ユーラシアン・オデッセイ

第8回

パリ症候群

ジュリアン 2021年4月5日
 

ベルギー南部のワルーン地方を自転車で通り抜けて、またもや田舎の小さな道路を使って問題なくフランスへ再入国できた。とは言っても、国境とは地図上の概念のみで、実際はベルギーの道路を走っていたらいつの間にかフランスになっていた。石でできた道がアスファルトに変わる点が、フランスに入ったことを表す。周りの地形はおだやかな丘陵地帯で、ちょっとした林をはさむ田んぼが多い。緑いっぱい。10月はやや肌寒いが、暖かい格好さえすれば平気。宿はAirBnBを利用しているが、人と交流したくない時にはホテルに泊まる。AirBnBとは、一般の人々が自宅の空き部屋をネットに載せて宿泊者を集めるサービス。利点は安いのと、運が良ければおいしい家庭料理を食べられたり、いい人と巡り会える点。フランスのCugnyという町では、素晴らしい人と会えた。


彼女の名前はファラー。チュニジアとフランス人のハーフ。僕が朝早くから東京のクライアントとテレビ会議を行っている姿を見て、僕をまともな人間と勘違いしたのか、パリへ行ったら彼女のアパートに泊まってもいいと言ってくれた。特に仲良くなった訳でもないのに、見知らぬ男性を家へ誘うとは結構勇気のある行為だと思う。喜んで彼女の提案を受け入れて、翌日パリへと走り出した。


ファラーのアパートはパリの11番街の中心にあった。もしかするとこれは罠で、チュニジア系の過激派に囲まれて強奪されるかもしれないと妄想しながらも、ゲートのセキュリティー暗号を入力し、部屋に入っていった。中へ入っても誰もいない。しばらくするとファラーが現れて、僕の寝場所を案内してくれた。提供されたのはソファだ。でもそのソファはファラーの子犬が遊ぶ場所。どうやらパリの住人は犬好きだ。何泊泊まるつもりなのか聞かれた。


Julian: 「分からない。もしかすると一週間かもしれない。」
Farah:: 「良いよ。好きなだけ居ても大丈夫。何か見たいものとかある?エッフェル塔とか。」
Julian: 「いや、大丈夫。俺は観光目的でパリに来ていない。実はイギリスからある”書類”をパリに住んでいる俺の友達に送ってもらっていて、それを回収しなければいけないんだよ。」
Farah: 「どんな書類なの?」
Julian: 「この書類があれば、俺はヨーロッパを自由に移動できる上、ロシアやイスラエル国にも自由に出入りできる。例えコロナでもね。」
Farah: 「パスポート?」
Julian: 「みたいなものだよ。コロナ時代には欠かせないもの。」


そう、僕は実は特権の持ち主なのだ。これを読んでいる貴方にもあるかもしれない特権。それは強力なパスポート。日本は世界で最も愛されている国で、その証となるのがどの国でも歓迎するパスポート。他の国で生まれていたら海外へ行くことは中々困難なこともあるが、日本人はほとんどの国へ安易に行ける。無駄にしないほうが良い。


結局、パリでは一週間過ごして特に何の観光もしなかった。エッフェル塔も見なかった。残念なフランス料理店へ行った。ファラーをジャパニーズ・レストランへ連れて行って、提供された料理が真の和食に忠実かどうか解説した。彼女の家の近くには2店あり、一つは日本人が経営する一般的な地味な定食料理店。でも料理は確かに和食だった。定食屋の向こう側には、とてもゴージャスなラーメン屋がある。ラーメン屋の内装は真っ黒にネオンの灯が翳されていて、日本のあらゆる文化的な工芸品のコピーが吊るされていた。浅草寺、歌舞伎町などと記された手張りの提灯が置かれていた。でも触ってみると、実際の提灯ではなく、提灯を模倣したコピー品だった。ラーメンも一品20ユーロくらいだった(2,500円くらい)。そのラーメンも、日本のラーメンの味ではなく、台湾風の味がした。そう、このラーメン屋は中国系企業のフランチャイズ。でもここを訪れる客は皆おしゃれなフランスの若者たちだ。


ファラーにこのラーメン屋と日本の実際のラーメン屋の違いを説明したら、彼女は徐々に腹立っていった。日本ではより濃厚で美味しいラーメンが千円以下で食べられると。ウェイトレスがファラーの注文を少し間違えた。ファラーはウェイトレスに八つ当たりをした。こんな高額な偽ラーメンを買っているのに、まともに注文すら受けられないのかと。でもこのフェイクラーメンは僕の奢りなので気にしないでと彼女を落ち着かせようとした。このラーメンを装うフェイクラーメンを、本物を知っている僕と一緒に食べることで、ファラーは新しい価値観が得られるだろう。虚構でありながら、本物に近い実在性を持っている偽物に満足してはならないことを。


