建築関係、サービス業、システム開発などの労働集約型の業界では慢性的な人手不足が問題となっている。週休2日を採用している一般の企業では年間休日がおよそ120日だから、1年間のうち会社に行く日は3分の2だ。
他方で長時間労働の解消は働き方改革の一つ目の柱であり、企業は時間外労働を削減するように取り組む必要がある。このため、企業は時間当たりの労働生産性を上げながら残業を減らすことに取り組む必要がある。
その方法の一つとして、残業代込み給与制度がある。
1日当たり1時間あるいは2時間程度の残業代を含んだ給与を設定して、その時間内の残業の有無にかかわらずその給与を払う。ただし、その残業時間枠を超えて仕事をすることは特段の理由がなければ許されず、上司の個別の許可を得るものとする。もちろん設定された残業時間を超えればその時間の残業代は発生する。
長時間の時間外労働が常態化している職場では、いきなり残業を一切禁止するのは業務上も無理があり従業員も抵抗するかもしれない。そこで、その一歩手前のステップとして利用するのだ。
従業員は残業しない方が1時間当たりの実質的な給与は高くなるからダラダラ残業をすることがなくなり、所定の労働時間の間に仕事を効率的に終わらせようというモチベーションを持つことを期待できる。
そして、このような制度は労働法に違反するものではないと考えられている。
ただし、この制度を導入する場合、支給された賃金のうち、いくらが残業代部分なのかを明確にする必要があるので注意が必要だ。
ある最高裁のケース(2017年7月7日)を紹介しよう。 医療法人とそこに勤務している医師とは、深夜・休日以外の残業は基本給に含まれるという年俸制の雇用契約を結んだ。しかし、この雇用契約書には支給される年俸のうちいくらが残業に対する割増賃金部分なのか定めていなかった。
最高裁は、「通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができないという事情の下では“当該年俸の支払いにより”時間外労働等に対する割増賃金が支払われたということはできない」と述べて、時間外労働に対する残業の支払い義務を認めた。
労働基準法の定める残業代が支払われたかどうかを確認するためには、基本給部分と残業代部分が区別されていなければ計算することができないから、残業代が払われたとはいえないという理屈だ。
残業代込み給与方式の導入は、所定労働時間および時間外労働時間の給与の切り下げにならないのであれば不利益変更にあたらないと解される。
しかし、就業規則の変更を伴うことになるので、労働者の代表からの意見聴取や労働基準監督署への届け出が必要となる。変更する就業規則や労働契約書の内容は、前記判例を踏まえて通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを明確に判別できるようにすることはもちろん、毎月発行される給与明細にも所定労働時間の給与と残業代相当分を分けて記載する必要がある。
【プロフィル】
古田利雄
ふるた・としお 弁護士法人クレア法律事務所代表弁護士。1991年弁護士登録。ベンチャー起業支援をテーマに活動を続けている。東証1部のトランザクションなど上場企業の社外役員も兼務。東京都出身。
「フジサンケイビジネスアイ」