写真1枚の使用料・損害額はいくら?不動産賃貸物件用写真損賠事件
1. はじめに
今回は、不動産賃貸物件用の「写真」の著作物に係る著作権に基づく損害賠償請求事件を題材に、「お金」部分のお話を取り上げてみたいと思います。
より具体的には、被告会社の賃貸物件ウェブサイトに、被告らが共同で写真を掲載した行為に対して、原告が、自らの写真に係る著作権(複製権・公衆送信権)侵害を根拠に、216万円+α(遅延損害金:年3%)の支払を求める事案です。
令和6年2月7日 東京地方裁判所 令和4(ワ)9461(←※実際の判決文はコチラ)
2. 当事者~結局の火種
原告は(株)アルプス建設です。不動産の売買・賃貸の仲介業等を営む株式会社です。
一方、被告は2人登場します(共同被告)。1人目は被告会社たる(株)GHエステートです。宅地建物取引業等を営む株式会社です。その代表者は、原告の”元従業員”です。
2人目は被告Xです。原告を退職直後に被告会社に就職した、これまた原告の”元従業員”です。何んだか既にきな臭いですよね。
3. 争点~5つ
(1)写真の著作物性・・・・創作性の有無(論点:個性論)
(2)著作者性・・・・著作権の帰属(論点:職務著作)
(3)侵害行為性・・・・支分権該当の有無等(論点:複製権・公衆送信権侵害と共同不法行為)
(4)権利制限・・・・抗弁(論点:権利濫用の成否)
(5)損害賠償・・・・損害の発生と額(論点:損害額の具体的計算方法・基準)
今回の争点は、実務上オーソドックスにして、典型的教科書通りですね。コレは、そもそも実際の現場での検討順位・流れであり、ソレを受けてからの著作権法の条文の並び通りという事で、裁判所も採用しているわけですね。
上記5つの争点の中から今回は、「お金」部分のお話である⑤を少し熱く紹介します。
巷の各種学者本では詳細に触れられる事は皆無ですし、普段ご自身で判決文に直接触れても軽く読み飛ばす部分かもしれません。ただ、著作権実務の現場では最後の〆で重要ですので、コレを機に一度眺めてみましょう。
参考記事1: どのようなものが著作権の保護対象(著作物)になるのでしょうか(その2)?
参考記事2: 著作権ってどんな権利?
参考記事3: どんなことをしたら著作権(著作財産権)侵害になるの?
参考記事4: 著作権侵害があったときの初動対応とリスク
参考記事5: ウエブを作成するときに気を付けた方が良いこと~知らなかったではすまされません!アマナイメージズ事件~
参考記事6: ECサイトの制作で、著作権で気を付ける事は?
4. 損害額の具体的計算方法・基準~(1)算出方法1
原告の主張は「20,000円×108枚=216万円」です。
根拠は、「NHKエンタープライズ(NEP)、毎日フォトバンク、アマナイメージズの写真利用料の定めを基準に損害額を算定すべきで、その結果1枚当たり2万円」というものです。
ちなみにNEP は、NHKの放送・ネット配信番組を制作したり著作権管理したりする会社です。
一方で被告は「NEP等の利用料の定めは参考にはならない」と主張しました。
根拠は、「NEP等の写真はプロが高価な機材を用い、撮影対象の選択をはじめ、撮影機会、画角、シャッター速度、露出等様々な点でプロとしての創意工夫を施して撮影するのに対して、本件各写真は、プロの撮影ではなく、スマートフォン・コンパクトデジタルカメラで簡易撮影したスナップ写真にすぎない」というものです。
コレに対して裁判所は、被告の主張をほぼほぼ採用しました。
参考記事7: インターネット上にある写真を参照して描いたら著作権侵害なの?
参考記事8: 時事ネタで考える著作権 -元交際相手とのツーショット写真のオークション出品-
参考記事9: 人に撮ってもらったスナップ写真って自由に利用してもよいの?
参考記事10: 他人が撮った写真の構図を真似して撮影しても良いのか?実例から見る被写体別の判断基準【写真家・カメラマン向け】
参考記事11: 写真の編集、トリミングで注意すべき著作権の問題点
5. 損害額の具体的計算方法・基準~(2)算出方法2
ならば、「物件写真の“撮影代行サービス”の利用料を参考にすべき」との原告の主張に対して、被告は「1枚当たり100円未満が相当」と主張しました。
根拠は、「(1)撮影代行サービス利用料は“未保有物件写真データ取得”のための対価であって、写真使用料とは一致しない、(2)原告主張事例は一眼レフカメラ使用例であるのに対し、本件各写真はスマートフォン等を使用した素人撮影にすぎない、(3)撮影代行サービスを利用しても1枚当たり100円前後で入手可能」というものです。
コレに対して裁判所は、「1枚当たり1,000円、損害額は1,000円×71枚=7万1,000円」と判断しました。
根拠は、「(1)撮影代行サービス各社の料金の定めによれば、(i)1枚当たり数百円程度+(ii)交通費・写真加工等のオプション料金が別途発生、(2)著作権侵害による”事後的”『著作権の行使につき受けるべき金銭の額』は”通常”使用料に比べて高額、一方で(3)被告による侵害対象写真の掲載期間は最大で2か月弱でさほど長くない」というものです。
ここで「71枚」とあるのは、写真全108枚中、撮影者を特定可能な71枚についてのみ、原告の「職務著作」に該当するとして、「著作者は原告である」と判断したものです。
参考記事12: 職務著作と職務発明の比較
参考記事13: 自分で創作した著作物が会社のモノ?-職務著作について-
参考記事14: 「著作者」になる人、ならない人について教えてください
6. 現場のお話~2万円の写真
先日、私が関わった音楽番組の演出の一つとして、某映画の名曲を出演女優が熱唱中、某巨大ホールのステージのバックに、映画の名場面に関する「数メートル×数メートルサイズの巨大写真」を複数枚流す場面がありました。
その写真の使用料が1枚当たり税抜、今回の原告が主張する額と同額でした。
使用料を決める要素としては、サイズ、画質、期間、媒体等の使用態様があります。当該事例では、(1)放送と同時に1回ネット配信する際の使用料と(2)その後1週間見逃し配信する際の使用料の合計額です。
なので、今回の被告による使用態様とは異なりますが、皆さま、どうでしょう?高いと感じますか?安いと感じますか?結果、今回の裁判例においては、原告が主張する2万円、被告が主張する百円、裁判所が最終判断した1,000円は、いずれがしっくりきますかね?
7. 総括
ちなみに私の現場感覚ですと、今回の裁判例のような写真・使用態様で単価2万円はかなり高額です。
実際、賃貸物件サイト掲載の写真には、まるでド素人の私が撮影したかのような、自然光のみで薄暗かったり、リフォーム前でゴミ・汚れ・傷等が写り込んだり、何なら洗面台の鏡とかインターホンのモニターにスマホをかざした撮影者が写り込んだりしたモノも多いです。
もちろん、著作権法目線のみであれば、そもそも「額の汗」自体を保護しませんし、実際の現場では、「写真」の著作物性を否定するケースは少ないです。具体的には、プロアマ不問で「創作性」の有無のハードルは相当“低い”です。
イコール、純粋「美術」の著作物と同視し得るレベルの芸術作品ではない限り、「写真」1枚当たりの使用料・損害額も、皆さまの感覚よりは相当“低い”のかもしれませんね。
令和6年度 日本弁理士会著作権委員会委員
弁理士 山本 泰和
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