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芸術・文化の著作権

被写体に許可なく撮影し、公開してもよいの?~肖像権について~

弁理士の著作権情報室

スナップ写真、人物を含む街角の風景写真、あるいは、ストックフォトで購入した人物写真などを、被写体の許可なく自由に公開しても問題ないでしょうか。自ら撮影した写真や、ストックフォトで購入した写真であれば、著作権上の問題は生じないかもしれませんが、被写体に人物が含まれる場合は、肖像権について問題が生じる可能性があります。今回の記事は、人物を撮影するときや、SNS等で動画や写真を公開するときに、留意すべき権利の一つである肖像権について解説いたします。

被写体に許可なく撮影し、公開してもよいの?~肖像権について~

肖像権とは何か?


何人も、「みだりに自己の容ぼう等を撮影または公表されない人格的利益」、すなわち、無断で自分の顔や姿を撮影されない権利や、無断で自分の顔や姿が写った写真を公表されない権利を持つと考えられており、このような権利のことを肖像権といいます。

肖像権は、著作権のように法律で明文化された権利ではなく、裁判において認められた権利です。日本では、ある政治家をモデルにしたとされる小説「宴のあと」事件(東地昭和39年9月28日判決時報385号12頁)において初めて、「(イ)私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがらであること、(ロ)一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合公開を欲しないであろうと認められることがらであること、換言すれば一般人の感覚を基準として公開されることによって心理的な負担、不安を覚えるであろうと認められることがらであること、(ハ)一般の人々に未だ知られていないことがらであること」が公開されることによって、当該私人が実際に不快、不安の念を覚える際は、プライバシーの侵害に対し、法的な救済が認められると判断されました。そして、デモ隊の撮影に関して肖像権侵害が争われた京都府学連事件(最大判昭和44年12月24日)に関する最高裁判所の判決では、憲法13条に基づき、「個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有する」と判示しています。ただ、人が上記のような権利を有することは、裁判所によって認められてきているものの、条文が存在しないことから、裁判所の解釈に委ねられる部分も多く、具体的にどのような場合に保護されるか、保護対象に死者は含まれるか、どのような場合に本人の同意なく利用可能か、保護期間は何年か等の保護の射程範囲が不明確で解釈が難しい部分が残されています。


法廷内撮影事件で示された最高裁判所の判断基準


写真等に人の顔や姿が写っている場合は、すべて肖像権保護の対象となるものと誤解されがちですが、裁判所はそのような判断は行っておらず、公表されても、保護対象とならない場合もあります。肖像権侵害に際し、最も参照される判例として、法廷内撮影事件(最判平成17年11月10日民集59巻9号2428頁)がありますが、ここで最高裁判所が示した考え方は、1)被撮影者の社会的地位、2)被撮影者の活動内容、3)撮影の場所、4)撮影の目的、5)撮影の態様、6)撮影の必要性の6要素を「総合考慮」して、本人の「人格的利益の侵害が社会性格上受忍の限度を超える」場合に侵害を認めるというものです。

つまり、政治家などの公人が公務をしている風景、オリンピックのような大きなイベントの競技場で群衆が写っている風景など、人物の撮影、公開を制限する必要性が低いと考えられる場面においては、肖像権侵害が認められない可能性が高まるものと考えられます。


肖像権ガイドライン


法廷内撮影事件は、いままでの裁判例の中では具体的な判断基準が示されているものと言えますが、それでもやはり、日々、大量の写真を扱うデジタルアーカイブ機関では、1つ1つの写真について、総合考慮の上、侵害成否を判断することは現実的でなく、人物の写るコンテンツのアーカイブ利用は断念されてしまうことが多いという問題がありました。このような状況を打開するため、デジタルアーカイブ学会・法制度部会では、肖像権に向き合い、自主的に公開判断を行うための指針として、「肖像権ガイドライン」を公開しています。

肖像権ガイドライン(Shozokenguideline-20210419.pdf (digitalarchivejapan.org)

当該ガイドラインでは、過去の裁判例や有識者、実務家の見解などをもとに、上記最高裁判所の判断基準の6要素について、フローチャートと、具体的な例とともに公開適否に向けたポイント換算のモデルを提示しており、デジタルアーカイブ機関のみならず、一般の方々が撮影や公開をする際にも、参考になるものと思われます。

ガイドラインでは、写真に写った被写体が「知人が見れば誰なのか判別できる」(ステップ1)場合で、「その公開について写っている人の同意がない」(ステップ2)場合は、6要素を具体的な例に落とし込んだポイント換算を行う流れとなっており、たとえば、1)被撮影者の社会的地位が「公人」であれば「+20」、2)被撮影者の活動内容が「公務」であれば「+10」「私生活」であれば「-10」、3)撮影の場所が「公共の場」であれば「+15」、「病院」であれば「-15」、4)撮影の態様が「多人数」なら「+10」、カメラマンにピースサインをするなど「撮影承諾の意思を推定可能」なら「+5」、5)写真の出典が「刊行物」であれば「+10」などのようにポイントを加算・減算した合計点を算出し、公開適否の判断を補助するものとなっております。

今や、誰もが気軽にスマートフォン等で写真を撮影し、SNSなどでの公開することが可能な時代となっていますが、人物が写っている場合には、上記ガイドラインを参考に必要に応じて、公開範囲の限定やマスキングを検討されることをお勧めいたします。


AIによるディープフェイク画像・動画について


AIの登場により、撮影を行わずとも、実在する人物の画像、声を容易に再現することが可能となり、ブルース・ウィリスやトム・ハンクスなど著名人の肖像等が広告に利用されたというニュースをご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。欧米では、上記のようなディープフェイクを規制する動きが加速しており、たとえば、米国では、プライバシー権は一部の州で認められている権利ですが、2023年秋に、個人の画像、声、肖像のデジタルコピーに関する法案(EHF23968 (senate.gov))が提出されており、連邦法として整備しようとする動きがあります。著作権法上は、忠実に実在の人物を再現するのみでは、創作性などの観点から保護対象となりにくいかもしれませんが、肖像権の側面では、問題となる可能性があります。このように、肖像権は、生成AIなどの技術進歩に伴い、撮影に限らず、新たな問題に直面し得る局面を迎えており、我が国においても、実在する人物を忠実に再現する画像等を生成される際は「人格的利益の損害が社会性格上受任の限度を超える」ものとなっていないか、留意する必要があるのではないかと思われます。

令和5年度 日本弁理士会著作権委員会委員

弁理士 安達 陽子

※ この記事は執筆時の法令等に則って書かれています。

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