イノベーションズアイ 東北の蔵元3氏が語る

■日本酒と若者の接点づくり模索 安全の証明積み重ね顧客に安心

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≪進行役≫大谷由里子 志縁塾代表取締役、プロデューサー
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●佐浦   佐浦弘一社長
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●人気酒造 遊佐勇人社長
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●末廣酒造 新城希子専務

 東日本大震災から9カ月が経過したが、東北の復興への道のりはまだ遠い。被災地には日本を代表する伝統企業もあり、日本の酒文化の担い手である日本酒の蔵元もその一つだ。

 そこで、フジサンケイビジネスアイでは中小・ベンチャー企業を応援する組織「イノベーションズアイ」(運営・フジサンケイビジネスアイ)の会員企業の中から、東北の蔵元の方々に集まっていただき、日本酒文化の継承や今後のビジネスの行方などについて話し合ってもらった。進行役はユニークな人材育成会社として知られる志縁塾の大谷由里子プロデューサー。

                   ◇ 

【大谷】まずは参加者のみなさまの自己紹介を兼ね、現状についてお話をお願いします。

【佐浦】宮城県の塩釜で浦霞というお酒を造っている佐浦と申します。塩釜は港町で、塩竈神社という古いお社があり、古い歴史が息づくとともに、美しい自然、特に豊富な海の幸に恵まれたところです。残念ながら今回の東日本大震災では地震と津波で少なからぬ被害を受けてしまいました。私自身は自分の会社の仕事以外に、業界団体である日本酒造組合中央会で、清酒需要開発委員会という主に国内向けの日本酒の需要拡大および広報関係を担当する委員長を務めています。自社とともに、日本酒全体の仕事に取り組んでいるところです。

【大谷】では遊佐さん、お願いします。

【遊佐】私はちょっと特殊でして。実家の酒蔵で働いていましたが、4年前に独立して自分の会社を設立しました。それが人気酒造という会社です。震災では被災者のために役立ちたいと思っていたのですが、高台にあった自分の蔵が土砂崩れになってしまいまして、引っ越しを10月にしました。激動の半年間を過ごしました。

【大谷】ありがとうございます。では新城さん、お願いします。

【新城】私は福島県会津若松の末廣酒造という蔵元をやっております。創業は本家から分家独立しました嘉永3年、1850年の江戸末期です。主人が7代目にあたり、そこに嫁いできました。もともと会津生まれ会津育ちです。日本酒の継承などに微力ながら取り組んでいます。震災で蔵が被災しましたが、それでもほかの所に比べれば被害も少なく、むしろ今は放射能が問題だと思っています。

◆手作りにこだわり

【大谷】遊佐さんのように新たに蔵元になるのは珍しいと思うんですが、独立に至った経緯をもう少し詳しく。

【遊佐】私の実家はプラントでお酒を造っています。そのプラントというものはすばらしいものなんですね。いいものを安く、大量に造る、しかも造る人間の労力も少ない。しかしそういったお酒だけではなく、これから先は人口も減りますし、こだわりもどんどん出ますし、輸出も必要になる。簡単に言うと、日本酒に対する世間の価値観が変わってきている。実家の酒蔵はわかりやすく言えば、大宴会場のある温泉旅館みたいなものなんです。ですが世の中のニーズは、だんだん離れの小さなお風呂が部屋についているような旅館に変わってきている。こういう動きに焦りがあったのですね。ですから私の酒蔵は全部手作りで、和釜で(お米を)ちゃんと蒸して、しかもそれを毎日掘り起こして手で麹を造ってという、原点の手作りにこだわって吟醸しか造らないと、そういった酒蔵にしたかった。

◆「大吟醸シフォン」考案

【大谷】新城さんもユニークな取り組みをしていますよね。

【新城】15年くらい前、酒屋そのものがあまりよくありませんでした。焼酎ブームや健康ブームもあって、日本酒はカロリーが高いので身体によくないという風潮になってしまって、売り上げが下がるという時期でした。なんとかしないと、という思いがありました。やはり若い方に日本酒のおいしさを知ってもらいたいということが一つあったので、それにはどうしたらいいか、と考えまして、スイーツとか別の方向から入るのもいいかなと思いました。蔵の一つを改造して和モダンのような喫茶店にして、どうせなら仕込み水を使ったコーヒーや、日本酒を使った大吟醸シフォン、大吟醸パフェとか、何か日本酒に関わったもの、あとは会津の地のものにこだわったものができないかというところから。最初は苦労しましたが、今は若い方が来てくれるようになって、蔵も少しずつきれいにしていきまして、その補修があればこそ、今回の大地震に耐えたのだなと思っています。

