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株式会社横引シャッター 代表取締役   市川 慎次郎

社員自らが考え成長する組織を作るため、「社長戦力外」の方針を貫く

シャッターは上下に開閉するものだという常識を覆し、「横に引くシャッター」を世に送り出して35年が経つ。ショッピングモールの店舗や地下鉄の売店、KIOSKなどでお馴染みの「横引きシャッター」は、すべてがオーダーメード。防火・防煙にも対応し、「中を見せるシャッター」では防犯の役目を果たしながら、閉店後も店舗のPRが可能。開閉に力を要しないため、高齢化への対応にも役立つ。「横引きシャッター」の専門メーカーである同社の市川慎次郎社長に、コロナ後の成長を見据えた組織作りの取り組みについて聞いた。

コロナ禍で物件の動きが鈍り、苦労した

――コロナ禍の影響はどうでしたか?
当社は、業務自体には大きな影響はなかったほうです。ただ、2020年4月7日に緊急事態宣言が出たあと、テレワークが急速に広がりました。それにより、仕事がなくなることはなかったものの、1件1件の仕事が流れるスピードが遅くなったのです。
当社から業者さんに連絡をしても、業者さんからその上の業者さん、さらにその上の施主様がテレワークになっていて、レスポンスをいただくのに時間を要しました。ある意味で、とても空気が緩くなり、やきもきしましたね。
――物件が動かなくなったのですか?
動きが遅いという感じです。でも、コロナ禍でオリンピックの1年延長が決まってから、今のうちに工事をしてしまおうという現場がかなり出てきました。日本武道館さんにもシャッターを7台納入しました。
――オリンピック延長にともなう駆け込み需要ですね。
そうです。さまざまな施設や大手企業の工場などから受注がありました。このあとオリンピック需要が見込めるだろうから、今のうちに設備投資をしておこうというわけです。住宅向けの案件は、財布の紐が固くなったせいか、なかなか動きませんでした。そのぶん、駆け込み需要の大型案件が取れたお陰で、全体的な売上は微増か前年並みで推移したのです。

止まったら倒れるだけ。やれることはすべてやる

当社がコロナ対策に動き出したのは、かなり早かったと思います。2020年1月末には担当部署に大号令をかけて、社員とその家族分のマスクやアルコール、次亜塩素酸などを確保させました。
その後、2月に中国の旧正月が終わった頃から、日本国内でも新型コロナウイルス感染症が蔓延。まず旅行業が大打撃を受け、土産物屋やホテル等に飛び火しました。そして、飲食業が厳しくなり出したのが3月、4月頃。「これから当社にどんな余波が押し寄せてくるのだろう」と毎日考えていたら、私が帯状疱疹(たいじょうほうしん)を発症してしまったのです。
これはストレスが原因です。「もう守ることばかりを考えるのはやめよう。今できること、攻められることは何でもやろう」と、流れを変えました。 その頃、私は「今ここで止まってしまったら、倒れるだけだ」と、社員にも社長仲間にもよく話していました。当社が今の状態、今のレベルでやれることは全部やる。とにかく動こうと決めたのです。
――その1つの試みが、オ-ダーメードのアクリルパーティションですね。
はい。これはもともと、寄贈目的で作ったものです。私がある日の午前中に足立区役所を訪れたら、パーティションを置いてある部署と置いていない部署があったのです。数が足りないのだなと思いました。そこで午後に会社に戻ってからマンガ絵を描き、「こういうのを作ってくれないか」と工場の担当者に依頼したのです。
できあがった製品の写真を撮り、市役所の方に見てもらったところ、現物を見たいということでした。製品を見てもらいながら打ち合わせを行い、仕様を決定。既製品のパーティションよりも高くしたものをスタンダートタイプにしました。来訪者の方との打ち合わせが終わり、席を立ったあと、飛沫がパーティションを越えて飛ぶのを避けたいというご要望に応えたのです。
ゴールデンウィーク明け頃に話が正式に決まり、中2日ぐらいで100台作りました。足立区さんには結局、200台ぐらい寄贈したと思います。その後、石川県や熊本市、沖縄県のほか、地元の綾瀬警察署、足立区社会福祉協議会さんなど、ご縁のあるところに寄贈させていただきました。
そういう動きをしていく中で、お付き合いのある社長さんたちから「うちにも売ってよ」といわれるようになりました。「お売りするほどのものではないですから」といって差し上げていたのですが、ご依頼が増えてきたので、コロナ禍の中でこんな取り組みをしていることをPRするブランディング戦略として、ご要望があれば販売もしています。
――ホームページで西新井大師(東京都足立区)門前のお団子屋さんの例が紹介されています。規格品を販売するのではなく、個店に合わせて製作しているのですね。
ここのお団子屋さんの場合は、カウンター越しに対面販売がしやすいように、天井から吊り下げるタイプにしました。レジ前のパーティションは脚の取付位置を工夫し、会計カウンターを広く使えるようにしました。現場に行ってお客様のご要望を聞き、採寸もしながらカスタマイズし製作しています。
既製品でいいのなら、安く手に入るでしょうし、それならわざわざ当社にお声がけはありません。うちはアクリルパーティションの後発組ですから、既製品ではカバーできないところを手がけることにしています。 また感染症対策として、当社のシャッターには「手かけ」や「カマチ(シャッターの先頭部分)」に抗菌コーティング「エコバリア」の標準施工(無料)も始めました。これは、足立区内の企業とのコラボによって実現したサービスです。
今回のコロナ禍で感じたのですが、こうした時流を見据えた取り組みを行っていると、社員たちがとても安心してくれるのです。「社長はしっかりアンテナを立て、お客様や外部への対応を行っている。何があっても、自分たちにもそうしてくれる」と。これはある意味、社員たちに対するブランディングとしても大事なことだと思います。
同社製造のアクリルパーティション越しに話す市川社長とオリジナルキャラクター「カニ部長」

