ユーラシアン・オデッセイ

第1回

旅立つ決意

ジュリアン・イズラエル 2020年8月18日
 

旅立つ決意

もう待ちくたびれた。じっとしてはいられない。このまま、この街で中年を迎えるだけでは。僕は自転車でユーラシア大陸を横断することに決めた。


2011年にサッカーの試合で膝の十字靭帯を断裂。復帰は4回の手術を通して試みたが、医師の失敗の連鎖により3年くらい車椅子、松葉杖、リハビリの入れ替わりの病人生活を送っていた。体が壊れるとはこのことか。昔は喧嘩上等で、育ったロンドンでは毎週のように他の酔っ払いのアホ達と戦っていたが、もう自分の身すら守れなくなってしまった。正直、30代の半ばにはもう歩くことすらできなくなるだろうと確信を持つようになった。

十字靭帯断裂とはスポーツ選手にとって最も恐ろしい怪我だ。復帰は期待できるものの、6~9ヶ月の長いリハビリ期間がかかり、切れてしまった靭帯は体の別の部分から移植するのが一般的な治療だ。僕の場合、最初の医師の治療で太もも裏のハムストリングスの腱が2本(semitendinosus, gracilis) 採取され、切れた十字靭帯を関節内から取り除いた後に、ドリルで大腿骨と脛骨 に穴を掘って挿入された。6ヶ月ほどリハビリに専念したが、どうも膝がカクカクし、信用できない。次の医師(日本の医師)には「これは移植の角度が垂直すぎて、本来の十字靭帯の機能を果たしていない」と言われた。

この時点で既に体という、一種の機械の重要な歯車を3つ失っている。次には、更に膝蓋骨腱の中心部を1/3採取し、十字靭帯を改めて作り直す計画を提案された。もちろん、以前採取された腱はゴミ箱に捨てられる。この時の自分の精神状態を振り返ると、中々希望に満ちていました。この最後の手術でサッカーピッチに復帰して、華麗なプレイを観客の前で見せることができる・・・・・と。

次の手術が一番大変だった。手術自体は成功したものの、リハビリ行程がアマかったせいか、膝関節の中にサイクロップス・リージョンという、いわゆる骨棘が出来てしまい、膝関節の伸展が不可能になり、足、そして体全体の生体力学上のバランスが崩れてしまった。25歳で次第に体が劣化してゆく事実と直面したのだ。

失われた20代

札幌のマンションの11階から雪の積もった地面を見下ろして、初めて正気に飛べないだろうかと考えた。慢性的な激痛、会社で毎日起こる嫌がらせ。こんなにガタイが良いのに、リハビリばっかり行って治る傾向が無いため、上司もイライラしていたのだろう。そして、あまりの痛みにまともに愛してあげることもできない、これまで自分に付き合ってくれていた最愛の彼女に対する無念。僕が日本に来た理由は彼女なのに。でもどこかの映画で聞いたセリフが頭に残り、やっぱり止めた。「Only crazy people kill themselves(自殺をする人は頭のおかしい人だけだ)」。脚本家は意図していなかったのかもしれないが、その言葉は確かに頭に刻まれた。

そこで攻めに入ることを決心した。医者は当てにならないから、受動的に診てもらうよりもこちらから医師を指導しようではないか。手術を行った医師とアポを取り、殴り込む勢いで言い張った。直ちにX線で膝の中の骨の状態を確認し、骨棘があれば直ちに取り除く手術をしてくださいと。この医師は俺の決意と態度が今までと全く違うことを察したのか、驚いたのか、理由はわからないが応じてくれた。

X線で確かに骨棘を確認。約束通りに手術を行ってくれた。リハビリは自分が全て責任をとって自分でやると言って、2週間後には退院。これからは自分の責任で生きて行く。完治はとうてい無理だが、精一杯、残された体で生きるしかないと決意した。会社とは決して円満とは言えない別れをして、彼女を連れてインド、中国、東南アジアをバックパッキングした。結果として、中々充実した20代を楽しむことができたものの、随分ズタズタにされてしまった足は、いつまでもってくれるか、確信は全く持てない。まるで彼方に真っ黒な雨雲が接近するのと同じ程の確かさで、また車椅子に戻る羽目になるのだと覚悟をした。

