株式会社ベーシック 代表取締役 田原 祐子

公開日:2021年2月26日

独自のメソッドで「日本の強み」を活かすDXを実現

「暗黙知の形式知化」なくしてDXは実現しない
――自社の知恵やナレッジ(暗黙知)が可視化されていないことで、日本企業にどんな問題が起きていますか?
田原 どの会社にも暗黙知、すなわち知恵やナレッジといった無形資産があり、それを見える化し、形式知化していく作業が必要です。ところが日本企業では多くの場合、そういう作業がなされておらず、ノウハウが属人的なものになっています。そのため、ノウハウを持つ人が会社を辞めたり海外に転勤してしまうと、人ごとノウハウが失われてしまうのです。
とくに今、コロナ禍で大きな被害を受けている観光業やホテル業、飲食業などで、社内のノウハウが可視化できていない企業は、この先感染症の流行が落ち着いても、人とともにノウハウも失われているため、事業をふたたび軌道に乗せることが難しくなることが危惧されます。
製造業でもノウハウの可視化ができていないことで、大きなマイナスが生じています。たとえば当社の研修の見学に訪れたメーカーの方が、「うちの設計は、失敗を繰り返しながら経験を積み、8年で一人前になります」と話していました。設計担当者1人ひとりが「個人商店」で、お互いにノウハウを共有していないので、同じ失敗を繰り返してしまうのです。これは組織にとって大きなダメージです。
――なぜそうなってしまうのですか?
田原 そもそも日本ではナレッジ・マネジメントが非常に遅れています。たとえばジェット旅客機は機体が50年持ちますが、航空機メーカーの従業員が50年勤務し続けることはありません。したがって設計者やエンジニアたちが、どんな考え方のもとに、どういうプロセスでどう製品を作ったのかという記録を残しておかないと、引き継ぎができなくなります。そのため海外、とくに欧米の歴史ある企業ではCKO(チーフ・ナレッジ・オフィサー)という役職を置き、社内のノウハウやナレッジを管理しています。
日本でナレッジ・マネジメントが遅れているのは、日本が単一民族国家であったことにも関係があると思います。たとえばマクドナルドでは、店舗スタッフが働き始めたその日から、誰でも同じようにきちんとオペレーションができるようになっていますが、多様な言語に基づくタッフたちに、「おいしいもの」を作って下さいと言っても答えは1つではありません。そこで「おいしいもの」を作るには、この温度で何分揚げればいいというノウハウやナレッジを、まず教える必要があるのです。
日本では昔から「匠の技」や「あうんの呼吸」、「背中を見て学べ」とよく言われますが、「背中を見て学ぶ」にしても、人はそれぞれ見ている部分が違います。実際、私も営業研修で、2人の新人を、1人のできる営業マンに同行させて勉強させたことがありました。彼らが帰社したあと、先輩の営業マンから何を学んだかを尋ねると、1人は「元気よく提案すればいいんですね」と答え、もう1人は「何を、どう、提案すればよいかがわかりました」と言いました。人材教育で若手にノウハウを学ばせる場合でも、学んでもらいたいことの中身を見える化せず、相手に任せきりで「背中を見て学べ」と言うのでは、教える側の配慮不足だと私は思います。
 ――日本企業がDXを進めるうえでも、暗黙知を形式知化して共有することが大切ですね。
田原 今、政府がDXを推進している背景には、日本の多くの企業のレガシーシステムが暗黙知で構築されていて、形式知が残されていないという事情があります。そのため、先輩たちがどうやって社内のシステムを構築したのかというプロセスがわからぬまま、レガシーシステムの上に新たなシステムを付加しようとしているのです。
もともと日本企業の組織は、個々に大きさも形も異なる石を組み合わせてパフォーマンスを発揮する「石垣型」もしくは「すり合わせ型」と呼ばれており、企業の組織やレガシーシステムもそれをベースにしたものになっています。ところが企業がDXを進めていくには、標準化された部品(モジュール/機能単位)を組み合わせてシステムを構成するモジュール型の組織になっていなければいけません。
