公表権とはどのような権利でしょうか?
公表権とは
著作物を創作した著作者は、複製権などの著作権(著作権法21条から28条)を取得するだけではなく、著作者人格権(著作権法18条から20条)を取得します(著作権法17条)。著作権は、著作者の財産的利益を保護する財産権であり、他人に譲渡できるのに対し、著作者人格権は、著作者の人格的利益を保護する人格権であり、著作者の一身に専属するため、他人に譲渡できません(著作権法59条)。
著作者人格権には、公表権(著作権法18条)、氏名表示権(著作権法19条)及び同一性保持権(著作権法20条)の3つがあります。
このうち、公表権は、著作者の著作物でまだ公表されていないものを公衆に提供し、又は提示する権利であり(著作権法18条1項)、要するに、未公表の著作物について、これを公表するのか、及び、公表する場合いつ公表するのかを決定することのできる権利です(公表権には、公表の時期、方法及び態様を決定する権利も含まれると考えられます。)。公表するつもりのない、又は、まだ公表したくない著作物が無断で他人に公表されてしまうと、著作者の思い入れやこだわりが損なわれ、又は、著作者の社会的評価が低下するなど、著作者の人格的利益が害される可能性があります。公表権は、こうした著作者の人格的利益を保護する権利です。
公表権の対象になるのは、まだ公表されていない著作物です。著作者自身又は著作者の同意を得た者により既に公表されてしまった著作物については、もはや公表権を主張することはできず、仮に他人が当該公表後に著作者に無断で新たに公衆に提示等しても、複製権などの著作権侵害の問題は別として、公表権侵害にはなりません。ただし、著作者の同意を得ないで公表された著作物については、依然として公表権を主張することができます(著作権法18条1項)。
なお、著作権法18条2項には、公表についての著作者の同意を推定する規定があり、公表権を制限しています。また、著作権法18条3項及び4項には、情報公開法等による公表権の制限規定があります。
翻案物が原著作物の著作者の同意の下公表された場合、原著作物の著作者は、原著作物についての公表権をもはや主張できないのか?
原著作物とその翻案物が創作されている場合であって、翻案物が原著作物の著作者の同意の下公表されている場合、原著作物についてはもはや公表したものとされてしまって、公表権が働かず、仮に他人が原著作物の著作者に無断で原著作物を公表しても、公表権侵害は成立しないのでしょうか?例えば、脚本に係る言語の著作物を原著作物として映画の著作物が翻案物として創作され、映画の著作物(翻案物)が脚本に係る言語の著作物(原著作物)の著作者の同意の下公表されていた場合、脚本に係る言語の著作物(原著作物)についてはもはや公表したものとされてしまって、公表権が働かず、仮に週刊誌が脚本に係る言語の著作物(原著作物)の著作者に無断で脚本に係る言語の著作物(原著作物)を掲載(引用)しても、公表権侵害は成立しないのでしょうか?
この点に関し、著作権法4条3項には、「二次的著作物である翻訳物が、第二十八条の規定により第二十二条から第二十四条までに規定する権利と同一の権利を有する者若しくはその許諾を得た者によって上演、演奏、上映、公衆送信若しくは口述の方法で公衆に提示され、又は第二十八条の規定により第二十三条第一項に規定する権利と同一の権利を有する者若しくはその許諾を得た者によって送信可能化された場合には、その原著作物は、公表されたものとみなす。」との規定があります。この規定は、二次的著作物(著作権法2条1項11号)のうち翻訳物が、原著作物の著作者若しくはその許諾を得た者によって公表された場合には、原著作物は公表されたものとみなすものです。もし、著作権法4条3項が、翻訳物と同様、二次的著作物である翻案物についても類推適用可能であれば、翻案物が原著作物の著作者の同意の下公表されている場合、原著作物についてはもはや公表したものとみなされてしまって、公表権が働かず、仮に他人が原著作物の著作者に無断で原著作物を公表しても、公表権侵害は成立しないことになります。
しかしながら、東京地方裁判所令和4年7月29日判決/令和2年(ワ)第22324号(以下「東京地裁判決」といいます。)は、上記例示の事案において、翻案物は、翻訳物よりも、原著作物からの創作的表現の幅が広いことを理由に、著作権法4条3項の類推適用を否定し、脚本の翻案物である映画が、当該脚本の著作者又はその許諾を得た者によって上映の方法で公衆に提示等された場合であっても、上記脚本が公表されたものとみなすのは相当ではないとしています。
そうなると、基本的には、翻案物が公表されたとしても原著作物はこれに影響を受けないことになり、翻案物については、翻案物及びその原著作物の種類や両者の関係等に基づいて個別的かつ実質的に検討することになりますが、上記東京地裁判決は、上記例示の事案において、「著作権法2条7項は、上演、演奏又は口述には、著作物の上演、演奏又は口述で録音され又は録画されたものを再生することなども含む旨規定しているところ、脚本の翻案物である映画が上映された場合には、当該脚本に係る実演が映写されるとともにその音が再生されるのであるから、著作物の公表という観点からすると、脚本の上演で録音され又は録画されたものを再生するものと実質的には異なるところはないといえる。上記各規定の趣旨及び目的並びに脚本及び映画の関係に鑑みると、脚本の翻案物である映画が、脚本の著作者又はその許諾を得た者によって上映の方法で公衆に提示された場合には、上記脚本は、公表されたものと解するのが相当である。」と述べ、脚本の翻案物である映画が、脚本の著作者又はその許諾を得た者によって上映の方法で公衆に提示された場合には、上記脚本は、公表されたものとしました。
ただし、翻案物が公衆(著作権法2条5項により、公衆には、特定かつ多数の者を含みます。)に提示等されていない(翻案物が公表されていない)と評価される場合には、原著作物についても公表されたものと解することはできず、上記東京地裁判決においても、翻案物である映画が特定かつ少数の者に対し上映されたにとどまり、公衆に提示されていないため、原著作物である脚本についても公表されたものと解することはできず、結果的に、週刊誌が無断で脚本を掲載(引用)した行為について、公表権侵害を認めています。
公表権侵害が問題となったその他の事件
公表権侵害が問題となったその他の事件としては、東京地方裁判所平成12年2月29日判決(いわゆる中田英寿事件)があります(ただし、上記東京地裁判決とは異なり、翻案物の公表により原著作物の公表があったと言えるかが問題となったのではなく、原著作物の公表自体が問題となっています。)。詩が中学校の文集に掲載されて300部以上作成・配布されたという事案において、当該詩は既に公表されており、かかる公表に著作者は同意していたとして、当該詩を著作者に無断で書籍に掲載した行為について、公表権侵害を否定しています。
参考文献
島並良・上野達弘・横山久芳著「著作権法入門第3版」有斐閣
判例タイムズ1509号221頁
判例時報2549号44頁
令和5年度日本弁理士会著作権委員会委員
弁護士・弁理士 篠森 重樹
※ この記事は執筆時の法令等に則って書かれています。
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