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「映画の著作物」特有の権利、「頒布権」とは?

弁理士の著作権情報室

昨今、コロナ禍の影響もあってか、劇場公開映画をいち早くオンラインでも鑑賞できるようになりました。映画好きの筆者としては、ときとして非常にありがたいサービスです。
一方、映画館のデジタル化はコロナ禍前から進んでおり、配給会社からプリントフィルムを映画館に貸与する方式から上映素材をデジタルデータで提供する方式が主流となっています。こうした時代の趨勢のなか、映画特有の権利である「頒布権」について解説していきたいと思います。

「映画の著作物」特有の権利、「頒布権」とは?

頒布権は誰が持つ?著作者・著作権者との関係


映画の著作物の著作者が必ずしも著作権者にはならないということは、
「映画の著作物」って何?著作者は著作権者じゃないの?
で解説しました。
劇場公開映画の多くの場合、法律的・経済的負担を負う映画製作者等が著作権者になり、複製権、上映権、公衆送信権、頒布権といった著作財産権が与えられます。その中でも映画の著作物にのみ認められている権利が頒布権になります。(※1)

「頒布」の意味


そもそも「頒布」とはどういうことを差すのでしょうか?
一般的には「広く配って行きわたらせること。また、広く行きわたること」(「精選版 日本国語大辞典」小学館)ですが、わが国の著作権法において「頒布」とは「有償であるか又は無償であるかを問わず、複製物を公衆に譲渡し、又は貸与すること」と規定されています。
さらに映画の著作物においては、前述の規定に加えて「公衆に提示することを目的として当該映画の著作物の複製物を譲渡し、又は貸与することを含む」という規定があります。(※2)
つまり、映画の著作物においては、相手が「公衆」である場合だけでなく特定少数であっても、映画館等での上映やネット配信など公衆への提示を目的とし、複製物を媒介している場合には、その譲渡又は貸与する行為は「頒布」に該当することとなるのです。

「映画の著作物」における頒布権


頒布権とは「複製物により頒布する」権利であるため、複製物のみが対象となります。
また、頒布権者は、頒布権を他者に利用許諾する場合には、著作物の複製物の譲渡先や貸与先を指定したり、地域や期間を限定したりすることが可能となっています。
さらに、著作権法では、頒布権については譲渡権のように最初の譲渡で権利消尽すると規定されていないため、劇場公開映画等においては権利消尽せず、中古市場含め流通をコントロールすることができる非常に強い権利となっています。

“強力”な頒布権を定めた趣旨


そのような強力な権利を映画の著作物に対してのみ認めたのは、劇場公開映画が「①映画製作には多額の資本が投下されており、流通をコントロールして効率的に資本を回収する必要があったこと、②著作権法制定当時、劇場用映画の取引については、映画館等で上映されることを前提に、映画製作会社や映画配給会社がオリジナル・ネガフィルムから一定数のプリントフィルムを複製し、これを映画館経営者に貸し渡し、上映期間が終了した際に返却させ、あるいは指定する別の映画館に引き継がせることにより、映画館等の間を転々と移転するという、いわゆる配給制度による取引形態が、慣行として存在していたこと、③著作権者の意図しない上映行為を規制することが困難であるため、その前段階である複製物の譲渡と貸与を含む頒布行為を規制する必要があった」(著作権法コンメンタールI p.537 小倉秀夫・金井重彦編著)からとされています。

頒布権と消尽


映画の著作物には劇場公開映画だけでなく市販のビデオグラムソフト(DVD、ブルーレイディスク等)やゲームソフト(映像部分)なども含まれるのですが、ゲームソフトについては、販売によって頒布権が消尽するのか否かが問題となりました。

特許権においては「特許権者又は実施権者が我が国の国内において特許製品を譲渡した場合には、当該特許製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し、もはや特許権の効力は、当該特許製品を使用し、譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないものというべきである。」(BBS並行輸入事件 最判平成9年7月1日)という権利消尽の原則があり、
適法譲渡後は、特許権者の権利は及びません。

著作物一般にもこの原則が適用されるのか見解が分かれていたところ、中古ゲームソフトを販売行為が、頒布権侵害とならないかが争われました。(中古ゲームソフト事件)
この事件では(1)ゲームソフトは映画の著作物にあたるのか、(2)ゲームソフトに頒布権は認められるか、(3)ゲームソフトの頒布権は消尽しないのか、が争点となりました。
結局、最高裁判決(平成14年4月25日)では、(1)ゲームソフトは映画の著作物であり、(2)頒布権の対象であることを認める一方で、(3)公衆に提示することを目的とせずに譲渡される映画の著作物の複製物の譲渡については、一旦適法に譲渡された後は、「頒布権のうち譲渡する権利はその目的を達成したものとして消尽」すると判断しました。
適法譲渡後の譲渡権不消尽の原則を適用しなかったのは、公衆に提示することを目的としない家庭用テレビゲーム機用ゲームソフトの市場における円滑な流通を確保する観点から判断したものと解されています。

時代の趨勢と頒布権の限界


頒布権はもともと劇場公開映画のフィルム配給制度という取引慣行を念頭において定められたものでした。
ところが今や映画配給はDCP(Digital Cinema Package)と言われるデジタル素材による運用が主流となり、さらにはインターネット経由で上映素材を映画館へ配信される時代を迎えています。
そのような中、頒布権の意義や位置づけは今後どうなっていくのでしょう。
今後さらに映画館のデジタル化が進んでいけば、映画配給会社等が上映素材を映画館へ直接配信が普及し、技術的手段によって当該上映素材の複製物による頒布を制限することも可能になると考えられます。そうなると、頒布権ならではの効力である適法譲渡後の譲渡権不消尽の適用場面は大幅に減り、前時代的・限定的なものになるのかもしれません。


(※1)映画の著作物の原著作物となった小説やシナリオ等の著作者は、翻案の要件を満たすことにより二次的著作物として当該映画の著作者が有するのと同一の種類の権利を持つことになります。一方、翻案を伴わず、映画に収録された音楽やセット等の美術作品の著作権者には、当該映画の複製物の頒布にあたり当該映画の著作権者と同様の頒布権を有することとなっています。
(※2)「映画の著作物において複製されている著作物」の頒布についても、「公衆に提示することを目的として当該映画の著作物の複製物を譲渡し、又は貸与すること」を含みます。

令和4年度 日本弁理士会著作権委員会委員

弁理士 臼井 正和

※ この記事は執筆時の法令等に則って書かれています。

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