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IT関連の著作権

生成AIの学習は著作権侵害にならない?著作権が制限されるという「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」とはどの様なものですか?

弁理士の著作権情報室

著作権法で定められた著作物の利用行為をした場合には、原則、著作権侵害となりますが、この様な利用行為をしても著作権侵害とならない場合についても、著作権法には定められています。この場合には、著作権が制限され、著作権侵害にはなりません。社会は変化しますが、この変化に合わせて著作権法が改正されて、著作権法で定める著作権が制限される場合も変わることがあります。

「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」は、著作権法第30条の4に定められた著作権の制限であり、平成30年の著作権法改正で定められた比較的新しい著作権の制限です。「デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定の整備」を目的として追加されました。

近年、生成AIが急速に普及しておりますが、生成AIに関する著作権法上の問題が議論される際に、AIによる著作物の学習が著作権侵害にならない根拠として、上記「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」があげられます。従って、この著作権の制限への注目が高まっているのではないでしょうか。以下に、「上記著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」とはどの様なものかを説明します。

生成AIの学習は著作権侵害にならない?著作権が制限されるという「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」とはどの様なものですか?

情報処理と複製


コンピュータは、記憶装置として、作業領域としての主記憶装置(RAM等)と、データやプログラムを保存する補助記憶装置とを有します。コンピュータによって、データ等を補助記憶装置(HDDやSSD等)に保存する場合には、必ず元データの複製が作成されます。例えば、インターネットを介して、データ等をダウンロードする場合には、サーバにあるデータ等の複製が作成されて、補助記憶装置に記憶されます。
著作権法では、著作物を複製する行為が、著作権の侵害行為として定められていますので、上述したようなコンピュータの情報処理におけるデータ等の複製についても、著作権の制限となる場合に当たらなければ、著作権侵害となってしまいます。
なお、主記憶装置に記憶させるデータ等についても元データを複製することにはなりますが、主記憶装置に記憶させるのは、一時的な記憶(電源オフ等で消去される)ですので、著作権法の「複製」に当たるかは、議論の余地があります。

著作権法第30条の4が定められた目的


著作権法第30条の4は、著作権者の利益を通常害さないと評価できる行為類型について、著作権の制限とするために設けられています。文化庁の「著作権法の一部を改正する法律 概要説明資料(以下、単に「概要説明資料」と記載します)」には、該当する例として、コンピュータの内部処理のみに供されるコピーや、ソフトウェアの調査解析等が挙げられています。この条文には、「著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、・・・いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。」と定められています。

著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合とは
「著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」というのは、「人の知覚による認識を伴わない利用」等の場合です。この様な抽象的な表現が採用されているのは、具体的に表現すると、著作権の制限をすべき将来の新しいニーズを柔軟にカバー出来ないからです。「AI、IoT、ビッグデータを活用したイノベーションを創出しやすい 環境を整備し、『第4次産業革命』を加速させるために、柔軟性な権利制限にされています。

(1)上記「著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」として、以下の3つが著作権法に例示列挙されています。

①著作物の録音、録画その他の利用に係る技術の開発又は実用化のための試験の用に供する場合
この場合の詳細については、「スピーカーの開発過程において、音質試験のために著作権者の 許諾を得ずに音楽を流した場合、著作権侵害となりますか?」をご覧ください。

②情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うこと)の用に供する場合

③上記①②の場合のほか、著作物の表現についての人の知覚による認識を伴うことなく当該著作物を電子計算機による情報処理の過程における利用その他の利用(プログラムの著作物にあっては、当該著作物の電子計算機における実行を除く。)に供する場合

なお、「概要説明資料」には、上記①~③の他に、「サイバーセキュリティ確保等のためのソフトウェアの調査解析(リバース・エンジニアリング)」が「著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」として説明されています。

AIの学習と情報解析


「概要説明資料」には、AIによる深層学習(ディープラーニング)を、「AIに大量の情報を入力して分析させ、人間のサポート無しにそれらの情報が何であるか等を判断できるようにする学習方法」と説明しております。ここで、コンピュータへの情報の入力・分析には、複製を伴う場合があります。

「概要説明資料」では、この様な「AI開発のためのディープラーニング」が上記②の情報解析に該当すると説明しております。また、内閣府のAI戦略チーム(関係省庁連携)(第3回)の資料「AIと著作権の関係について」にも、AIの開発・学習段階(著作物を学習用データとして収集・複製し、学習用データセットを作成すること、データセットを学習に利用して、AIすなわち学習済みモデルを開発すること)について、情報解析等であるとして、「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない」利用行為となる場合は、原則として著作権者の許諾なく利用することが可能であると記載されています。

もっとも、上記資料「AIと著作権の関係について」には、AI開発の様な情報解析等でも「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない」利用行為ではない例(著作権の制限にならない場合の例)が記載されています。具体的には、「3DCG映像作成のため風景写真から必要な情報を抽出する場合であって、元の風景写真の『表現上の本質的な特徴』を感じ取れるような映像の作成を目的として行う場合は、元の風景写真を享受することも目的に含まれていると考えられることから、このような情報抽出のために著作物を利用する行為は、本 条の対象とならないと考えられる」と記載されています。

「著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」でも著作権侵害になる場合
「著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」であっても、「その必要と認められる限度」ではない場合や、「当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には、著作権法第30条の4の著作権の制限の適用を受けることができません。

従って、生成AIの学習でも、「その必要と認められる限度」を超えたり、「著作権者の利益を不当に害することとなる」と判断されたりすると、著作権侵害となります。現時点では、どの様な学習が、「その必要と認められる限度」を超えるものであるか、「著作権者の利益を不当に害することとなる」と判断されるものかは明確ではありませんが、「知的財産推進計画2023」には、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」を整理すべき論点としております。なお、上記資料「AIと著作権の関係について」には、「情報解析用に販売されているデータベースの著作物をAI学習目的で複製する場合など」が、「著作権者の利益を不当に害する場合」の例として記載されています。

まとめ


「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」とはどの様なものかを説明しました。上述したように、生成AIによる学習等のようなコンピュータの情報処理で著作物のデータの複製をともなう場合であっても、「著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」として著作権侵害にならない場合があります。もっとも、「著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」でも著作権が制限されない場合があるので、注意が必要です。

<参考文献>
文化庁の「著作権法の一部を改正する法律 概要
文化庁の「著作権法の一部を改正する法律 概要説明資料

令和4年度 日本弁理士会著作権委員会委員

弁理士 竹口 美穂

※ この記事は執筆時の法令等に則って書かれています。

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