異常に不気味な夜

ヴァルディヴィエーヌという、フランス中部の集落に19時に着いた。AirBnBの部屋の中でちょっとフランス語を勉強していたら、ふと気付くともう23時。タバコを吸いに地上階のシャッターを開けて外に出たら、真っ暗だった。この集落に来たときには道をオレンジ色の街灯が照らしていたのに。夕刻は月が出ていたけど、いつしか相変わらずの雲が出て、冷たい小雨が降っていた。街頭すら消されていると知ったこの時に、事態は深刻だと気付いた。フランスでは第二の国のロックダウンを昨日(2020年10月30日に)開始したのだ。まるで映画の中にいるみたい。

周りの家も消灯していたので、僕も急いで家の中の光を全部消した。現にこの原稿は机に置いてあった小さなUSBライトで何とか書いている。この国は一体どうなるのか?自転車での移動はともかく、こんな時に、こんな場所に僕は本当に居るべきなのか考える。フランスの第二のロックダウン規制は次の通り:

・許可書がなければ基本外出禁止
・地域間の移動は禁止
・食品など、必需品を販売する店以外は全て閉店

これはフランス全土に適用される、前代未聞のルール。実際に、僕がフランスに居た期間、ほとんどの店は閉まっていた。やばい時代、コロナの時代。フランスの政府は暴走している。ここは革命がかつて起きた国で、王の首を落とした国。フランス国民は、この屈辱にいつまで耐えられるのか。


(翌日)今日は68㎞走った。風は強い向かい風でありながらも、暖かく天気がとても良かった。コロナ規制で全てのカフェ、バール、レストランは休業を命じられていた。外出禁止で、許可書(自己申告だけど)を持っていなければ罰金130ユーロが課される(1万6千円程度)。僕は数多くの友人から気をつけるように言われたが、自転車が移動手段だし、旅を続けないと、問題のフランスを脱出できない。もううんざりだ、この国。

フランス中部の小さな村を自転車で走っていたら、レストランが目に入ってきた。休業中のはずだけど、レストランの外でシェフが携帯電話で通話していたので、腹が減っているので中に入れるかどうか彼に尋ねた。

シェフが警察に何も言わないなら特別僕の為に料理をしてくれると言うので、中に入ったら、僕の後ろの戸を閉じて、外から見えないようにカーテンを完全に閉めた。2020年のフランス、まるで北朝鮮かソ連に居るかの様だ。店内はクラシックな内装で、角に1畳くらいの小さなバーカウンターがあり、部屋の側には小さな暖炉があった。シェフの奥さんが暖炉に枝を詰めて火をつけてくれた。



フランスに来て初めてフランスっぽい、伝統的な食べ物を出してくれた。自家製フォアグラのテリーヌ(ペースト状にして調味し,器に入れてオーブンで焼いた料理)に二種類のチーズに、とてつもなく濃厚なチェリージャム、伝統パン(これがフランスパンの中で一番香ばしくておいしい。)、さらにクリームコーヒーに職人のチョコ。20ユーロと割高だったが、食材の質が良かったため満足した。何と言っても、北朝鮮へ行かずに北朝鮮のような体験をすることができた。すると隣の部屋にいたジョーン・ピエールという、英語を喋れるおじさんが僕に話しかけてきた。 


ジョーン・ピエールは香港に住んでいたため英語が非常に流暢。彼によると、フランス国民は一見コロナ規制に従っているが、それは表面的な建前の服従で、本当は国は爆発寸前だと主張する。フランスと言えば革命の国なのに、信じられないほど国民は従順だと僕が指摘したら、実は既に中央政府に逆らう区長もいるらしく、ロックダウンで閉鎖された店は裏で町の住民達に必需品を届けているらしい(年配の方や自粛中の人へ)。徐々に革命のムードに切り替わっていると言う。ジョーン・ピエール氏は僕の旅に興味を示した。


Jean-Pierre: 「君がやっていることは素晴らしい。フランス人は君を応援する。」


とても感動したけど、実は僕はフランスにもううんざりしているのだ。食物も別にそんなに美味しくないし、値段が高い。天気が最悪。ロックダウンだから、自転車で移動している時は常に犯罪を犯していることになるし、罰金を取られるかもしれない。こういうことを書くのは恥ずかしいけど、フランスがあまりに残念な国で、僕はうつ病にかかっています。天気さえよければ1日に100㎞走ることは余裕なのに、雨と大西洋から吹く貿易風のせいで60㎞走るのに丸2日間かかっている。早くフランスを脱出したいけど、なかなか進めない。

フランスのイメージに憧れて、一生懸命お金を貯めて夢のパリ旅行に来て、パリの現実にがっかりすること。これをパリ症候群と言う。僕はそこまでフランスに期待はしていなかったけど、それでもパリ症候群にかかってしまった。それだけ期待外れだったのだ。

