ユーラシアン・オデッセイ

第7回

GAFA系CEOの任務

ジュリアン 2021年3月1日
 

さて、僕がベルギーへ向かう理由がひとつある。それは、GAFA企業(Google, Apple, Facebook, Amazon)のベルギー支社の社長と会う為。経緯は覚えていないけど、2019年にこの人は僕のフェイスブックの友達になっていた。恐らく、自分の意見を忖度せずに発信していたり、赤の他人のステータスにフランクで毒舌ながら一理ある発言を書き込んでいたので、この人の注意を引きつけたのだろう。その人の名は「E-Man」。ブリュッセルの中心部にあるその人の自宅で待ち合わせて、一緒にディナーへ行った。


E-Man(以下E): 「良く来てくれたわね。実は、私は既に某GAFA企業の社長を退任し、今は国際法律事務所で勤務しています。」


Julian(以下J): 「そうだったんですね。それでも僕のクライアントに貴方はなるべきです。僕の英会話レッスンを受けた人はコロナに脳内感染していません。」


E: 「その恐れはありません。何故なら、私は既にコロナにかかっているからです。それも、初期感染で2020年の2月に。」


J: 「そうでしたか。感染経路は?」


E: 「実は私は自らコロナにかかろうとして、近所のコインランドリーで感染したと思われます。」


J: 「そう簡単にかかろうと思ってかかるもんなんですかね、コロナは?」


E: 「多くの人が利用する施設を考えて、コインランドリーが思い浮かびました。私のアパートから100メートル離れた所にコインランドリーがあって、そこでアフリカ系の女性と濃厚接触をして感染したかと思われます。」


J: 「本当ですか。それはヤバイですね。」


E: 「早目に感染して免疫力を高めたかったの。おかげで病院に入院して、今は元気にしています。」


J: 「へえ。」


E: 「コロナは大した病気じゃなかったわよ。今起きている、各国の対コロナ規制には猛反対です。私だって感染した時は喉が塞がれる様な感覚だったのよ。だからといって、経済を停止することはないわ。」


J: 「それは同感です。でも、僕は貴方の証言を聞いても世界的パンデミックが起きているとは信じませんけど。」


E: 「貴方はおもしろい人ですね。」



ユーラシアン・オデッセイという自転車の旅をしている話もして、それは素晴らしいと褒められたけど、僕がどれだけ命懸けでこの旅に自分の全てを注ぎ込んでいるかは伝わっていないと察したので、提案をした。



J: 「ここはブリュッセル。オランダからおよそ100㎞。僕は2日で往復200㎞を走り、オランダでしか買えないものを入手して戻ってきてみせましょう。それを認めてくれれば、僕が単なる呑気なバックパッカーではないことを証明できます。僕はオデッセイの旅をしていて、当然、ホメロスが描いた古代神話と同様にアテネ的な守護神が付いていてくれれば無事に殺されずに日本へ戻れると信じています。僕のアテネになってくれませんか?」


E: 「その必要はないけど、喜んで守護しましょう。私は多くの弁護士を知っています。トラブルにあったら、連絡してくれれば何とかしてみせます。」



と言うことで、僕はブリュッセルから北のアントワープ市経由でオランダへ向けて翌朝出発した。


アントワープ市に到着。ここには世界的にも有名なダイヤ商人が集まっている。それもほとんどユダヤ人。でも今まで見たことのあるユダヤ人とは何か雰囲気が違う。アントワープのユダヤ人はとても大きな帽子をかぶっている。帽子の周りにはとても高そうな動物の毛が巻かれている。ダイヤ街で宝石を買おうかと思ったけど、ダイヤのことはまったく知らないから騙される可能性がある。アントワープにはこのような危険があるから、さらに北のオランダとベルギーの国境へと急いで走り出した。


オランダの「ズンダート」という村に到着。実はここはゴッホの生地で、周りの田舎の色合いを見渡すと、ゴッホの絵が思い浮かぶような風景が広がっていた。ズンダートである店を探し当て、中に入ったら若いオランダ人女性がアクリル板を盾に店を構えていた。オランダでしか買えない特別な品物を購入したいと申し出たら、彼女は「いいわよ、こっちにおいで」と奥の方へ案内してくれた。そこには様々な品物が置いてあり、ロールプレイング・ゲームの中にあるような店だった。僕はある品物を手にして、彼女に50ユーロ渡した。


これで無事に任務を成功させたと思ったら、再び雨が降り始めた。願いはかなえられたものの、運が良いのか悪いのか、雨の中ベルギー方面へと走って行ったら今度は自転車の後輪のタイヤがパンク。もうどうしようもない状態。真っ暗な雨の中でパンクの修理か。ホテルも予約していない。こういう時は笑うしかない。


雨が降ってくる空を見上げて神に感謝の一言をアルハムドゥリラと告げた。どんなに苦しくても恵まれている事実を有難く思う事の重要性は、言葉だけでは表現しきれない。僕が神に祈る理由は、お金や幸福など頼み事をする為ではなく、礼を言う為。だからイスラム教の人はアルハムドゥリラ(神に礼を)と言うし、キリスト教徒で英語圏の人は「Thank God」と言う。意外にも西洋と中東文化は似ている。


雨宿りとパンク修理をする為に、道を歩きながら屋根のあるところを探していたら納屋を見つけた。ここなら雨に濡れない。納屋を所有する家のピンポンを押したら、オランダ人の夫婦が出てきた。英語が全く通じない。頑張って事情を身ぶり手ぶりで説明したら、雨宿りはOKと言ってくれた。