だからこそ、無謀な行為にも「今の内しかない」と平気で合理化して走るし、他人、特に専門家と名乗る者の情報は疑惑視する。全ての医師は責めないが、他人に体を託す危険は十分経験したし、ものすごく高い授業料を払った。

自分で決める事こそ、人間として真っ当ではないか? 当然、間違った判断を取ってしまう事だってある。それが人間。それは医師も人間だから失敗は犯すし、許すことも大事だ。しかし、最終的に責任を取るというよりも、責任を被ることになるのは、自分以外誰もいない。ならば、自分でできるだけある問題について学習して、責任を被る覚悟を持ち、責任取ってアクションを起こすことがもっともではないか。

地獄に落とされた人間

2020年に入り、世界に大きな異変が起きた。僕からすれば大量の偏った情報 が世界中に一斉に配信された。少なくとも過去のエボラ出血熱や黒死病などと比べれば大して気にすることではないだろう、コロナと言われる病気は。しかしながら、経済的な影響としては戦後から途切れなく続いていたグローバル化は決定的に終息したと言えるだろう。人々は恐怖に煽られ、メディア、政府、そして専門家にその身を託した。結果として、国際観光業はほぼ無くなり、オリンピックの中止(延期と言われる)は観光業や開催準備に携わった関係者にとっては約束が反故にされたことに等しい。人間の生命力が一気に鈍化されてしまった。僕は電車に乗る時にも、みんなが着けているからという理由だけではマスクを着用しないし、路上を歩いている時は十分ソーシャルディスタンスを取れている。何故マスクを着けなければならないのか。 皆、命を大切にしているけど、僕は知っている。人間の命の価値とは限りなくゼロに近いことを。特に男の命はね。
命の価値を理解するには、歴史上何人死んだのか考えてみること。現在では70億人の人間が生きているとされる一方、人類の歴史では1,070億人存在していたと言われる(国連さんによると)。単純な引き算で何人死んだか想定できる。更には、日本人の平均寿命は84歳で、世界平均は71歳。世界人口が増えていく一方、長寿命を成し遂げている。妙な事に、僕の感覚では命の価値が次第に高騰しているように見えるのだが、これは果たして合理的なのだろうか?簡単な需要供給から見ると、供給が多ければ多いほど価格は下がるはず。人間の命においてはこの法則は適用されないのか?命の価値がここまで高いとは、いかに平和で豊かな時代に僕らは生きているか象徴しているのかもしれない。それか或いは、生命の尊さとは単なる綺麗事なのかもしれない。言葉だけで、命の価値が今はバブル状態なのかもしれない。

それに従って、我々のリスクに対する姿勢は著しく敏感になってきている。まさしく、恐怖を人々に与える上では最も効果的な時代。でも、歴史を変えた人物はおそらく恐怖に煽られたような人間ではないと思う。明治維新の高杉晋作は、集めた80人の諸兵で藩政府の2,000人に対して決起した。その時晋作は果たしてリスクとリターンを打算的に計算して行動を取ったのだろうか?それとも、より単純な志に高揚されていたのだろうか?確かに、吉田松陰が彼に残した格言「死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし」が晋作の確固たる意志と動きに見られる。

間違いなく、晋作の秀逸な点は彼の打算力よりも彼の志にあったと僕は思う。その結果として、長州は新たな日本国を創造したし、今になっても山口県が最も多くの総理大臣を人材提供している。今になっても晋作の大業が我々の人生を揺さぶる。

2020年の今、人間の生命力と創造力は欠乏しているように見えるのは僕だけではないはず。常にiPhoneやパソコンをいじりながら、非現実と踊るのが現代人間。分からないことは、考えずにグーグルで答えを速攻で検索。それもあたかも親しいように「グーグル先生」とも呼ぶようになった。抗議運動はSNSで机の上からワンクリックで賛成を示し、翌週には忘れている。子供を産むことに対しても、大変計算的だ。自分自身の人生を存分に味わえたと思ったら、最適なタイミングを見計らっては結婚・妊娠活動を始める。全てを否定するわけではないが、これはあまりにも計画的だ。

