ユーラシアン・オデッセイ

第5回

Guilt Industry(ギルト産業)

ジュリアン・イズラエル 2021年1月12日
 

イギリス人とは実に反抗的な国民だ。毎週トラファルガー広場で開催されている反コロナ規制デモを見に行って、デモンストレターと警官が衝突している前線で、心がズタズタにされたイギリス人と話した。




フランコ氏(なぜかイタリア人の名前)はメディアに虐められている典型的な白人男性。イギリスはヨーロッパの中でも特に移民やイスラム教徒、LGBT等いわゆるマイノリティーに対して寛容な国だ。イギリスはあらゆる不幸者の人権を保護しようとするだけではなく、積極的に人権主張ができるような社会構成がある。自由民主主義に基づいて、様々なアイデンティティー・グループ(黒人、イスラム教徒、ユダヤ教徒など)や特別圧力団体(Greenpeaceなど環境保護団体は多く存在する)がメディア、教育機関、そして政府を通して権利の主張ができる仕組みになっている。しかしフランコ氏は異性愛(多分)の白人男性であり、こういう、いわゆる一般的な人が人権を主張するための仕組みはイギリスにはない。こういった一般人が人権主張をするとレイシストやナチスだと非難されるような環境がイギリス社会には浸透している。どこでこの環境が生まれたかと言えば、それは学校だと僕は思う。


僕もイギリスの公立学校教育を8年間受けた。特に歴史や法学の授業では、人種の立ち位置に関する科目で政治的正しさ(Political Correctness)という大前提があり、その前提とは「白人人種が世界のあらゆるマイノリティを迫害してきた」という印象を受けた。アメリカと欧州列強、すなわち白人人種が優位的な立場を確保したという歴史的観点を勉強する。第二次世界大戦中ナチスによるユダヤ人の大虐殺を始めとして、イギリスがインドを植民地化したこと、南アフリカのアパルトヘイト、アメリカの奴隷産業や公民運動を勉強することによって歴史を学ぶわけだ。他にも婦人参政権運動や封建主義社会の歴史も学ぶことができるが、人種問題と比べるとそんなに面白くはない。


西洋社会は多種多様性社会なので、同じ教室に様々な人種がいる。法学の授業で一つ記憶に残っていることは、「Judicial Prejudice(司法上の偏見)の問題」。先生は、裁判官に年配の白人男性が多すぎるため、彼らの偏見が必然的に公平な裁判を妨げるので、マイノリティーからより多く裁判官を募集する運動が必要だと主張していた。

歴史の授業は面白いけど、知識を得る以外に何を得られるだろうか?例えば、もし日本が被爆国ではなく歴史上圧倒的に優位な立場に置かれていたとしたら、あなたはどういう影響を受けるだろうか?優越感を抱くようになるのか?それともやましく思うだろうか?まさにこれが現代の白人人種のマインドシェアを占めている問題だと思う。一方で優越感を抱くけれど、それに伴い大きな罪悪感を抱くだろう。我々の先祖は罪を犯したのだと。




学校以外に、メディアも同じようにイギリス人の社会観点を作り上げている。僕はイギリスと日本を跨いで育ったため、二国の比較ができる。日本でもマスメディアと広告代理店が世間の意識を操作していると言われるが、BBCやCNN、ニューヨークタイムスやガーディアン紙と比べると可愛いものだ。奴隷産業についての報道を取り上げてみよう。白人がアフリカ大陸内部の大草原に行って黒人を動物のように捕らえ、アメリカの大農園へ無理矢理にさらって奴隷として働かせたという単純な歴史的観点を推進しているが、世界史ではすべての奴隷が肌の黒い人ではなかったし、すべての奴隷所有者は肌の白い人ではなかった。奴隷産業の歴史では、北アフリカや旧オマーン帝国(いわゆるアラブ)がアフリカ各地の民族のみならず、ヨーロッパ略奪の一環として白人奴隷を捕らえていた。また、アフリカの民族間で起きた紛争では、黒人の手により捕らわれた黒人捕虜が、ヨーロッパから来た商人たちに利益目的で売買されていたことは報道されない。奴隷産業は差別だったのか、それとも利益追求により生まれたのか、それは間違いなく差別だったと言わなければ、政治的に正しくないから。


ましてや「白人」とか「黒人」という発想自体、最近のものだ。僕にとってこれらの人種は物理的に存在するものではなく、単なるアイデンティティーに過ぎない。アイデンティティーとは、自意識と密接に繋がっている。現代の日本人は昔の長州人や会津人などに分かれる。アメリカの黒人はアフリカではアシャンティ族やハウザ族などに分かれる。人種とは自意識の問題で、自意識とは人間の所属、すなわちアイデンティティーに関連するものだと思う。では、アイデンティティーとはどうやって構築されるのか。それは学校教育とメディアが大きな役割を果たすということは否定できないだろう。それが果たして子供達にとって健全なのかどうか、評価する必要があるのではないだろうか。もしも教育機関とメディアがアイデンティティー構築の役割を果たしていたとしても、結果的にイギリス人の心を苦しめるものだったとしたら、それは価値があるのかどうか考える必要がある。