フランスが革命で爆発するならそれこそおもしろいけど、その気配は全く無い。この点、フランス人の行動をイギリス人と比べると、イギリス人の方が反抗的だった。ジョーン・ピエール氏にこの意見を伝えたら、「フランス人はもっと効率的なのだ。マスクを着けて従順なふりをするが、タイミングを見計らっているのだ。革命が起こるには、全国民が一斉に動き出すのではなく、臨界質量に達する必要がある。つまり、例えば7%の人が政府の言うことを聞かなくなったら、革命が起きるのに最適な環境になる。それと、食糧危機が同時に発生すれば、再びフランスに革命が起こるだろう。個人的には2021年3月か4月だと思う。」 と言っていた。ジョーン・ピエール氏は3月か4月という予言は占星術師から聞いたという。


どうだろうか。フランス人は革命を起こせるのか?僕はこの国を北から南まで縦断しているが、その可能性は低いと思う。

その理由は、フランスという国自体が既に崩壊しているから。さらに、フランス人の文化が破壊されつつある。守る物が自分の家族と財産以外に何もない。文化と言えば食物が重要で、フランス料理は世界的に認められている。しかし今の若いフランス人は(僕なんかに言われたくないだろうが)、全然フランス料理を食べない。チーズバーガー。ケバブ。そしてRamenとSushi(もちろん寿司を装ったSushi)。言い換えれば、フランス人は自分たちの文化に背を向けた。その理由はフランス内のギルト産業にあるのかもしれない(植民地主義の罪悪感)。もしかしたら第一次、第二次世界大戦ですぐに降参した屈辱にあるのかもしれない。経済や生活水準の変化にもフランス文化の低迷の要因があるだろうが、ロックダウンされる前に僕が訪問したフランス料理店はどれも非常に残念だった。パリでフランス料理の代表的なエスカルゴ(蝸牛)を注文したが、冷凍もんだった。一言で言うと、フランス人は自分達の文化にプライドを持つことができなくなったのだと思う。


日本にもこの傾向が見られる。あまりに経済が発展したせいか、日本人は日本文化にプライドを失ってきているように僕には見える。例えば寿司。日本人が回転寿司のチェーン店に行って、本当に寿司を食べていると言えるのか。本当に日本文化を愛して、プライドを持っているならば、あんな機械的に作られたスシを「寿司」と呼ぶはずがない。


たとえ板前寿司の値段が高いからと言って、中国製の機械が「ポコっ」と排出するシャリに、スプレー消毒された冷凍のネタが乗った代物を「寿司」と果たして呼べるのだろうか?寿司だと思い違いをして、商品を体内に取り入れて、この屈辱に家族一同ニコニコしながら満足している日本人達を見ると、彼らは文化はともかく、プライドもくそもないと僕は失望する。金銭的な貧しさと心の貧しさが混じり合い、虚無になっている。ああ、この時代が三島由紀夫が警告していた時代か。「そりゃぁもう、食べ物は安ければ何だっていいさ」。


確かにこの考え方には一理あるのかもしれないが、その反面、人生から求める期待値の低さに驚く。コンビニ弁当やおにぎりも同じことが言える。


資本主義社会は何でもお金にする。消費者は安ければ何でも買う。

フランスに来て感じた。あたり一面に広がる、その大虚無を。

僕は資本主義を責めない。消費者を責める。


プライドが無ければ、自信も無い。フランスでは革命はもう起きないと思う。フランス人をバカにしている訳ではない。むしろ、フランス人はとても優しいと心の底から感じた。でも、彼らの国はコロナ規制に麻痺して、一向に状況を克服する見込みはないと思った。フランスの恥を隠すのに、マスクは欠かせないのかもしれないですね(実に着用率は95%くらいだった)。


そう言えば、ファラーちゃんも言っていた。「コロナ規制は猛反対だけど、私は130ユーロの罰金を払いたくないから夜は外出しないわ」と。


小銭を失う恐れゆえに、建国理念である「自由」を失う。憐れな代償。


歴史を長めで見ると、もしかするとフランス革命とは2020年にようやく鎮圧されたのかもしれない。



 
 

プロフィール

インターナップ・ジャパン株式会社
マーケティング・ストラテジスト ジュリアン

日英ハーフでイギリス育ちのバイリンガル。
営業マン、寿司屋の見習いなどを経て、2015年に東京に移住し、英会話講師兼実業家として新たなキャリアをスタートさせる。
西洋文化や歴史の解説を取り入れたユニークなスタイルの英語レッスンで数多くの日本企業を顧客に持つ他、自身のスーツブランド"LEGENDARY"にてファッション業界にも進出。
2016年よりINAP Japanのマーケティング・ストラテジストとして、グローバルビジネスをサポート。
組織の形式や常識にとらわれない”自由人”として、常に先鋭的な情報を発信しビジネスに新しい発想や刺激を与え続けている。


Webサイト:インターナップ・ジャパン株式会社

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