東京・足立の「定年がない会社」
9年ぶりに企業の倒産件数が増加した。その主な原因は人手不足だそうだ。今さらですか、と言わざるを得ない。そんなことは昔から分かっていたことだ。過去の出生率を見れば未来の働き手の数は分かる。単に国も企業も何も対策を講じてこなかったというだけの話。
皮肉なことに労働力不足が叫ばれている一方、他方では働く気力も体力もあるのに職のない高齢者があふれている。働き方改革も悪くないが、このミスマッチにもっと目を向けるべきではないか。
東京都足立区に独自の働き方ルールを定め、全従業員の3分の1が60歳以上、90歳の正社員も現役で毎日元気に働いている会社、横引シャッターがある。定年もない。市川慎次郎社長によれば、昔は定年制があったが今まで途中で辞めた人はいても定年で辞めた人はいないという。創業48年、グループで100人の社員を抱える中堅企業の話である。
定年どころか60歳を過ぎてから昇給するケースも少なくないという。市川社長は「当然でしょう。うちではその人の能力と仕事の成果によって賃金を払っているので、責任範囲が増えたり技能が向上したりして生産性が上がれば当然賃金も上がります。年齢は一切関係ありません。もちろん、その反対もありますが」と話す。
同社が高齢者を雇うと聞いて勘違いして応募してくる大企業からの定年退職者も時々現れるという。ただ元大企業組は主だった専門性もなく、元部長だ、元支店長だと役に立たない昔の肩書ばかりを吹聴するからほとんど長続きしないと言う。
横引シャッターは社名の通り水平に開閉する特殊なシャッターを作っている。最高齢社員90歳の平久守さんはシャッターを支える金具を作っているが、頼まれれば他部門の工作機器の不具合も直してしまうから若手社員からの信頼も厚い。
平久さんは毎日往復1時間かけて自宅から自転車で通勤している。会社はいつまでも働いてほしいという思いから雨の日は危ないから来なくて良いと特例を設けているが、雨の日でも平久さんは必ず時間前に現れる。
平久さんを始め高齢の職人を正社員として雇い続ける理由を、「技術力が高く、一芸に秀ているから意識も高く、教育も管理もいらない。何より他社から引き抜かれる心配がない」と市川社長はうれしそうに笑
積極的に働き方改革を進めているようにも見える横引シャッターだが、そこには先代から受け継いだ「三方良し」のコーポレートカルチャーがある。
顧客、社会、社員の3者の満足度の向上が経営目標だ。特に社内でのコミュニケーション能力や協調性以上に社員同士の相性を大切にしている。現場では職人の技とプロとしての気概が全てであり、そこに年齢差や上下関係などが入り込む隙はない。
働き方改革法案の目玉、「高度プロフェッショナル人材」はここにいた。多分、日本には隠れたプロフェミッショナル人材などどこにでもいるのだろう。何歳になっても働ける人は働き、そしてその成果に応じた報酬を受け税金も払う。当然のことだ。
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平松庚三(ひらまつ・こうぞう)
実業家。アメリカン大学卒。ソニーを経て、アメリカン・エキスプレス副社長、AOLジャパン社長、弥生社長、ライブドア社長などを歴任。2008年から小僧com社長(現職)。他にも各種企業の社外取締役など。72歳。北海道出身。
「フジサンケイビジネスアイ」