■アルコール飲料離れの克服課題

【大谷】今のお話にもありましたが一時、日本酒が駄目といわれた時期もありましたね。

【佐浦】やはり世の中のお客さまの嗜好の変化もありますし、1つは社会的な要因もあります。例えば焼酎ブームがあったときには、日本酒を飲んでいたお客さまも焼酎を飲まれるようになりましたし、飲食店のメニューでも、普通は清酒が先でそのあと焼酎だったのが逆転の順番になった。われわれ清酒蔵元にとっては厳しい時代もありました。また当たり前のことではあるのですが、飲酒運転による人身事故が続発し大きな話題となり、結果として取り締まりが厳しくなった時にも、消費者がお酒を飲むことに必要以上に自粛気味に反応してしまい、清酒ばかりではないが酒類全体に影響したということがありました。

【大谷】日本酒をめぐる構造的な問題もあるようですね。

【佐浦】日本酒のコアなユーザーの年代が上がっていますし、健康意識もあって飲む量が減っている。一方、若い人たちには、アルコール飲料離れということがあります。どうしても市場は厳しい状況になるのは目に見えている。いかに若い人たちとの接点づくりをするかも大きな課題です。今すぐ日本酒のユーザーになってもらわないとしても、時期がきたら日本酒を飲んでもらえるような、最初のいい出会いをいかに演出していくか。若い世代の皆さんに日本酒の楽しさを伝えていくことができるような取り組みを模索しているところです。

【大谷】佐浦さんのところは何年続いている酒蔵なのですか。

【佐浦】うちは創業が1720年代なので、もうすぐ290年になります。

【大谷】遊佐さんのところはできて4年でしたね。

【遊佐】はい。丸4年です。覚えてもらうのが第一なので、いかにおいしくて、しかもインパクトのあるものができないかということは日々やっています。新しい酒蔵を始めて、既存のところに売りに行ったのではシェアの取り合いになってしまう。そういうことをやりたくて新しいのを始めたわけではないので、アニメのラベルを作ってみたり、外国に売りに行ったり、基本的にはそういうところで市場を広げたかったわけです。あと例えば20代の女の子に酒を飲んでもらうとか。市場を広げることは誰にも迷惑をかけませんので、一生懸命やってきたのですが、地震のあとは輸出がピタッと止まってしまった。やっと東南アジアは少し動くようになったが、欧州や中国は全然駄目ですね。

【大谷】やはり震災で海外が減っていますか。

【遊佐】和食自体を食べなくなっているのもあると思います。

【佐浦】震災直後は国によって反応は違うのですが、やはり日本食に関しても控える動きもあったようです。中国のように日本から食品を輸入停止する国もありましたし。あとはEU(欧州連合)も放射性物質の分析証明を付けるとか。直後の混乱に比べますと、今はだいぶ落ち着きつつ少し戻ってきてはいます。

【新城】やはり放射能の関係が多いですね。米国は、3、4、5月は税関でストップしてしまって、全部滞っていました。それでも米国は落ち着いて、最初に緩めてくれた気がします。やはり中国などは…。

【遊佐】だいたい福島といったら前は誰も知らなかった。福島はどこだと。日本の北ですというような話をしていたのに、今や世界で福島を知らない人はいない。

【佐浦】日本酒に関しては、EUはだいぶ落ち着いてきています。ただまだまだもう少し、日本食も含めた全体に関してはてこ入れというか、安全ですよ、ということをしっかりと伝えていく努力がいろんなところで必要だと思います。

【大谷】日本酒を造るお米はどうしているんですか。

【遊佐】県外から買ってくれば間違いはないのでしょうが、それでは僕らが風評被害を作ってしまう。会津は大丈夫なものもあるので、僕らは一生懸命買って、自分で検査に出して、検出限界以下なら地元のものをなるべく使います。全部検査はしています。

【新城】私のところも会津で契約して作ってもらっています。福島県産のお米というだけで微妙な感じになってしまって残念です。細かく検査し、水も検査して、お酒はお米をずいぶん削って造るので、お米とお水が大丈夫なら大丈夫のはずですが、製品になってからもまた調べています。

【大谷】安全検査は万全の体制でやっているのですね。

【佐浦】われわれに今一番大切なのは安全の証明を積み重ねていくことです。

【新城】今はそうですよね。細かく検査して安全ですと言い続けるしかない。

【遊佐】土壌は除染すれば下がります。費用はかかりますが。うちは自分でやりました。業者に頼んで。酒を造っているのでお客さまが不安になるといけない。よくHPに米の分析結果を出してくださいと電話がかかってきますが、基本的に全部安全で検出限界以下のものしか使っていません。安心してこれを崩さないように、間違いないものだけを造っていることを広く知っていただきたい。

■世界に誇る発酵技術 輸出増へ業界一丸

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日本酒について熱い話が交わされた

【大谷】日本酒の輸出についてですが、震災前はどうだったんですか。

【佐浦】ここ数年の業界全体の輸出数量は、前年対比で毎年増えていますし、確実に評価と関心は高まっていると思います。これまでは業界全体の戦略的な取り組みがほとんどなくて、輸出企業の個別の努力になっていたのですが、フランスなど業界全体でワインの輸出に取り組んでいる国もあります。個々の蔵元ではなく、業界全体、また行政の力を借りて発信していくことも必要です。ポテンシャルは確実に高まっています。欧州では日本食レストラン以外でも日本酒が提供し始めていますが、家庭でも楽しむまでには広がっていません。まだまだお酒を買える場所が少ないですし、またわれわれの責任でもあるのですが、ラベルをみてもどういう味わいか分かりづらい。もっと分かりやすいしくみにする必要があります。海外の人たちにとってはお酒を買うことのリスクがありますから。

