企業に投資する人は、いないでしょうから。

DXをどう進めるかという方法等も見出し開拓していく必要があります。そうでなければ、欧米のみならず、アジア諸国にも遅れを取るばかりです。日本企業は、手取り足取りの指示待ち状態を卒業しなくてはならないし、断片的な知識でなく、コロナ禍によるニューノーマル時代の、大変革、まさに、パラダイムシフトの本質を理解しなくては、企業自体が消滅する可能性すら考えられます。

こうした状況を鑑みた末、DXレポート2では、ロードマップ法等の具体的手法のサンプルが、昨年末12月28日に、まだ中間とりまとめの状態ですが、発表されました。

 

 

右側のデジタル企業の下に示されるように、DXを進めるには、DX推進体制を整え、DX戦略を策定し、ビジネス自体を変革していなかくてはなりません。また、DX人材の育成も必須です。しかし、現状では、トップダウンで「DX推進チームは作ったが、さて、何から始めようか?」「デジタル技術を使って、何をしようかをこれから考える」といった、部分的、部分最適な発想が多く、困ったものです。

 

――次回に続く――

 
 

プロフィール

株式会社ベーシック
代表取締役 田原祐子 (ソーシャルナレッジ・コンサルタント)

株式会社ベーシック 代表取締役 社会情報大学院大学 教授。

外資系派遣会社の人材教育トレーナー、コンサルティング会社の新規事業室長を経て、1998年に会社設立。

電力会社の新規事業立ち上げを指導し、暗黙知を形式知化する。ナレッジ・マネジメントの独自手法で、実績とシェアを倍増させた。DX推進・組織開発・新規コンテンツ開発(環境省ワーケーション)・エグゼクティブコーチングを手掛ける。

「あなたは部下のやる気をなくさせていませんか?」(インデックスコミュニケーション)等、著書15冊。業界紙への執筆多数。


【主な役職】


兼松株式会社 社外取締役、サンヨーホームズ株式会社 社外取締役 監査等委員

日本ナレッジ・マネジメント学会 理事 新産業革命研究部会長

経済産業省先進的リフォームビジネスモデル選定委員(2014.15)

東京都NEW CONFERENCE TOKYO女性経営者 メンター(2019.2020)


HP:株式会社ベーシック

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