そのためには自社の業務内容を見える化してモジュール化し、最適なフローを構築していく作業が必要で、それを行うことによってシステム化が容易になります。DXはもちろん、AIやRPAの導入、さらには内部統制などの社内全般の可視化にも対応できるようになるのです。
全員が学び合い成長する組織を作る「フレーム&ワークモジュール」
――あらゆる暗黙知を形式知化する「フレーム&ワークモジュール」とはどんなものですか?
田原 当社独自のメソッドで、非常にシンプルでわかりやすいのが特徴です。基本的には業務内容を見える化してモジュールに分解し、最適な手順通りに並べ換えるというもので、誰でもマスターし実践できます。
具体的には「見える化(ステップ0)」→「モジュール化(ステップ1)」→「フレーム化(ステップ2)」→「KW リスト化(ステップ3)」→「ワーク・PDCA(ステップ4)」→「ナレッジミーティング(ステップ5)」→「ナレッジデータの蓄積(ステップ6)」の手順で業務改革を進めていきます(図参照)。
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――具体的には、暗黙知をどう可視化して形式知化し、共有していくのですか?
田原 たとえば同じ製品でも、ベテランが設計したものは壊れないのに、若手が設計したものはよく壊れるというケースがあるとします。仕事ができる人は他の人と少し違う作業を行っていることが多く、本人は暗黙知を言葉にできず、経験によって無意識に行っているため、「なぜそうするのですか?」と質問して初めて、「これはね、ここに使われているこの素材が壊れやすいので、あらかじめこういう処理をしておくんだよ」という答えが返ってくるものです。
つまり、普通は1→2→3→4→5と進めていく仕事に、ベテランは6の手順を加え、6→1→2→3→4→5の順番で設計を進めているのですが、こういうことは1人だけではわかりません。職場のチーム内でミーティングを行って初めて、「あとでこんなことが起きて困らないように、事前にこういう処理をしておく」といった形で、これまで暗黙知だったノウハウが言語化され形式知化されるのです。
この会議を「ナレッジミーティング」と言うのですが、皆がそういう形で「そうか、素材を考慮するのも大事なんだ」と気付いて「自分もそうしよう」と思うこともあるでしょう。あるいは「自分のこのやり方は、なぜいけないのでしょうか?」と質問すると、「過去にこういう経験をしたから、そういうやり方はしないほうがいい」と教えてもらったりしながら、お互いの事例を共有して学んでいくわけです。ナレッジ・マネジメントは個人でもできますが、皆でナレッジを持ち寄り、仕事の進め方について議論することで、チームワークが大きく向上します。私たちはこの「ナレッジミーティング」を、パソコンの画面を見ながら、バーチャルでできるOJTとして実施してきました。
――テレワークで人材育成に苦労している企業にも有効ですね。
田原 日本では企業内教育の7、8割をOJTが占めると言われますが、テレワークの普及にともない、対面でOJTを行うことが難しくなっています。
こうした中、部下指導を行う上司が困っているのは、部下たちが業務の途中途中で何をしているのかがわからないこと。そもそも業務のプロセスが可視化できていないため、何がどう結果に結びついているのかがわからないまま指導や評価を行わざるを得ないのです。
当社ではこの「フレーム&ワークモジュール」メソッドを20数年指導してきましたが、今では、対面だけでなく、無料の「Zoom」やマイクロソフトの「Teams」などでつながりながら、対面OJTと同じことができるようになっています。
「学習する組織」が自然に実現
――個人の感性に任されることの多い接客ノウハウやホスピタリティなども可視化し共有できるのですか?
田原 「フレーム&ワークモジュール」メソッドで暗黙知を形式知化する作業を通じて、ホスピタリティやセンス等も可視化することが可能です。