極端に言えば、教育機関とメディアは情報選別(curation)と政治的正しさを利用し、我々の「現実」を造り上げているとも言える。自由民主主義上、報道および言論の自由が大黒柱となっているが、スマホとSNSによる情報の海の時代では、果たして言論の自由とは良いものなのか、それとも悪用されているのか、改めて考える必要があると思う。


真実を報道する大切さ、それもまた綺麗事なのかもしれない。


フランコ氏はこの「Media-Academia Complex」(メディア・アカデミア産業連合)の被害者。彼との会話は一部録画してある。要約すると、「Black  Lives Matter」 など黒人にとって深刻と言われている状況をメディアから聞き飽きてうんざりしている。グローバル化は諦めて、各国の人種は交わらない方が良いというのが彼の意見だ。次に彼は僕の人種を聞いてきた。ハーフ(日英でユダヤ系)だと聞くと、フランコ氏は「それは可哀想に!君達は日本で大変な差別を受けていることを聞いたよ」とたわごとを抜かした。


Julian:俺は全然可哀そうじゃない。見てみろよ、俺の顔を。この笑顔は耳から耳まで伸びているぜ。

Franco:でも、そんなはずはない。そういう情報を読んだ。ハーフはアイデンティティーが分かれていると。ましてや君には母国が無いだろう。可哀そうに。

Julian:別に俺には要らないさ。自分の面倒を見ることで精一杯だ。最後の最後まで個人でいたいから、国とか人種だとか、俺には無関係なこと。周りを見てみなよ。君の大好きな国が崩壊しているじゃないか。可哀そうなのは俺じゃない。個人として生きないと道連れになっちゃうよ。

Franco:君のような奴はグローバリストだろう。国境や人種の違いを尊重していない。

Julian:(笑)いや、違う。俺はグローバリストは嫌いだ。俺の主張は人種という物自体存在しないということだ。人種とは、我の金玉から出てくる生命。それが俺の人種だ!だから白人とか黒人とかは教育機関・メディアに造り上げられた概念で、俺は彼らの世界観を認めない。君もそうだが、西洋社会はアイデンティティーを超えなければならないのだ。

Franco:そ、そんな!! 白人や黒人は実際に存在する!

Julian:俺は一個人として君と話したいんだ。フランコという人間は、白人という以外に、一体どういう人間なのか知りたいんだ。


この会話は徐々に哲学的になり、彼は家族の話もしてくれた。どうやらフランコ氏は、家で人種や移民政策について一般と異なる、政治的に正しくない反対意見を言葉にしたら、兄弟に「フランコはナチスだ!!」と非難されたようだ。フランコ氏の家族は彼を受け入れてくれない。


メディアや教育機関が推進していることに反する意見を言葉にすると、反射的に差別主義者として非難されるのが、今の西洋社会の風潮だ。しかし、イギリスのEU離脱やトランプの勝利には、大衆の本当のムードが表現されていたと僕は思う。それはこの社会風潮を否定しているムード。フランコみたいな人は間違いなくたくさんいる。意見もまともに語れない。自意識を(教育機関・メディアが造り上げた)アイデンティティーに紐付けて、見事に炎上させられている。優越感と罪悪感の衝突が心の中で起きている。僕はこれを「Guilt Industry」(ギルト産業)と呼ぶ。これは人々に罪悪感を与える情報の拡散を意味する。


そう、西洋は今深刻なアイデンティティー・クライシスに悩まされている。「Black Lives Matter」は、僕からすれば典型的なギルト産業の運動だ。確実な目的や主張もなく、ただ黒人を利用し、白人に罪悪感を広めさせようとする感情の嵐。終わりの無い、ただの荒らしではないか。そんなものを真剣に受け止めている人がいるなんて、それこそ可哀そうではないか。試しにフランコ氏に言ってみた。


Julian:Black Lives Matter~!!

