アイディアと著作物の境界は?-公衆電話ボックス型金魚箱著作権侵害事件の顛末
1.事案の概要
アイディアか著作物かで争われ、第1審の奈良地裁の非侵害の判決(奈良地判平成30(ワ)466号)と第2審の大阪高裁の侵害の判決(大阪高判令和元年(ネ)第1735号)とで相違したケースであります。
原告は、公衆電話ボックス様の造形物を水槽に仕立て金魚を泳がせているだけでなく、受話器部分を利用して気泡を出す公衆電話ボックス型金魚箱の原告作品を創作していた。
原告作品と同様の被告作品を制作し又は展示した被告らは、原告作品を複製したものであって、原告の複製権等を侵害している旨を原告は主張し、被告らに対して被告作品の制作の差止め等を求めた事件です。

2.第1審(奈良地裁)における2つの争点の内容及び判断
第1審は、原告作品の基本的な特徴を以下の(1)と(2)に分けて、それぞれについて着目しています。
(1)公衆電話ボックス様の造形物を水槽に仕立て、その内部に公衆電話機を設置した状態で金魚を泳がせている
(2)金魚の生育環境を維持するために、公衆電話機の受話器部分を利用して気泡を出す仕組みである
また、著作権法は思想又は感情の創作的な表現を保護するものであり、既存の著作物に依拠して作成、創作された著作物が、思想、感情若しくはアイディア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、著作物の複製には当たらないものと解されるとされました。
(1)の判断として、公衆電話ボックスという日常的なものの内部で金魚が泳ぐという非日常的な風景を織り込むという原告の発想自体はアイディアにほかならず、表現自体ではないから、著作権法上保護の対象ではないとされた。
(2)の判断として、多数の金魚を公衆電話ボックス内で泳がせるというアイディアを実現するには、空気を注入することが必須となるが、公衆電話ボックス内から気泡を発生させようとすれば、受話器から発生させるのが合理的かつ自然な発想である。すなわち、アイディアが決まればそれを実現するための方法の選択肢が限られることとなるから、この点について、創作性が認められないとされました。
以上より上記(1)、(2)の特徴について、著作物性を認めることはできないと判断し、原告が同一性を主張する点はアイディアに関する主張であることから、原告の同一性に関する主張は理由がないと、第1審は指摘しています。
以上より、被告作品によって、原告作品の著作権が侵害されたものとは認められないと、第1審は判断しました。
3.第2審(大阪高裁)における2つの争点の内容及び判断
第2審判決では、原告作品と被告作品の6つの相違点の他に、共通点を下記の2つ挙げました。
(1)公衆電話ボックス様の造作水槽(側面は4面とも全面がアクリルガラス)に水が入れられ、水中に主に赤色の金魚が50匹から150匹程度、泳いでいる。
(2)公衆電話機の受話器がハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され、その受話部から気泡が発生している。
被告作品は原告作品に依拠し、かつ、上記共通点①及び②に基づく表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、原告作品における表現上の本質的な特徴を直接感得することができるから、原告作品を翻案したものであるとされました。
「依拠」について
第1審判決においては、そもそも原告作品と被告作品の創作の類似性を否定したため、被告作品が原告作品に「依拠」しているかどうかについては、判断がなされていなかったが、第2審判決では、被告らが被告作品を制作するに至った経緯を詳細に認定したうえで、依拠性を認めています。
この結果として、第2審判決は第1審判決と異なり、「電話ボックス様の水槽に50匹から150匹程度の赤色の金魚を泳がせるという状況のもと」、公衆電話機の受話器が、「受話器を掛けておくハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され、その受話部から気泡が発生しているという表現」について創作性を認めています。
そのため、共通点(1) (2)については、原告作品における創作性のある部分と重なると認定できるので、被告らは、原告の著作権(複製権)を侵害したと認められると判示しました。
4.まとめ
第1審では「アイディア」とされた原告作品と被告作品の共通点を第2審では、「受話器を掛けておくハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され、その受話部から気泡が発生しているという表現」が創作性を有するとされると共に依拠性が認められ、侵害と認定されました。
日本弁理士会著作権委員会委員
弁理士 飯塚 道夫
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