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竜王戦事件から考える棋譜の無断利用と不法行為

弁理士の著作権情報室

将棋の棋譜は、対局の指し手を記録した情報です。このような情報は法的保護されるのでしょうか。著作権法で保護される条件の1つとして、「思想又は感情を創作的に表現したもの」である必要があります。つまり、単なる事実は保護されません。そうすると、棋譜は指し手がどうであったか事実経過を記録したものにすぎず、保護されないことになりそうです。しかし、これに対しては、著作権法の立法担当者が、対局過程も含むのであれば、対局者の「思想…を創作的に表現されたもの」であると主張していたこともあり、古くから論争になっていました。仮に著作物でないとしても、竜王戦のように対局の主催者が費用と労力を投じてインターネットやTVでの中継と競合する形で、対局当日に棋譜を無断配信すれば、法的責任が生じるのでしょうか。竜王戦をめぐる事件は、一審と控訴審でそれぞれ著作権侵害とは別の観点から、ビジネス上の情報利用の限界を示しました。

竜王戦事件から考える棋譜の無断利用と不法行為

事件の概要


日本将棋連盟と読売新聞社が原告となり、原告らの動画配信者が許諾を得ず、竜王戦の対局当日に棋譜を利用した動画を配信したことについて、営業上の利益を侵害されたとして損害賠償を求めた事案です。この中で原告らは、無断配信が許される自由競争の範囲を逸脱する行為であると主張しました(第一審:東京地判令和7年5月21日(令和5年(ワ)第22169号)、控訴審:東京高判令和8年3月12日(令和7年(ネ)第3343号))。2026年9月1日時点で最高裁判所に上告中です。

著作物でなくても責任が生じる場合


一審は、著作物に当たらない情報の利用が直ちに不法行為になるわけではないとしたうえで、著作権法が保護する利益とは異なる、法的に保護された利益を侵害する「特段の事情」がある場合には、不法行為が成立し得るとしました。その判断では、営業上の利益を保護する必要性、利用された側が受ける不利益の内容と程度、利用の目的や態様などを総合し、自由競争の範囲を逸脱したかが検討されます。
本件では、主催者側が棋戦の開催や広報、中継等に多額の費用と労力を投じていたこと、双方の配信が棋譜を知りたい視聴者をめぐって競合していたこと、無断配信が主催者側の収益モデルを損なうおそれがあったことが重視されました。また、配信者は、対局当日の棋譜利用が許諾されないことを認識しながら、情報価値の最も高い当日に、初手から終局までの棋譜を利用していました。裁判所は、このような利用を、主催者側の投下した費用と労力へのフリーライドであり、態様も悪質であると評価しました。

控訴審が「知的財産」と表現した意味


控訴審は、棋譜は著作物ではないため著作権法の保護対象ではないと明言する一方、棋士が研究を重ね、対局から生まれた棋譜が将棋の歴史を形作ることなどを踏まえ、棋譜は「知的財産としての性質」を有し、財産的保護に値すると述べました。「知的財産権」としていないことがポイントです。つまり、棋譜に著作権やそれに準じる排他的権利を認めたという意味ではありません。棋譜を用いた事業上の利益を、不法行為の枠組みで保護する対象を基礎づけるものとして位置付けたものと理解するのが適切です。

損害額の認定


第一審は、読売新聞社について各動画一本当たりの金額を基礎に、約765万円の損害を認定しました。他方、控訴審は、問題となるのは棋譜の利用であるとして、動画本数ではなく、利用された棋譜の指し手数を基準にし、約325万円の損害を認定しました。一方、日本将棋連盟については、棋譜の利用権がないため、第三者の無断利用による損害の発生は認められませんでした。

ビジネスで情報を利用するときの注意点


現在、最高裁判所に上告中ですので、最終的な結論はわかりませんが、冒頭の棋譜が著作権で保護される道は難しくなりました。ただ、本判決から、「著作権がない情報なら自由に利用できる」と単純に考えるのは危険であることはご理解いただけるでしょう。特に、他社が費用と労力を投じて収集・提供している情報を、鮮度の高い時点で網羅的に利用し、同じ顧客を奪い合うサービスに用いる場合は注意が必要です。利用規約やガイドラインを認識しながら正規の許諾を回避していること、相手方の収益構造を損なう態様であることも、責任を基礎づける要素として重要になり得ます。
そして、責任の有無は、競合関係、情報の利用時期・範囲、投下された費用と労力、利用者の目的や態様などの具体的事情によって判断されます。公開情報を事業で継続的に利用する場合には、著作権の有無だけでなく、提供元のガイドライン、契約条件、取得方法、利用時期、利用する分量、相手方の事業への影響まで確認することが大切です。

令和8年度 日本弁理士会著作権委員会委員

弁理士 栗原 佑介

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※ この記事は執筆時の法令等に則って書かれています。

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