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第9回

「総火造り」の伝統を守る若い力--「関東牛刀」の製作現場を訪ねて

 

千葉県柏市に、「関東牛刀」と呼ばれる洋包丁の伝統を守り続けている五香(ごこう)刃物製作所(http://www.gokouhamono.com/)がある。 同社では、2006年度に「千葉県指定伝統的工芸品」の指定を史上最年少の33歳で受けた刃物鍛冶職人の八間川義人(やまかわ・よしと)さんが、 「総火造り」(手作り)で包丁を打ち続けている。

戦後、洋食文化の普及とともに関東における牛刀作りが隆盛を迎え、「関東牛刀」として全国的に知られるようになった。 当時、関東地方では「正次」(八間川さんが師事した同社の鍛冶技術指導者・関守永(せき・もりえい)氏)を始め、約20の牛刀専門鍛冶が腕を競った。 ところが大量生産やオートメーション化、分業化の波に加え、最近では同業他社の廃業が相次ぎ、いまでは洋包丁の製作を、 ケガキ・裁ち回しから柄付け作業まですべて手作りで生産している工場は、国内にほとんどなくなってしまったという。

関東牛刀は、機械作りの洋包丁にくらべて刃が厚く、ずっしりしており、無骨な印象がある。 同社では自動機は一切使わず、経験とカンを頼りに1枚の板材に手を加え、1本の牛刀を作り上げていく。 切り、叩き、焼き、削り、磨くという、人の手によるものづくりの原点がここにある。 こうした貴重な「総火造り」による牛刀作りの模様を、現場写真を通じて堪能していただきたい。


  33歳のときに史上最年少で千葉県指定伝統的工芸品の指定を受けた、
五香刃物製作所の八間川義人さん


同社が今に伝える関東牛刀。「武蔵国 光月作」の銘がみえる。
すべて手作りで洋包丁を製造している工場は国内にほとんどなくなってしまった。


軟鋼やステンレスの材料に型紙を当ててケガキをしたあと、タガネを入れて大まかに型切りを行う

「武蔵国 光月作」の銘が入った刻印

その刻印を、ハンマーで力を込めて打ち込む

焼き入れ作業の模様。まずは「ホド」と呼ばれるコークス炉で包丁を約850℃に加熱する

焼けた鉄の色をみて、包丁を炉から取り出すタイミングを窺う。温度測定・制御は行わず、作業をすべてカンで行う

焼けた包丁を油の中に入れて冷却する

次いで焼き戻しを行ったあと、刀身をタガネで叩き、熱処理によって生じた歪みを取る

牛刀は大まかに、ケガキ→裁ち回し→刻印打ち→焼き入れ→焼き戻し→歪み取り→柄付け→研ぎ→バフがけ→刃研ぎという流れで作られる(写真参照)。 上記で省略した作業も含めると、全工程は約30にもおよぶという。

圧巻は、包丁をコークス炉で約850°に加熱したあと、油に浸して冷却する焼き入れ作業。 材料を硬化させるために行われるもので、加熱して赤くなった材料の色をみて油に浸す頃合いを判断する。 いまでは温度計や機械制御で温度管理を行うのが普通で、同社のように色で温度を判断している工場は非常に少ない。 焼き入れ温度が高すぎると、硬くなりすぎて研ぎ作業の際に割れが生じる可能性がある。逆に、温度が低すぎる(あまい)と柔らかすぎて、 研いでも刃がつかないという。焼き入れを行った包丁は、組織が密着して硬く脆くなっているため、再度熱を加えて粘りを出し、 「硬からず、あまからず、折れず曲がらずよく切れる」状態を作り出す。

また、熱処理によって生じた曲がりやねじれを修正する歪み取りも、非常に経験とカンを要する作業。 「歪み取りは、いまでも一番苦労している作業です」と八間川さんは話す。たとえば、刃先の曲がりを直すために、 刃先をタガネと呼ばれる工具で叩くと割れてしまう。 八間川さんは「刃先一分のところまでは絶対に叩いてはいけない」と教えられた。 そこで「ここを叩けばここが曲がる」と数手先を読み、刀身の別の部分を叩いて刃先の曲がりを矯正しているのだ。