ポイントは「作業」ではなく、「仕事」をすることです。たとえば看護師さんが「腕を出して下さい」と言って患者さんの腕を消毒していきなり注射したら、それは「作業」としては成立しても、ホスピタリティのある「仕事」とは言えません。注射を打つ前に「ちょっとチクッとしますよ」と患者さんに声をかけ、心を配るのがホスピタリティある仕事と言えるのです。
これも、仕事のプロセスが可視化されていて、「注射を打つ時に患者さんが怖がるので『ちょっとチクッとしますよ』と言うと相手の緊張がほぐれ、筋肉も柔らかくなって針を刺しやすくなります」と説明があれば、新人も患者さんに対するホスピタリティや心配りを具体的にどう示せばよいかを理解でき、仕事の面白さや達成感も高まります。
ホスピタリティに溢れる仕事ができるかどうかは、経験年数や個人のセンスにもよりますが、そういう感性的な部分も、チームの各メンバーがナレッジを持ち寄り共有することで、誰もがマスターできるのです。SDGs(持続可能な開発目標)の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」という原則や、「働き甲斐も経済成長も」の実現に向け、このメソッドを通じて全員が育つ環境が構築できます。
――まさに全員がナレッジを持ち寄り「学習する組織」が自動生成されるのですね。
田原 そうですね。このメソッドを通じて業務改善を行う中で、自分の仕事の手順が他のメンバーとどう違うのかも理解しながら、皆が良い形で学習し、PDCAを回していくことで、仕事がさらに上達していくのを実感できます。
この「フレーム&ワークモジュール」を機械的な方法だと捉える人もいますが、そうではありません。逆に、より深いところを掘り下げていくことで、面白いと感じることもあります。
先の注射の話でも、「人は緊張すると筋肉が硬くなるのか」ということに気付き、「なぜなんだろう」と、教える側が好奇心を持つと、教えられる側も学びやすく、吸収が早くなります。
仕事のやり甲斐とよく言いますが、結果を出すことで達成感を得るだけでなく、仕事をしながら学び、気付きを得て成長し続けていくことや、仲間で褒め称え、協力するプロセスが、非常に大切だと思いますね。
――これまでどれだけの人が「フレーム&ワークモジュール」を利用しましたか?
田原 私が会社を設立したのが1998年ですが、これまでかなりの件数をこなしてきたので、約15万人の方に受講していただいていると思います。セミナーや研修以外で企業を訪れて経営者からの相談に応じた事例も約1400件に上ります。
オンラインで学べるeラーニングもスタート
――「フレーム&ワークメソッド」を学びたい人はどんなサービスを利用できますか?
田原 現在、コンテンツを制作中ですが、当社が実施しているリアルの研修やワークショップ、セミナーなどを、今後eラーニングに移行していきます。
たとえば「フレーム&ワークモジュール」のステップ0から4までをeラーニングで学びながら自分たちで実践し、わからないことを質問できるコースや、社内インストラクター・コンサルタントの育成講座も設ける予定。社内で何人でも学べる、基本の見放題の動画講座もありますから、広く皆さまのご要望に合わせた選択が可能です。
冒頭でも述べた通り、最近DXに取り組む企業が増えていますが、見える化ができていないまま、いくらシステムを作っても期待通りの成果は得られないでしょう。実際に経産省の方と話しても、これが日本企業の一番の弱点だと感じます。より多くの方に暗黙知の形式知化の重要性を知っていただきたいと考え無償講座も提供する予定です。
今年3月中旬頃の公開を目指して準備中で、eラーニングで学ぶユーザーの方からいただいた質問やご要望などに応じて動画を増やし「よくあるQ&A」などのメニューも設けていきたいですね。
一度学ぶと、新入社員からベテランまで、社内で楽しくお互いに協力しながら、チームワークもよくなり、人や企業の成長へと繋がっていきます。
日本型経営の強みを活かしたい
――「フレーム&ワークメソッド」を通じて目指すものは何ですか?