反して、 SNSの抗議の例は偽善との区別がつかない上、グーグル先生に何事も聞く者は単なる怠け者だとも言える。本物の先生なら答えを安易に出さないし、くどい質問をする生徒は少し前までは怒られていた。人生をより安全に、便利に、打算的に生きるということはそれに伴う精神の衰弱も考慮に入れなければならなくなった時代が、とうとう到来したと考えられる。快い音楽が流れていたのかもしれないが、2020年に入ってその音楽は突然にブチっ!と遮断された。

では、問題の利便、安全、打算に代わり追求するべきものは何なのか?
簡単な答えはその逆の困難、危険、そして直感だ。ある人の意志を定数として、その意志をどうやって実現するべきかはいくつもの方法がある。いくつもの方法があれば、失敗の仕方も無数にある。つまりは、戸惑いに溺れる。選択肢を減らせばいち早く決断を取ることが可能だ。良い例えは、執筆作業。現に僕はこれをパソコンではなく、ペンで紙に書いている。何故ならば、一度しか書くチャンスがないからだ。人生の様に。

優柔不断にワープロに中途半端な気持ちの文字を一つ一つ入力して、読み返して、削除して、書き直すことは極めて人生というものからかけ離れた表現法ではないか。それと比べて 、一度で書いた物の方が正直だし、裏もなく、結果的に美的で優れた執筆が仕上がると思う。その一度っきりの精神を人生の他の部分でも活かす事ができていないのが、我々の時代の病だと本当に思う。

では、コロナ危惧に合った、最適な行動とは一体何なのか?

自粛自粛〜!コロナ以前は見たこともない漢字だが、僕には「粛」という漢字は、「米」袋を股の間に囲う様に守ろうと構えた文字に見える。正に令和時代にパーフェクトにマッチした、臆病な漢字ではないか。

トイレットペーパーやマスクを買い溜めるような哀れな人間にもなりたくない。既に日本を自転車で縦断したし、次は何をすれば良いかと考えた末、昔から憧れの旅をしようと思い立った。

コロナ危惧で、どの国も国境を閉じて開ける模様もない。こんな時に、「ユーラシア大陸を横断するのか!そんな無茶な!」と思われるかもしれないが、こんな時だからこそ旅立つのだ。この旅はやらないといけない。このまま、些細な出来事で恐怖に震えて、どんどん衰退してゆく世の中に向けて、提示するべきものがこの旅にあると思っているし、これが真の自分の志だということは隠せない。当然、厳しい旅になるでしょう。バルカン半島、エルサレム、中東、インド。コロナの時代で現地では一体どうなっているのか全く見通しのつかない中、暗闇に向かって走りたい 。そう、僕の人生なんて、そんなに価値があるとは思えないからこそ、価値を届ける様な男になる事が、この世代に向けて発信できるメッセージではないか 。

この足がどこまで運んでくれるかわからない。だから前進する他にない。

ユーラシアのオデッセイとは

ユーラシアのオデッセイと旅を名付ける理由はギリシャ神話が大好きだから。ホメロスのオデッセイとは、 追放された王オデセウスがあらゆる至難を超えて王座を取り戻すという神話だ。オデセウスはラテン文化には欠かせない巧妙さ(cunning)の持ち主で、更には、女神アテネによる母親らしい守護と指導に従う者。コロナ時代でユーラシア大陸を横断するということは、オデッセイという名称を借りても良いだろう。

 
 

プロフィール

インターナップ・ジャパン株式会社
マーケティング・ストラテジスト ジュリアン・イズラエル

日英ハーフでイギリス育ちのバイリンガル。
営業マン、寿司屋の見習いなどを経て、2015年に東京に移住し、英会話講師兼実業家として新たなキャリアをスタートさせる。
西洋文化や歴史の解説を取り入れたユニークなスタイルの英語レッスンで数多くの日本企業を顧客に持つ他、自身のスーツブランド"LEGENDARY"にてファッション業界にも進出。
2016年よりINAP Japanのマーケティング・ストラテジストとして、グローバルビジネスをサポート。
組織の形式や常識にとらわれない”自由人”として、常に先鋭的な情報を発信しビジネスに新しい発想や刺激を与え続けている。


Webサイト:インターナップ・ジャパン株式会社

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