◆ピンチをチャンスに

【大谷】外国に対し、ポテンシャルはあるわけですね。

【新城】(外国の)女性も日本酒を飲んでくれて。すてきな女性たちが日本酒で乾杯しているのを見たときは感激しました。日本でこういう光景はあまり見ませんから。日本の文化の一つとして受け入れられてきているという気がします。

【遊佐】日本酒は日本人にしかできない日本人の誇りがあります。ワインはブドウを発酵させて絞ればできる。酒は人間が米を蒸して発酵させないとできない。(米の発酵は)糖化とアルコール発酵を同時にやる世界一高度で複雑な発酵といわれているわけです。これは日本人しか作れない。日本が農耕民族で稲作文化があって、高温多湿でカビが生えて麹ができるという場所だったからです。日本人にしか、日本でしかできない。外国に持って行ったときに外国人は想像を絶して、なんで米からこんな香りのする液体ができるのと。外国人にはあり得ないという世界なんです。日本人は世界一鮮度願望が強い国民で、そのこだわりは外国人には理解できないレベルです。日本酒を外国の人に認めてもらうと、日本人は偉いと言われたのと同じくらいうれしいので、私は外国にお酒を売るのがすごく好きなのです。

【大谷】三つ星レストランでも日本酒は出ますものね。最後にひとことずついただけますか。

【遊佐】世界の福島になってしまい、どうしたらいいのだろうと。チェルノブイリのワインを輸出しても日本人は買わないですよね。今はそれと同じ立場です。これをどうピンチをチャンスに変えていくかというのが、福島の酒蔵の一番の課題になってくるのかなと思います。実際、震災後に日本酒を多くの方々が買って下さり、全国で伸びたんですよ。東北だけでなく、全国的に前年同期比で102%くらいになった。ここ30年ちょっとあり得ない出来事だったのですよ。これはピンチがチャンスと思いました。

◆意識変化の象徴が日本酒

【佐浦】おそらく家族だったり、地域だったり、日本に対しての意識が変わってきているというのがあって、その一つの象徴が日本酒なのでしょう。今まで飲んでいなかった人も飲むようになるという行動の変化もあったりしました。ぜひそれを引き続き、日本酒を楽しんでもらえるようにいろいろPRを含めて発信しながら定着してほしいと思っています。

【新城】何年か後に「福島に学べ」と言われるようになりたいですね。あんなに大変なことがあったのに、こんなに(元気に)なっていると。福島というか日本に学べというふうになるようにみんなで目指していきたいと思っています。その媒体として日本酒がお役に立てればいいなと思っています。

【佐浦】日本には日本酒があるということを日本人のみなさんが世界に誇れるように、われわれも頑張って広め、その情報を国内のみなさんも知ってもらうような取り組み、努力を続けていきたいですね。

【大谷】日本酒で好きな言葉は、世界で一番手間暇かけて造るお酒。米が88手間かかるわけで、そこにまた手間をかけるということで、いい言葉だと思います。大好きな言葉です。本日はありがとうございました。

【プロフィール】
大谷由里子
 おおたに・ゆりこ 1985年京都ノートルダム女子大学卒。同年吉本興業入社。2003年志縁塾を設立し現在に至る。1963年生まれ。奈良県出身。

【プロフィール】
佐浦弘一
 さうら・こういち 慶應義塾大学卒。日本コカ・コーラを経て、佐浦入社。2002年から現職。1962年生まれ。宮城県出身。

【プロフィール】
遊佐勇人
 ゆさ・ゆうじん 1987年東海大学政治経済学部卒。テレビドラマの美術を経て、90年奥の松酒造入社。2007年に人気酒造を設立し現在に至る。1965年生まれ。福島県出身。

【プロフィール】
新城希子
 しんじょう・まれこ 中央大学文学部卒。大林組を経て末廣酒造。福島県出身。

【用語解説】
イノベーションズアイ
 ベンチャー精神に富んだ起業家やベンチャー・中小企業を応援する組織。独創的で将来性あふれる元気な企業を支援することで、閉塞感が漂う日本経済を活性化するのが狙い。インキュベーションセンターなどの支援機関と連携を図りながら、独自性豊かな企業、産業界に新風を巻き起こす気概に満ちた企業によるイノベーションネットワークの輪を構築する。会員数は2011年12月20日現在3908社・団体で、12年3月末に5000社・団体を目指す。フジサンケイビジネスアイが運営。

「フジサンケイビジネスアイ」

 
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