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米紙で「聖杯」と絶賛されたヘッドホン

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海外の有名DJやミュージシャンが絶賛し、「ヘッドホンの聖杯」とも評された商品を生み出す音響機器メーカー「PHONON(フォノン)」。社員は販売員も含めわずか6人。音源制作の最終的な調整を行うマスタリングのプロとして長年活躍する社長の熊野功雄さん(45)が音響機器の製作に乗り出したのは、「音楽制作をもっと“個”に戻したい」という強い思いからだった。

東急田園都市線宮前平駅から車で約10分。住宅街の真ん中にある本社兼自宅は、プライベートスタジオとして利用できるように改造されている。部屋の中には所狭しと音響ケーブルが並び、さながら秘密基地だ。熊野社長は「昔は都心でやっていたのですが、今は隠居状態ですね」と笑う。

◆伝えたい音を再現

高校中退後フリーランスを経て、熊野社長は大手の音楽制作会社に入社。国内のトップアーティストの楽曲制作に関わったが、徐々に音楽業界に違和感をぬぐえなくなったといい、「売れ筋や流行などのしがらみが多く、真正面から音楽に向き合えないつらさがあった」。

制作会社を退社して没頭したのは、ノイズ除去や音圧調整を行い、「アーティストが出したい、伝えたい音」により近づけるマスタリングの作業だった。

フィギュアスケートの羽生結弦選手の勝負曲として注目を集めたロックバンド「ONE OK ROCK」の初期のマスタリングも担当。「“真実”の音に近づこうとするかなり純粋な作業」(熊野社長)を極める中で、音響ケーブルなどに独自の工夫や開発を重ね、「この技術を生かせないか」と考えたのがPHONONの始まりだった。

個人でもパソコンを使用しての音楽制作が容易になる中、いまだに高額の資金が必要となるのはスタジオ代だという。「正確に調整された音響がない場所で作った音はゆがむ」(熊野社長)のだ。

そこで「音楽制作がもっと個人にも身近になれば」と目指したのが、「これさえあれば掌に高級スタジオと同じ音が手に入るヘッドホン」だった。

制作に協力したのは、熊野社長自身が技術開発をする中で知り合った、大手音響機器メーカーの元取締役ら、昭和期の日本のオーディオブームを支えた技術者たちだったという。

定年退職後に技術をもてあましていた技術者のアイデアを結集させて制作されたのが、現在の看板商品であるヘッドホン「SMB-02」のプロトタイプだった。

SMB-02は、スタジオモニターの定番ヘッドホンより約1万円高い。それでも評判は販売員らを通じて徐々に伝わり、米紙ニューヨーク・タイムズでは「ヘッドホンの聖杯」と絶賛された。「こんなに思い通りの音が出るなんて」と涙を流したアーティストもいたという。

一度音を聴くとその広がりと透明感に驚く。ヘッドホンにもかかわらず、スタジオの真ん中に立っているような四方から音が迫ってくる感覚を覚えるのだ。

◆真摯に向き合える場


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2015年に発売された「MobileHi-FiPhone4000」を愛用するハウスミュージックの巨匠、リル・ルイスさん(PHONON提供)

2015年には折り畳みが可能で比較的安価な「Mobile Hi-Fi Phone 4000」を発売。DJが移動しながら使用するのを念頭に制作したものだが、「一般の人もぜひ聴いて、アーティストが出したい音そのものを感じてほしい」。

若い頃に覚えた違和感への一つの答えであるヘッドホンを手に、熊野社長は「表現したい音に個人が真っすぐ向き合える場を作っていきたい」と力強く語る。(岩崎雅子)

                  ◇

【会社概要】PHONON

▽本社=川崎市宮前区初山2-8-24-1((電)044・863・4838)

▽設立=2010年

▽資本金=500万円

▽従業員=6人

▽売上高=3000万円(15年3月期)

▽事業内容=音響機器の製造・販売

                

 ≪インタビュー≫


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熊野功雄社長

■新規参入だから自由に作れた

--新規参入のハードルはなかったか

「商品の製作自体は今まであった技術を一つにまとめてブラッシュアップしたものなので、それほど大変ではなかった。音響機器ブームが去ってからは、需要がないせいか各メーカーでも根本的な技術的開発は進んでいない。ある意味、社内の圧力がなく、小ロットで自由に作れたことが、音質に純粋に向き合えてよかったのだと思う」

--難しさを感じたのはどういったことか

「最初の頃は信頼して部品などの製作を任せた方から出来の良くないものが上がってくることも多く、販路に乗せてから初期不良品として相当数が戻ってきた。売れば売るほど赤字になり、一時は人間不信で数十キロやせてしまった。それでも、購入者の方からは温かく応援してもらえていたのでありがたかった。現在は東京・町田と台湾の企業に製作を任せているが、工場生産を軌道に乗せるまでが大変だった」

--今後の展開は

「音響機器は実際に聴いてもらえないと価値が伝わらないため、海外でもより気軽に試聴をしてもらえる環境をつくっていきたい」

--新たな商品のアイデアは

「ラジカセ(ラジオカセットレコーダー)サイズのスピーカーだ。持ち運びができるラジカセサイズの音響機器は十数年前から進化しておらず、いまだにその頃の製品を探して買う人が多い。現在は国内のトップレコーディングエンジニアとコラボレーションして、キーボードの演奏の音源とともにラジカセを『再生デバイス』として売る話が進んでいる。演奏されたその場で聴き手が得た瞬間の感覚を、そのままどこでも共有できるような音響機器を作ってみたい」

                  ◇

【プロフィル】熊野功雄

くまの・いさお 高校中退後、大検取得。フリーランスを経て、1996年に大手音楽制作会社に就職。約5年後に独立し、フリーで音質や音圧、ノイズの最終調整を行うマスタリング業務に携わる。2010年にPHONONを創業。海外で音楽家としても活動する45歳。東京都出身。

≪イチ押し!≫


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PHONONの看板商品「SMB-02HEADPHONES」

■シンプルさと優れた表現「SMB-02」

「SMB-02 HEADPHONES」は、PHONONが初めて発売したヘッドホンで、現在まで細部の部品などにマイナーチェンジを重ねてきた定番商品。長年マスタリングに携わってきた熊野功雄社長が納得のいくまでチューニングを行っており、空間表現力や低域の再生に優れている。

デザインは技術者の使う“仕事道具”といった風貌(ふうぼう)でシンプル。長時間の装着でも負担が少ない軽さを実現し、厚めのイヤパッドを採用した。

スタジオでないと難しい細かい音の調整がヘッドホンだけでも可能となり、ハウスミュージックの巨匠、リル・ルイスさんやグラミー賞受賞のサウンドエンジニアが愛用するなど、海外でも高く評価された。

大手家電量販店や楽器専門店などで試聴が可能。価格は3万2100円。

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