エムレボの実験。撹拌体を回すとビーズが、水の中にまんべんなく交ざり合う=さいたま市浦和区
ブーン…。部屋に小さなモーター音が響く。机の上の水槽の中で穴の空いた球体が静かに回り、水の中の小さなビーズが球体下の穴に底から吸い上げられていく。ビーズはつながった横の穴から遠心力で飛び出し、縦横無尽に動き続けている。水槽の水全体がきれいにかき混ぜられている証拠だ。
撹拌(かくはん)機といえば、プロペラのような羽根がついた形の機器を想定しがちだが、このように常識を打ち破る形のものを開発し、2009年に特許を取ったのがさいたま市の「エディプラス」だ。攪拌体特許の商標名は「M-Revo(エムレボ)」。さまざまな業界から注目を集めている。
◆塗装の悩みきっかけ
「最初目指したのはごみの出ない攪拌体だった。その目標で作ったら、結果的に羽根がなくなった」
考案したのは同社の村田和久社長。父が創業した塗装会社の工場長も務めているが、かつて塗料を吹き出すノズルにごみが詰まるため、定期的にラインを止めて掃除をしなければならないことに悩まされていた。
塗料は有効成分が沈殿し、色にムラが出るので常に攪拌が必要。調べたところ、ごみは攪拌の際に、羽根が缶の底を削った鉄くずと分かった。
「容器を傷つけず、液全体を混ぜるには…」。3年の試行錯誤の末、たどり着いたのがこの形だった。回転させることで生まれた遠心力で下部の穴が液を吸い上げ、横の穴から勢いよく飛び出す。それが壁にぶつかり流れが上下に広がり、循環を生むという仕組みだ。
現在、同社は全ての攪拌機をエムレボに交換して3年がたつ。発生するごみのため2年で交換していた塗料ホースは現在も使えるという。高速回転させても液面が波立たない。うっかり手で触ってけがをすることもない。負荷が小さくドラム缶に入った200リットルの液を混ぜる作業も熟練技は不要で、新人や力の弱い女性でもできる。
こうした扱いやすさ、作業効率のよさに加え、従来のものより半分ほどの電力で作業ができる省エネ性にも優れている。特許は世界13カ国でも出願し、4カ国で取得した。「エディプラス」では製造販売の権利を付与するライセンス事業を展開している。
◆新鮮なマヨネーズも
技術開発パートナーの「IPMS」(東京都中央区)の富岡康充取締役会長はこの技術のとりことなり、企業や工場への営業のかたわら、村田社長とともにさらなる可能性を探っている。
卵と酢とオイルをコップに入れてエムレボで回せば、誰でも新鮮で無添加のマヨネーズができる。給食センターでつくる野菜スープもこれなら野菜がつぶれない。シャフトを中空にするだけで、ポンプをつけることなく空気を入れる攪拌が可能で、汚水処理に使えば大きな省エネになる…。富岡会長の熱っぽい語り口から出てくるアイデアは尽きない。
また同社は、エムレボを使って「アオコ」と呼ばれる藻が大量発生した湖沼の水質浄化にも挑戦している。以前、屋外の貯水タンクでエムレボの動力テストをしていたところ、夏場に発生する藻が少なくなっていたことに着想を得た。
「攪拌により水中の二酸化炭素(CO2)量が減り、植物の光合成を阻害したからでは」。こう考え、さいたま市内の池でエムレボを組み込んだイカダを浮かべて稼働させ、臭度や透明度などを調べるという。
「塗料を混ぜるために生まれた技術が社会貢献にもなるなら、これほどうれしいことはない」と村田社長。攪拌はあらゆる産業の基礎作業だけに、可能性は無限に広がっているかもしれない。(安岡一成)
【会社概要】エディプラス
▽本店所在地=さいたま市浦和区針ケ谷1-16-17
▽創業=2010年3月30日
▽資本金=200万円
▽従業員=2人
▽事業内容=塗装機器・攪拌装置開発、特許ライセンス許諾など
≪インタビュー≫
村田和久社長
■早期普及へライセンス供与
--エムレボの名前の由来は
「IPMSの富岡会長が発明者の私に敬意を表し、当初は『MURATA』を商標にしようとしていたが、すでに押さえられていた。MAGIC(魔法)+MIRACLE(奇跡)+MARVELOUS(驚くべき)×REVOLUTION(革命、回転)からエムレボという名前を考えた」
--自社で製造していない
「攪拌(かくはん)は無限に近い用途があり、とても1社ではその市場ニーズに対応できない。また、エムレボを産業界に早く普及させたいと思い、設備や販路を持った企業に双方が納得できる価格でライセンスを供与することにした」
--独占するつもりがないと
「そう、使っていただきたい技術だ。世のため人のためにいかに広めるかを考えている。この技術で存分に生産性を上げて稼いでもらい、ロイヤルティーをいただければいい」
--これまでなかったのが不思議だ
「あまりに簡単な構造だから特許の担当者に最初は笑われた。遠心力を使って攪拌するものは基本的に、この特許の権利に入るという強い特許になった」
--攪拌以外のセールスポイントは
「最近は工場のある場所が市街地化してきて、夜間の操業が困難になってきた。抵抗のないエムレボは動かしても静かなので、音が少ないことも商品性といえるかもしれない。また、振動が少ないので、3カ月に1回は必要だったベアリングのメンテナンスを2年以上していない工場もあるようだ」
--ほかに構想中の使い道は
「船のスクリューの代わりとして実用化できないか。また、攪拌して海水に溶けた希少金属を取り出すことができないか、なども考えている」
--今後の目標は
「5年後、10年後には当たり前の技術にしたい。食品、薬品、鉱業…。あらゆる分野の企業にターゲットを定め、戦略的な営業を展開したい」
【プロフィル】村田和久
むらた・かずひさ さいたま市で育ち、埼玉工業大学機械工学科に入学。卒業後、塗装会社「ヤマテック」(埼玉県久喜市)入社。エムレボを開発し、エディプラスを設立、代表取締役社長に就く。50歳。
≪イチ押し!≫
■質量ある流体ならほぼ対応
エディプラスが手がける羽根のない攪拌体。塗料を撹拌する際、ごみを出さない工夫から生まれた
「広範囲に活用できる技術だが、自分たちの知識の及ばない分野も多い。各分野のエキスパートにこの技術を最大限にいかしてほしい」-。エディプラスは遠心攪拌(かくばん)体のライセンスそのものが商品だ。特許の権利を使用して、企業は設計と製造を行う。技術説明や指導などノウハウ伝授もセットだ。
金属だけでなく、樹脂やゴムなどの材質で作ることも可能。試験管サイズから数千トンクラスまで、質量のある流体ならほとんどのものに対応できるという。
製造・販売を手がける「IPMS」のホームページ(http://mrevo.jp)ではエムレボの動作を動画や写真で紹介している。
問い合わせは、エディプラス((電)048・826・2211)、IPMS((電)03・3572・2552)まで。
「フジサンケイビジネスアイ」