「社長戦力外通告」と社員へのLINEメッセージ――自律型組織実現の道のり

――時流に合わせて、自分たちが取り組んでいることが世の中の役に立っていると、社員の皆さんが実感していることも大きいのでは?
そうですね。「社長が一生懸命頑張っているから、俺たちも頑張ろう」と思ってくれているようです。その意味で、今当社はとても良い雰囲気になっています。社長と社員の関係ということでは、今が一番良いのではないかと思いますね。
私は毎日、社長メッセージを社員に発信しています。全社員が参加しているLINEグループに、私が考えていることはもちろん、何か問題が起きた場合には、その背景説明などを書き、お昼時を目安に送るのです。
――社員にどんなメッセージを毎日LINEで送るのですか?
たとえば問題を解決するときには、先に指示が飛びますよね。そこで、あの指示にはこういう意味があるとか、後々にこんなことが起きる可能性があるから、ああいう判断をしたという裏話をしています。最近呼んだ本の話もします。基本的には、私の頭の中にあるものをすべて文章にして、皆にメッセージを送ることにしています。
2021年4月1日から始めたのですが、社員たちが休憩中や昼ご飯を食べているときの雑談の中で、「社長メッセージにこんな話があったよね」と話題になることを期待し、毎日発信し続けています。
――その理由は?
私は7年前に、「社長戦力外通告」を全社に向けて発表しました。これは、私が通常業務にはできるだけ手を出さず、マネジメント業務に専念します、という宣言です。これはこれで成功しましたが、デメリットもありました。
社員1人ひとりが「社長の思い」や「気持ち」を忖度するので、それが正しいときは良いのですが、間違っている場合もあるのです。社員の忖度が間違っていても、私が通常業務から離れているので、「それは違うよ」といってあげることができない。
そのため、社員が「こんなとき、きっと社長はこうするだろう」と考えて行ったことが間違っていて、逆に叱られたということが何度か起きました。社長である私が、自分の考えや思い、内面で感じていることを伝える機会が少なくなったことが原因です。
そのれにより、みんなの判断基準、「物差し」がブレてしまったのです。だから、そういう間違いが起きないように、社員にしっかりメッセージを送り、伝えることはきちんと伝えなければいけないと考えました。
――目指すのは、社員さんがきちんとした「物差し」を持ち、自律的に動ける体制作りですね?
そうですね。時間もかけて、伝えるべきことをきちんと伝えることが大事です。社長が社員に考え方を伝えたつもりでも、伝わっていないことが少なくありません。伝えたはいいものの、それがきちんと伝わったかどうかを確認していないのです。
社長自身は伝えたつもりでも、社員は「社長が伝えたといっているんだから、きっとそうなんでしょう」ぐらいにしか思わない。あるいは、聞いたとも思っていないのです。その結果、「いってもわからない」「わからないからやらせられない」という悪循環に陥ってしまいます。ですから、社長自身がマネージャーもやりながら、プレーヤーとしても動き回る選択をせざるを得ないのです。
私は7年前に、自分はプレーヤーから脱却しマネージャー業に専念すると、社員たちにはっきり伝えました。会社の将来を考えると、自分がプレーヤーも務めていては、今後こうあるべきだという方向には進めない。絶対にカベにぶつかってしまいます。そのため、「自分はプレーヤーから卒業する」と社員たちに繰り返し、繰り返し伝え、やらせてみて失敗したら修正し、また失敗したら修正することを繰り返してきました。
ただ「言っても細かな意思が伝わらない」とか「言っても理解できないからやらせることができない」とかの理由を付けて、結局は自分がプレイヤーとして働くことを余儀なくされている社長さんは多いです。以前の私もそうでした。だけど、社員が理解するまでトコトン伝え続けることで、プレイヤーからマネージャーに転換することができ、社長は本来の社長業に専念できると考えたからです。
今のような組織風土に、すぐになったわけではありません。組織を動かしてみたら、予想できない「落とし穴」が数多く出てきます。そこであきらめてしまうことが多いものですが、私たちはあきらめません。ここで問題が生じたらその穴をふさぎ、別の問題が生じたらまたその穴をふさぐ作業を繰り返してきました。そうした中で、7年前の「社長戦力外通告」で目指した組織のあり方を、ようやく実現できるようになったのです。