30分くらい暗闇の中で自転車の後輪をいじっていたら(タイヤ内のチューブをパッチ修正するので、どこに穴があいてしまったのか見つけるのが大変!)、僕の背後に足音がした。振り向くと大柄なオランダ人が大きなかなてこを持って僕に向かって何か威圧的に言ってる。男の懐中電灯が僕の顔に向けて照らされた。でも僕は何も悪いことをしていないから、落ち着いて英語で「I am just fixing my bike」と申し出た。日本のテレビに出たくないよ、海外で家を守ろうとしていた人に殺されたと。その男性は非常に警戒していて、僕の自転車とその周りを照らして、僕が泥棒じゃないことを確認したら、「分かった。修理したら、ここで寝ないでさっさと次へ行け。」と言って去っていった。残念。実は僕はここで寝ようと考えていたのだ。この周辺はクライン・ズンダートと言う、ゴッホの生れた隣の町だけど、どうしようもない田舎で、ホテルも何も無い。テントと寝袋は持っていたが、テントを組み立てるのが面倒だ。



約1時間かけてやっとパンクした後輪を直したら、雨が止んで辺り一面に美しい星空が見えた。よっしゃ!と思って自転車で走り出して2㎞くらい進んだら「プシューッ」と音がして、再び後輪がパンク。最悪だ。でも再び笑い出して天を見上げて、せめて雨が止んでくれたことを有り難く思った。そこからさらに2㎞、自転車を転がしながら町へ歩く。もう朝の1時、暗くて冷たい中、自転車チューブのゴム材をいじっていたから手のひらはまっ黒。しかも肌の状態も乾燥してひどい。スマホで検索した、自転車修理屋の「Velos」という店の近くにベンチがあったから、寝袋を取り出してベンチの上に敷いて中に入った。もう雨は降らないだろうと思いながら、疲れていたため数秒のうちに眠ってしまった。幸いこの夜は、雨はもう降らなかった。


朝起きたら足の指がめちゃくちゃ冷たくて、急いで近くのパン屋に走り込んでガスコンロの隣で体を温めた。自転車の修理屋が開店するまで、タバコを吸ったりして暇つぶし。自転車の旅とはこんな感じだ。もちろん、毎日100㎞走ることは大変だけど、天気が良ければ音楽を聴いたり(実に今回の旅ではiTunesに入ってる曲65Gb分できるだけ聴きたい)、YouTube からダウンロードした長い哲学の講義などをウォークマンで聞きながら走ると勉強もできるし、楽しく効率よく旅ができる。そうすると100kmなんて簡単に走れる。移動時間を最大限に活かすことに加え、運動にもなるし、誰も行かないような町を訪れることができる。僕は今までミャンマーを3回、タイを2回、韓国、オマーン、そして日本縦断の旅(2020年の緊急事態宣言中だったため、コロナの旅と呼ぶ)を自転車で挑戦して制覇した。モンゴルへも行って、馬を借りて旅もしたが、夏だと馬は多数の虫を寄せるのであまりお勧めできない。時にはチャリ旅をやめようと思うこともあるが、時にはそのまま帰国せずに走り続けようとも思う。一番の刺激は、その晩どこで寝るか分からない感覚だ。これこそが旅の本質だと僕は思っている。


「Velos」 で自転車修理のプロのユーリ氏にタイヤを修理してもらい、ユーラシアン・オデッセイの話をしたら、是非登場したいと言ったので、ここに彼を紹介しよう。彼は英語が流暢で優秀なエンジニアだ。ここから100㎞南へ行けばブリュッセルに1日で戻れる。僕の守護神となるE-Manに連絡して夕食の約束をした。この日は特に事件も無く,、無事にベルギーに戻ることができた。


E-Man: 「貴方はすごい人ですね。今晩の夕食は私の奢りです。」


Julian: 「どうもありがとうございます。」


E: 「これから日本までは長い旅でしょうけど、何かあったら、私は多くの弁護士を知っているので、貴方の守護神になりましょう。」


J: 「そうですか。でも、お世話にならないように注意します。」



このディナーでは様々な議論を交わした。ユーラシアン・オデッセイの趣旨と目的。キルケガードの哲学。それからアジア諸国の国境の攻略法なども。力強い友人ができた。人生とは妙な展開ばかりだけど、努力することは当然必要、そして人を信頼することで更に展開する。神に感謝。アルハムドゥリラ。次はフランス・パリへ。




 
 

プロフィール

インターナップ・ジャパン株式会社
マーケティング・ストラテジスト ジュリアン

日英ハーフでイギリス育ちのバイリンガル。
営業マン、寿司屋の見習いなどを経て、2015年に東京に移住し、英会話講師兼実業家として新たなキャリアをスタートさせる。
西洋文化や歴史の解説を取り入れたユニークなスタイルの英語レッスンで数多くの日本企業を顧客に持つ他、自身のスーツブランド"LEGENDARY"にてファッション業界にも進出。
2016年よりINAP Japanのマーケティング・ストラテジストとして、グローバルビジネスをサポート。
組織の形式や常識にとらわれない”自由人”として、常に先鋭的な情報を発信しビジネスに新しい発想や刺激を与え続けている。


Webサイト:インターナップ・ジャパン株式会社

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