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将棋番組ナレーション事件~人格権と著作権/著作者人格権

弁理士の著作権情報室

はじめに


原告ウェブサイトに掲載している将棋のルールやマナーを説明するフレーズ(文章)が被告将棋番組中のナレーションで無断利用されたことについて、著作権/著作者人格権、より具体的には公衆送信権/氏名表示権の侵害が認められた裁判がありました。東京地裁令和3年(ワ)第30051号、知財高裁令和4年(ネ)第10103号。

将棋番組ナレーション事件~人格権と著作権/著作者人格権

事件の概要


今回の事件は知財高裁まで争われました。著作権/著作者人格権の侵害が認められるためには、原告のフレーズが著作物であること、すなわちそのフレーズに創作性があることが必要です。今回は、以下の2つのフレーズの創作性が認められました。

①「『雑用は喜んで!』とばかりに下位者が手を出さないようにしましょう。」

②「着手した後に『あっ、間違えた!』『ちょっと待てよ…』などと思っても、勝手に駒を戻してはいけません。」

①のフレーズは、目下の者が雑用を率先して行うという一般的な概念が、将棋の駒の準備や片付けには当てはまらないこと、つまりそれらは目上の者が行うことを、分かりやすく且つ印象に残りやすく伝えるものとして、創作性が認められました。

②のフレーズは、プレーヤーの感情と、いわゆる「待った」を生き生きと分かりやすく且つ印象深く表現するものとして、創作性が認められました。

被告が原告のフレーズを無断利用したことは当初から被告が認めていましたので、そこでの争いはありませんでした。①、②のフレーズの創作性(著作物性)が認められた時点で、被告による原告の著作権/著作者人格権の侵害が確定したといえます。

なお、上記の①、②のフレーズ以外に、以下の3つのフレーズの創作性も争われましたが、これらについては、いずれも将棋のルール又はマナーであり、内容自体から創作を認めることができず、表現もありふれたものである、といった理由で著作物性は認められませんでした。

・「空いている場所を探してスムーズに着席し、対局の準備をしましょう。」

・「駒を並べる時、最初に上位者が王(王将)を取って並べます。その後、下位者が玉(玉将)を取って並べます。」

・「駒をぐちゃぐちゃに置いたり、裏返したり、重ねたりしてはいけません。」

ポイント


この事件の興味深いところは、東京地裁では、原告は、被告による原告の著作権/著作者人格権の侵害は主張せず、被告による原告の人格権(≠著作者人格権)の侵害だけを主張していたことにあります。そのときの原告の主張は、被告が著名な放送事業者であり、被告将棋番組の視聴者が、原告が、被告将棋番組のナレーションの文章を原告ウェブサイトで無断転載(コピペ)していると誤解する可能性があり、原告の人格権が侵害されたというものです。

東京地裁は、被告が被告将棋番組のウェブサイトに謝罪文を掲載し、また、実際に上記のような誤解が広まったとまではいえないといった事情があること等を理由に、名誉毀損による人格権侵害は認めませんでした。

一方で、東京地裁は、この問題は、本来は著作権/著作者人格権の侵害の観点から検討すべきである旨を判決文中で示唆しました。

そうして、控訴審である知財高裁では、原告は、被告による原告の著作権/著作者人格権の侵害を主張しました。先に述べましたように①、②のフレーズの創作性(著作物性)が認められ、被告による原告の著作権/著作者人格権の侵害が認められました。

むすび


当初の被告の気持としては、自身が額に汗を流して創作したフレーズを、著名な放送事業者である被告が無断で利用したということに対して、やはり相当に心に期するところがあったのか、著作権や著作者人格権云々(うんぬん)ではなく名誉毀損で訴える、といったものだったのかもしれません。

この点、著作権/著作者人格権のうちの著作者人格権、より具体的には知財高裁で主張された氏名表示権は、著作者の人格的利益の保護を目的としており、まさに、今回のようなケースにおいて被告の名誉を保護するために主張すべき権利といえます。

著作者人格権については、「著作者人格権ってどんな権利?著作権とはどう違うの?」をご覧ください。

今回の裁判例は、名誉毀損による人格権の侵害は認められなくとも、著作権/著作者人格権の侵害が認められることがあることを教えてくれています。知的財産権の強さの一面を垣間見た気がします。読者のみなさまにおかれましても、ご自身やご知人の創作が無断利用され、それによって名誉が傷つけられたとお感じになられたときは、この記事を思い出していただき、そして、著作権/著作者人格権に活路があるということを思い出していただければと思います。

令和5年度 日本弁理士会著作権委員会委員

弁理士 久村 吉伸

※ この記事は執筆時の法令等に則って書かれています。

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