社長自身がステージアップしなければ、会社も社員も成長しない

――EMBA(経営学修士・経営管理修士)コースを受講しているそうですね。
2020年の秋から、「人を大切にする経営学会」と千葉商科大学が共同開講している「中小企業人本経営(EMBA)プログラム1年コース」を受講しています。 ここのところ、当社の売上高はほぼ前年比横ばいで推移してきました。組織も社風もかなり改善され、実際に良くなってきてはいるのですが、私自身がずっともどかしさを感じていました。コロナ禍以前の2、3年前から、当社はあまり成長しておらず、伸び悩みを続けていたからです。
あれこれ考えた末、それは結局、社長である私がステージアップしていないからだと気付きました。では、ステージアップするにはどうしたらいいか、何を目指したらいいのかと考え、たどり着いたのがEMBAの取得とドラッカーの経営学を学ぶことでした。 ドラッカーについては、数多くの経営セミナーが開催されており、今回はやめようかと思いましたが、たまたまご縁があり、素晴らしい講師の方と出会いました。自分が学びたかったのはこういうことで、「だから世間の社長さんたちがドラッカーを学ぶのか」と気付かされました。
一方、「人を大切にする経営学会」の発起人代表を務めているのは、『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版)で知られる法政大学大学院政策創造研究科教授の坂本光司先生。当社も同学会が主催する「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞に他薦でエントリーしたことがあります。体験講義を聴き、自分がやりたい経営とはこういうものだと納得できたので、受講を決めました。
――どんな会社を目指しているのですか?
私は当社を、大手企業のように大きくしたいとか、何カ所も支店を持って規模を拡大しよう。あるいは世界に羽ばたこうとは、あまり思っていません。それよりも、社員とその家族、お客様や仕入れ先様などの関わりがある人たちが、楽しく幸せでいてもらえるようにすることが大切。うちで働いている社員全員が、同世代と比べても中の上ぐらいの良い生活を送れるところを目指したいのです。
「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の受賞企業は、さまざまなやり方で社員とその家族、外注先・仕入れ先、お客様、地域社会、株主を大切にし、高い業績を上げています。私たちも、自ら考え、さまざまな機会を経て見聞きした中で、「このやり方は良い」と思ったことは実践してきました。でも、それはしょせん我流にすぎないのです。
もちろん、たとえばリッツ・カールトンのサービスを勉強したからといって、同社の真似をするのは不可能。日々の取り組みの中で、サービスがそのレベルに達するまでに醸成されてきたからこそ、最高級のサービスやおもてなしが実現するのです。だから、同社がどんな取り組みをしているのかという情報を得たところで、真似ができるものではありません。
でも私は、あえてそういう情報がほしかった。「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の受賞企業と同じようなことができるとか、そういうことが問題ではありません。これまで社長業を務めてきた中で、会社を良くするためには、どこに手を着けたらいいのか、どこに力を入れるべきか、逆に手をかけないほうがいいのはどこか、という試行錯誤は、ある程度やり尽くした感がありました。そんな中で、新しい情報に飢えていたのです。
何年も前から、EMBAは受講しなければならないことはわかっていましたが、勉強がいやだと逃げ回っていました。でも、会社が伸び悩む中、本当にステージアップするためには社長が勉強する必要性を感じ、受講に至ったのです。会社は、社長の器以上にはできないというのは、よくいわれる話です。