Franco:くっ!!ぅぅぅ...(怒りが顔に出る)

Julian:(笑)ハハハ...冗談だよ。俺の主張は実は「No Lives Matter」だ(どの命も無価値)。

Franco:そうか。ホッとした。君は面白いね。確かに「No lives Matter」は多分正解だ。


<注意> 僕は人種差別主義者では決してない。それは当たり前。なぜならば、僕はこの世に人種はないと思っている。しかし、Black Lives Matter 運動にはギルト産業の匂いを感じる。


この言葉は中々受けが良い。今まで数多くの西洋人(白人も黒人も)に言ったが、驚くほど顔の表情が変わる。メディアでは「Black Lives Matter」に反対する人達の主張を「All Lives Matter」と位置付けているが、どちらも非常に胡散臭い。誰が黒人の命は価値が無いと言っているのか?全ての命に価値があるという主張は、このコラムの第1回でも説明したが、単なる綺麗事に過ぎない。しかし、どの命も無価値だと相手の目を見て言うと相手の表情が変わり、それが悲しい現実だという事に目覚めるらしい。




どうして人間はアイデンティティーを国や人種に紐付けようとするのだろうか?この質問に答える論説があるけど、それは受け入れ難いかもしれない。僕からすれば「人間」というのは非常に少なく、ほとんどの人とは物体に過ぎない。子羊とも呼べる。マスクを着けていることがそれを象徴しているのかもしれない。年金手帳や銀行口座は持っているのかもしれないが、「自分」を持っていない。与えられたアイデンティティーしか持っていない。僕の考えでは、人間になるにはまず「個人」でなければならない。個人でなければ、ヘーゲル(ドイツの哲学者)に定義された、社会に拘束された物体でいなくてはならない。


ヘーゲルによると、人間とは認知されることによって自意識が存在する。つまり、「自分」を認知してくれる「他者」がいないと、人間は十分に存在できない。孤立して自由に生きようとしても、それは意味の無い、全てが虚無な存在だと言う。例えば、町を離れて森の中で独り暮らししても誰にも認知されなかったら、それは意味がないらしい。ヘーゲル論上の人間とは:①自分と他者が両方とも相互に必要で、かつ ②互いに異なり ③互いを定義し合い、互いに定義される。それが現代のアイデンティティーとそれに伴うアイデンティティー型の政治に表れている。自由民主主義では、巧妙な政治運動家は教育機関とメディアが蒔いた種を利用し、民族、人種、階級の間の歴史的関係性を定義し、衝突させることができる。当然、歴史には権力の濫用、植民地化や奴隷産業などの不平等は存在していたさ。でもそれを利用して他者に対して優越感と罪悪感を抱かせることは誰にとっても健全とは言えないと僕は思う。でもそれ以前に、こういった社会操作が可能な理由は、ヘーゲルが正しく、人間は「他者」を必要としていて、すなわち社会を必要としているからだ。


しかし、人間は社会、すなわち他者による認知の拘束を脱出する底力を秘めているのだろうか?


僕が思うには、我々はヘーゲルを越えなければならない分岐点に到達している。IT技術の発展により、無限の情報(しかも品質がとてつもなく低い情報)が蔓延している。僕らはスマホを常に手に持ち、常に情報に晒されている。これは人類にとって新たな現象だ。この情報の嵐をどうやって処理するか解らない者が損をして、淘汰されてゆく時代が到来しているのだと思う。つまりは、一個人として世の中で生きていくのに必要な能力とは、他者が主体となる集団思考、他者に定義される自分のアイデンティティー、他者に依存する性質を離脱する志。ヘーゲルの顔を蹴ってまでも社会を否定し、自分を自分で定義しなければならない。


個人的に僕はコーランを読んで宗教に導かれたが、一人一人答えが違うだろう。さらに宗教でも教説・解釈がそれぞれ異なるはず。だから自分で読んで、考えて、個人として自分の生き方を決めることが大事だと思う。もちろん、他人の意見が参考になる時だってある。僕はキルケゴールの解説が美的で大好きだけど、丸呑みしている訳ではない。あなたは自分の考えを持っていますか?正直に考えてみてください。もしかしたらあなたの人間としての最初の一歩になるかもしれませんよ。

フランコ氏とはじっくり話して互いにとって有益な会話ができた。短い付き合いだったがデモがおさまった頃に別れを告げた。

イギリスを旅することで、この国の夜の楽観と日頃の悲観を確認することができて良かった。田舎にも行ったし、ロンドンという世界の中心とも言える街を味わうこともできた。自転車でエクセターという街を訪問して父親や友人と会った。それでも最も記憶に残ったのは、ロンドンのダブルデッカーのバスに乗ったことだ。






 
 

プロフィール

インターナップ・ジャパン株式会社
マーケティング・ストラテジスト ジュリアン・イズラエル

日英ハーフでイギリス育ちのバイリンガル。
営業マン、寿司屋の見習いなどを経て、2015年に東京に移住し、英会話講師兼実業家として新たなキャリアをスタートさせる。
西洋文化や歴史の解説を取り入れたユニークなスタイルの英語レッスンで数多くの日本企業を顧客に持つ他、自身のスーツブランド"LEGENDARY"にてファッション業界にも進出。
2016年よりINAP Japanのマーケティング・ストラテジストとして、グローバルビジネスをサポート。
組織の形式や常識にとらわれない”自由人”として、常に先鋭的な情報を発信しビジネスに新しい発想や刺激を与え続けている。


Webサイト:インターナップ・ジャパン株式会社

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