加えて、割り込み(刃先となる硬い鋼材を別の種類の鋼材で挟み込んでいるもの)包丁の刀身が凸状に曲がっている場合、 凸になって膨らんでいる部分を叩いていくとまっすぐになる。ここまでは素人のわれわれでも理解できる。
「ところが、全鋼(刀身全体が1枚の鋼でできているもの)の包丁で同じ部分を叩くと割れてしまいます。 包丁を裏返し、曲がりに合わせて軽くタガネで叩いていかないと、歪みは取れません。私自身、なぜこうすると曲がりが取れるのか、 いまだにわからないのです。親方(前出の関守永氏)も理由がわからないと話していました」(八間川さん)。

関氏からは「材料がこう曲がっている場合、この部分をタガネで叩けばいい」という大まかなやり方は教わった。 だが、その力加減はあくまで自分の「手の感触」で覚えるものであり、教わって身に着くものではないという。 それゆえ八間川さんは「武道のように、気づきが大切です」と強調する。

21世紀に生きる刃物鍛冶職人の心意気


包丁の「なかご」と呼ばれる部分に木製の柄(ハンドル)をつけているところ

刀身全体を「荒研ぎ」および「中研ぎ」したあと「平取り」(写真)を行い、でこぼこになった刀身の表面をなめらかに整える。このあと「バフがけ」を行い、さらに磨きをかけて光沢を出す

荒砥石から仕上げ砥石までを順番に使い、刃研ぎを行って包丁を切れるようにする

刃研ぎのあとに再度バフがけを行って仕上げ、一本の牛刀が完成する

八間川さんは高校在学中から家業を手伝い、研ぎや柄付け、刻印打ちなどの作業に慣れ親しんでいた。 1995年に同社の事務所および鍛冶工房が現在の場所に移転したことをきっかけに、関氏に師事し牛刀作りを本格的に学び始めた。

たまたま同社の八間川憲彦社長が、現役を退いた関氏を鍛冶技術指導者として迎え、手作りを残そうと行動を起こした時期に当たっている。 洋楽ファンでもある八間川さんは、ビリー・ジョエルが自らの成功の理由を語った「Right time, right place」という言葉を引いて、 「私がたまたま『その時、その場所にいた』ことが、牛刀作りを受け継いだ理由です」と語る。

八間川さんが「関東牛刀」で、2006年度の「千葉県指定伝統的工芸品」の申請を行った際、満場一致で指定が決まったという。 八間川さんの師である関氏も「自分は枯れていく人間だが、若い人がそういうことにチャレンジするのは大賛成だ」と心から喜んだ。

先行きをみれば、業界を取り巻く状況はけっして楽観視できず、将来の不安もあるが、八間川さんは「包丁を楽しく作る」ことを仕事のモットーにしている。
「私自身、包丁を作ることが楽しいのはもちろんですが、最終的に料理を楽しく食べてもらうには、料理をする人が楽しくなければなりません。 そのためには、よく切れる包丁を、楽しく作る必要があると思うのです」と八間川さん。

八間川さんにとって、包丁作りの1つひとつの工程は作り手の「気」を伝える作業。 包丁を手に取るユーザー、そしてその先にいる、料理を食べる人たちの姿を思い描きながら、八間川さんは日々、包丁を1本1本打ち続けている。 「商売に正直に取り組め。魂を込めた本物はお客様に訴える。だから、お客様に一切説明のない本物を作れ」というのが、八間川社長の持論だ。

私事ながら、わが家では私、妻、娘がそれぞれ1本ずつ同社製の包丁を持ち、台所に立っている。 毎年12月に同社で行われるアウトレット市に家族で足を運ぶのが、わが家の年末の恒例行事の1つになった。 「作り手の心意気」という手作りならではの付加価値に触れ、そこに楽しさや幸せを感じるという、ささやかな贅沢を楽しんでいる。

 
 

プロフィール

ジャーナリスト 加賀谷貢樹

1967年、秋田県生まれ。茨城大学大学院人文科学研究科修士課程修了。産業機械・環境機械メーカー兼商社に勤務後、98年よりフリーに。「イノベーションズアイ」のほか、オピニオン誌、ビジネス誌などに寄稿。著書に『中国ビジネスに勝つ情報源』(PHP研究所)などがある。
 ものづくり分野では、メイド・イン・ジャパンの品質を支える技能者たちの仕事ぶりのほか、各地の「ものづくりの街」の取り組みを中心に取材。2008および2009年度の国認定「高度熟練技能者」(09年度で制度廃止)の現場取材も担当。
 愛機Canon EOS-5Dを手に、熟練技能者の手業、若き技能者たちの輝く姿をファインダーに収めることをライフワークにしている。
【フェイスブック】:http://www.facebook.com/kagaya.koki
【ブログ】:http://kkagaya.blog.fc2.com/

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