ステージアップのその先へ――コロナ後に目指すもの

――この先に、どんなことを見据えて進んでいきますか?
当社の一番の課題は人財教育で、社員の質の向上が不可欠です。今のレベルの会社でいいのであれば、現在が頂点だと思えるぐらい、社員のみんなが頑張ってくれているし、ここまでついてきてくれました。 次のステージに上るうえで、何が必要かというと品格だと思います。今、私たちは「山賊から武士へ」というテーマを掲げて、さらなるレベルアップを目指しています。腕はあっても品格がない山賊から、人々が憧れるような品格を持った武士になろうという意味です。
とくに中小企業は大手企業と違って人数が少ないですから、社員1人ひとりのスキルはもちろん、質が向上することが会社全体の質の向上に直結しやすいのです。そのことを、私自身も肌身で感じ、全社員が共有している中で、1人ひとりが向上していく方向に進んでいる真っ最中です。
――普通は、わかっていても、なかなか動き出せないものですよね。
動き始めは、それこそ牛歩です。いくら思いを伝えても、「とはいっても社長、目の前のこの仕事が大切なんです」「社長が話していることはわかります。でも今やっているこの仕事を優先します」というやり取りの繰り返し。
それでも、なぜこれが大切なのか、なぜ私がこんなに力を入れているのかということを訴え続けました。その中で、「目の前の仕事が大事だ」と話していた社員の中に、「でも社長がこんなに一生懸命ということは、自分たちが思っている以上に重要なのだろう。だから、やってみよう」と動き始める人が出てくる。そうやって動き始めた社員が結果を出し、それに続く社員が出てきました。さらに、残った社員を引き上げて初めて、全体が動き出したのが今なのです。
そう考えれば、ここ2、3年、当社が足踏みしていたのも、そのための土台作りだったのかもしれません。ホップ、ステップ、ジャンプと歩みを進めても、ホップ、ステップの段階でしっかり地を固めておかないと、ジャンプのためにしっかり踏み込むことができません。その意味で、次のステージに飛び立つ準備ができ、今まさに飛び立とうとしている真っ最中だと思います。

中小企業の社長同士がタイアップして局地戦に勝つ

私は社長になってから、中小企業の社長同士がタイアップすべきだとずっと思っています。実際、他社さんから「うちはこんな製品を作っています」というDMやお話をいただき、「こんな素晴らしいものを作っているのなら、当社でわざわざ開発する必要はない」と思うことが少なくありません。 実際、他社からは類似品を仕入れない、当社でも開発を行わないという条件で、協力先の中小企業が作った製品を、販売させていただいているケースもあります。
中小企業は営業力やブランディングが弱いという欠点を持っています。当社は、先代社長の時代から「横引きシャッター」を35年間展開し、全国に販売網を持っており、ブランド力を役立てることができます。中小企業にはそれぞれ強み、弱みがあるのだから、タイアップして強みを生かし、皆が儲かればいいのではないかと考えています。
大手企業にはできないけれど、中小企業だからできることは間違いなくあります。そうした中で、私がハブになって各社をつなぎ、小さな集合体をどんどん作っていきたいのです。
大きな市場で勝負しなくても、小さな市場で勝てるケースを数多く作る。つまりこれは、私たちが以前から実践してきた、「大局で勝てなければゲリラ戦で勝つ」という戦術です。規模は小さくても、この市場で勝ったら次の市場、次の市場で勝ったらまた次の市場へとつないでいくうちに、大局でも勝利に近づいていく。そのためにこそ、他の中小企業の社長さんたちとタイアップを進めていきたいと思います。
ショッピングモールの店舗や地下鉄の売店、KIOSKなどでお馴染みの「横引きシャッター」を全国展開
「取材・構成 ジャーナリスト 加賀谷貢樹」
株式会社横引シャッター 代表取締役 市川 慎次郎(いちかわ・しんじろう)
国士舘中学校・高等学校を卒業後、中国の清華大学へ留学し、北京語言文化大学の漢語学部、経済貿易学科卒業。 2000年横引シャッター入社。
入社後は父の運転手兼秘書として、直接創業者精神を叩き込まれる。 総務部部長・経理部副部長を兼務した後、父の急逝を受けて2012年12月より代表取締役に就任。
現在に至る。

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