量産実用品と美術の著作物―TRIPP TRAPP最高裁判決を読む
判決の概要
令和8年4月24日、最高裁判所は、1972年にノルウェー出身のピーター・オプスヴィーク(1939-2024)によって創作された子供用の椅子「TRIPP TRAPP」の形状等が、著作権法によって保護されるか否か判断されました。最高裁判所は、著作権法上の著作物には該当しないとして、著作権法による保護を否定しました。

一方で、「量産実用品の全体又は部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合には、当該量産実用品の全体又は部分は、著作権法2条1項1号にいう著作物のうち、美術の範囲に属するものに当たる」とし、このような場合に著作権法の保護が及ぶことも説示しました。
その例として、(1)表面に単なる模様や表面加工の域を超える装飾が付加されているもののように、当該付加部分の形状等が、機能と関連せず、観念上、機能に由来する構成とは別個の絵画や彫刻として把握できるもの、(2)全体として彫刻等とも看取できるもののように、その全体又は部分における形状等が、当該実用品としての機能と関連してはいるものの、観念上、機能に由来する構成とは別個の彫刻等として把握できるものを挙げています。
これらを踏まえ、本件椅子は、量産実用品であって、その全体又は部分における形状等は、子供用の椅子としての機能に由来する構成としてしかこれを把握することができず、当該構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものではないとして、その形状等は著作物には当たらないと判断し、著作権法による保護を否定しました。
応用美術をどう捉えるか
従来、このような事案は応用美術に関する問題として扱われてきました。本件に関するイメージを得るため、少しこのことについて考えてみたいと思います。
応用美術は、ベルヌ条約のフランス語では les œuvres des arts appliqués、英語では works of applied art と表現されています。ここで、applied artという表現を、あえて「Y apply art to X」という形に展開して考えてみましょう。ここでは理解の便宜上、Yをartists(芸術家)、Xをpractical objects(実用品)として考えることとします。すると「Artists apply art to practical objects.(芸術家は美術を実用品に応用する)」となります。この場合、著作物(works)といえるのは、美術が応用される「実用品」の方でしょうか、それとも、そこに応用される「美術」の方でしょうか。ここで、著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したもの」と定義されています。
次に、この応用美術の枠組みで、絵画や彫刻について考えてみましょう。絵画におけるXには、キャンバスのほか、木板、紙、絹本、銅板、壁、ガラス等、様々な平面・立体物が該当します。この場合、著作物といえるのは、「キャンバス」の方でしょうか「絵画」の方でしょうか。彫刻も、石材、木材、粘土、ブロンズ、陶磁器など様々なものがXに該当し、同様の問いを発することができます。
応用美術の問いに戻りましょう。絵画とキャンバスのイメージに基づけば、著作物といえるのは、美術が応用される「実用品」ではなく、「美術」だと捉えることができます。このような美術的表現が著作物性を備える場合、それは「美術の著作物」として把握され、その具体例として、絵画や彫刻などがあります。
ここで改めて、本判決が著作権法の保護が及ぶ場合について示した、「量産実用品の全体又は部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができる」という判示について考えてみましょう。「思想又は感情の創作的な表現」は著作物の定義そのものです。「機能」は、実用品の実用目的に関わる属性です。「機能に由来する構成」は、その実用品としての機能との関係から形成された構成を指すものと理解できます。
このような理解に立つと、上記判示が、量産実用品の実用品としての側面と、そこにおいて把握され得る美術の著作物との関係を問題としていることがうかがえます。そして、これまで見てきたイメージが、この関係を理解する上で役立ちます。この判示を理解するための一つのイメージとして、量産実用品の実用品としての側面を、美術的表現が具体化される媒体として捉えてみることができます。このように捉えると、著作権法が保護するのは、この媒体それ自体ではなく、そこに具体化される美術的表現であると理解することができます。
次に、媒体と美術的表現との関係について考えてみましょう。媒体は、その材質や形状などに応じて、そこで可能となる表現の在り方に一定の制約を与えます。量産実用品についても、その実用品としての機能は、一定の形状等を要求し、その形状等が媒体側の条件として、そこで可能となる美術的表現の在り方に一定の制約を与えると考えることができます。このような媒体側の条件や、そこから生じる制約それ自体は、著作者による創作的表現ではありません。このように考えると、本判決のいう「観念上、機能に由来する構成とは別個に」という表現も、著作者による創作的表現と、機能によって要請された形状等とを区別して把握するものとして理解することができるのではないでしょうか。
さいごに
ここまで、量産実用品の実用的な側面を、媒体というイメージによって捉えてきました。ただし、媒体それ自体の形状等が美術的表現の一部として取り込まれている場合や、その形状等が実用品としての機能からは必ずしも説明できない場合について、本判決の示した枠組みの中でどのように評価すべきかは、なお検討の余地があるように思います。
令和8年度 日本弁理士会著作権委員会 副委員長
弁理士、技術士(情報工学部門) 根岸 裕一
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