田原 日本の強み、日本の経営者の強みを活かしたいと思っています。経営者の知恵には、AI時代には適用できないものもある一方、時代によらず普遍的に通用するものがあり、年をとると駄目だというのは間違いです。低成長時代が長く続いているとはいえ、日本には「ジャパン・アス・ナンバーワン」と言われた時代もあるわけですから、良いところは活かし、駄目な部分はキャッチアップを行う。
石垣型からモジュール型の組織に移行しつつ、従来の日本型の良い部分も活かした経営を模索していくべきではないかと、私は思うのです。
――変えるべき部分を変えていけば、もっと日本の強みを活かせるということですね。
田原 そうですね。良い部分は残しつつ、変えるべきところを変えていくという「代謝」がうまくいっていないのでしょう。その意味で、日本の「和」の精神は、私たちが残していくべき最も大切なものだと思います。
「エコファイバー」で環境マネジメントにも取り組む
――オーストリアのハイテク繊維メーカー「ENJO(エンヨー)」の掃除・ボディケア用品も取り扱っています。
田原 当社がかねてから取り組んでいる環境マネジメント推進活動の一環として、2014年から、洗剤を使わなくても水だけで汚れが落ち、環境にも人の手肌にも優しい同社製品の代理店を務めています。
ENJOはオーストリア政府から、秀でた業績を挙げ、経済分野で重要な役割を果たしている企業に与えられる「オーストリア紋章」を拝受した同国屈指の優良企業。「有害な化学薬品や洗剤の使用量を最小限にし、水質および土壌汚染の減少に貢献すること」を目的に掲げ、オーストリアの繊維工業地帯に設立されました。
同社のハイテクファイバー製品は家庭ではもちろん、世界的に有名な自動車メーカーやホテルを始めとするさまざまな施設で採用され、世界26カ国以上に納入実績があります。製品にはキッチン、浴室、床、窓用などの掃除用クロスに加え、洗顔用フェイスパッド等のスキンケア用品があり、オフィスや各種施設、工場向けの業務用クロスも扱っています。
従来のクロスでは、拭いた部分がきれいに見えても、表面上の小さな溝や隙間に汚れや洗剤の残留分が残っています。ENJOのクロスでは、超極細のファイバーが、掃除したい部分の表面にある微細な溝や隙間に入り込み、汚れをかき出し、浮かび上がらせるのです。浮かび上がった汚れは、水を介してファイバー内に捕らえられるので、後戻りしません。
水だけで掃除ができる商品なので、掃除の工程が削減でき、時間短縮とスタッフの負担軽減に効果があるほか、5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)を通じた職場環境の美化や安全性向上、業務効率化、社内モラルの向上、業務生産性向上にもつながることから、「ENJO」のクロスを活用した職場の働き方改革の提案を行っています。
また「ENJO」製品の販売を希望する個人事業主や企業に向けて、営業研修およびチラシ等の営業ツールの作成支援、「ENJO」製品導入による清掃作業の時間短縮、業務効率化、マナー向上のための提案サポートも実施しています。リスクがなく副業としても適しています。

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洗剤を使わなくても水拭き、乾拭きだけで汚れが落ちる「ENJO(エンヨー)」のエコファイバー製の掃除・ボディケア用品。一般家庭だけでなくホテルや工場、オフィスなどでも広く使われている

「取材・構成 ジャーナリスト 加賀谷貢樹」

田原祐子(たはら ゆうこ)1998年、同社を設立し、東証一部上場企業などに向けて、人材育成全般・生産性向上や営業指導・女性活用研修等を手がける。「日本の強みを活かす、経営戦略&コンサルティング」をモットーに、社内の暗黙知を形式知化する独自の「フレーム&ワークモジュール」メソッドの普及などに努める。フレームワーク普及促進協会代表理事、日本ナレッジ・マネジメント学会理事などの役職を兼務。2021年4月、社会情報大学院大学実務教育研究科教授に就任予定。

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