第3回
父の人生に触れたとき、娘は父を敬い『ありがとう』で見送った
株式会社 繋ぐコンサルタントオフィス 松本 恵
父の人生に触れたとき、娘は父を許した話、
「もしもし…先日、セミナーに参加した者です」
買い物の途中、一本の電話が入りました。
登録のない番号。少し戸惑いながら出ると、女性の声でした。
話を聞くと、
先日行った一般向けセミナーの参加者の方でした。
その内容は、深刻なものでした。
「施設に入っている両親が、同時に余命宣告を受けました…」
どちらが先に旅立つかもわからない。
残された時間は、そう長くはない。
「長女として、今、何をしておけばいいのか…」
その問いに対して、
私はすぐに施設へ向かいました。
現場で見えた“家族の温度差”
施設の談話室で、ご長女とお会いしました。
相続人は、もう一人。関東に嫁いだ妹さん。
姉妹の関係は良好でした
ご両親はそれぞれ別室に入所されており、
財産は主に金融資産。
大きな問題はないように見えました。
しかし、話を進めていく中で、
ひとつだけ、気になることがありました。
お父様の話になると、
ご長女の表情が曇るのです。
「正直、あまり好きではないんです」
厳しい人だった。
家庭的ではなかった。
優しくされた記憶がない。
そう語るご長女の中には、
長年積み重なった感情がありました。
目の前で起きた親子の衝突
お父様のお部屋で面談をした際、
その出来事は起きました。
余命が迫る父と娘が、
目の前で口論を始めたのです。
私は一瞬、言葉を失いました。
相続の現場では、
時に想定を超える現実に直面します。
しかし、
ここで目を背けてはいけないと感じました。
「顧みなかった父」ではなかった
その後、私はご両親それぞれから話を伺い、
財産だけでなく、
人生そのものを整理していきました。
そこで見えてきたのは、
ご長女が認識していた父親像とは、
少し違う姿でした。
お父様は、
家族を顧みなかったのではなく、
顧みたくても、顧みる余裕がなかった。
企業から必要とされ、
厳しい仕事の中で、必死に走り続けた人生。
「家族には寂しい思いをさせてしまった」
それが、余命を知ったお父様の言葉でした。
人生の棚卸がもたらしたもの
私は、第三者として知り得た事実を、
ご長女にそのままお伝えしました。
お父様の想い。
その人生の背景。
そして、
その時間の対価として残された財産。
相続とは、
単に財産を受け取ることではありません。
その人の人生そのものを
受け取ることでもあります。
また、私はこうもお伝えしました。
親は、最初から“親”として
完成されているわけではありません。
特に長女は、
ご両親にとって“初めての子ども”。
親もまた、
子育てにおいては「初心者」なのです。
その言葉に、
ご長女は静かに頷いていました。
「ありがとう」で見送るという選択
その後、訪れた別れのとき。
先に旅立たれたのは、お父様でした。
家族葬のはずの葬儀に、
なぜか私もお声がけをいただき、
参列しました。
そこにあったのは、
これまでのわだかまりではなく
涙とともに繰り返される、
「ありがとう」という言葉でした。
ご長女は、
お父様の人生を受け止め、
見送っていました。
そして何より印象的だったのは、
お孫さんたちの号泣でした。
それは、
“いい父親”だったかどうかだけではなく、
“いいおじいちゃん”としても
過ごした時間があったことを、
物語っていました。
対話が、人生を変える
私はこのご家族と関わらせていただき、
大きな気づきを得ました。
相続とは、
何かを決めるためのものではなく、
関係を整えるための時間である。
そしてその鍵は、
やはり「対話」にあります。
人生に触れることでしか、
見えない想いがあります。
その想いに触れたとき、
人は初めて、
本当の意味で相手を受け入れることが
できるのかもしれません。
次回予告
では、このような対話ができなかった場合、
家族はどうなってしまうのでしょうか。
次回は、
「話せなかった家族に起きた現実」をお伝えします。
プロフィール

松本 恵(まつもと めぐみ)
相続コンサルタント
株式会社繋ぐコンサルタントオフィス 代表
一般社団法人繋ぐライクファミリーサポート 代表理事
メガバンク、信託銀行、証券会社、外資系保険会社での金融業界経験を経て独立。
現在は全国50事業所のネットワークを持つ「繋ぐ相続サロン®」を主宰し、相続コンサルティングの第一線で活動している。
財産対策だけでなく「心置きなく生ききる人生」をテーマに、相続・終活・家族支援を統合した独自のコンサルティングを提供している。
Webサイト:株式会社繋ぐコンサルタントオフィス
- 第3回 父の人生に触れたとき、娘は父を敬い『ありがとう』で見送った
- 第2回 「相続の話ができない」その理由に向き合う
- 第1回 なぜ今、相続コンサルタントという仕事が必要なのか