マネーフォワードを創業した瀧俊雄氏
マネーフォワード取締役・瀧俊雄氏に聞く
国内のフィンテックは多くの人が想像するよりもはるかに進歩しており、今後一層急速に前進する兆しが見えてきた。マネーフォワードの共同創業者で取締役の瀧俊雄氏は、FinTech研究所長であり、金融庁設置の「フィンテック・ベンチャーに関する有識者会議」のメンバーでもある。2012年のマネーフォワード創業から成長についてはもちろん、政府が金融業界の規範と安定を保ちながらどのようにイノベーションを促進しようと計画しているかについても聞いた。
◆個人の損益計算書
--マネーフォワードの事業を教えてください
「大きく分けて2つのラインで展開しています。消費者向けのサービスとして、シンプルで分かりやすい家計簿プラットホーム『マネーフォワード』を提供しています。銀行、証券会社、クレジットカード会社など大手金融サービスの大半と連携しているので、まるで個人の損益計算書のように収入と支出傾向がひと目で分かるようになり、550万人のユーザーの節約に一役買っています。法人向けのサービスとしては、中小企業や個人事業主を対象にクラウド会計プラットホーム『MFクラウド会計』などのバックオフィス業務自動化サービスを提供しています」
--収益モデルは
「フリーミアムモデルです。マネーフォワードの無料会員は金融サービスとの連携が10件までに制限され、データ閲覧期間も過去1年間だけですが、月額約500円のプレミアム会員になるといずれも無制限になります」
--米国では同種のサービスがかなり前から存在しています。mint.comが最大手ですが、創業は2006年です。日本で自動家計簿サービスが人気になるのに長くかかったのはなぜでしょう
「米国には個人の信用度を数値化したクレジットスコアシステムがあります。事業者は消費者に無料でサービスを提供して得た個人の財務情報を信用情報機関に売ることができます。mint.comが長期間、無料でサービスを提供し続けられたのはそのためです。日本には統一されたスコアはありませんし、個人のプライバシーを守る厳格な法律があるので、米国のモデルはここでは使えません」
--日本では一般に家計管理は妻が行いますよね。その点は、マネーフォワードのプロダクト設計に影響を与えましたか
「古くはそういうイメージがありました。私たちもサービスの検討を始めたとき、そんな仮説を立てていましたが、実際は違いました。個人や家庭のお財布事情に高い関心を示す男性が多かったのです」
--その気付きによって、プロダクト設計にはどんな影響がありましたか
「サービスの核となる価値に集中することができました。競合サービスの中には、主婦が従来家計管理を行っている方法に合わせたシステム設計をしているものもあります。日記の機能をつけたり、データの手入力、さらに写真のストレージまでつけているサービスもあります。私たちは従来の家計簿でどのように家計管理が行われているか考慮せず、最も効率的な家計管理の方法を開発することに力を注ぎました。マネーフォワードのユーザーは男性の方が多いんですよ」
--それは興味深いですね。もしかしたら従来の方法は複雑で時間がかかるけれども、シンプルなインターフェースがあれば夫にも参加しやすいからでしょうか
「その可能性もあります。創業に関わったのがすべて男性だったので、私たちは自分たちがわくわくして、使いたくなるような物を設計したかったんです。それが男性ユーザーの多さにつながっているかもしれません。ただ、プラットホーム自体がすごく男性的とか女性的ということはありません。できる限り効率的に目的をこなすものを作れば、結果的に誰にとっても魅力的なサービスになると思います」
◆規制、いい方向に
--近年、世界中でフィンテック関連会社への投資が増えています。しかし、金融業界は変化が遅く、ディスラプト(淘汰)が難しいのが現状です。それは日本でも同じですか
「実は、ここ2年ぐらいで規制環境が私たちにとって好ましくなりつつあります。銀行法が2年連続で改正されました。まず、金融機関がフィンテック企業などに出資しやすくなり、今年の改正では金融機関にAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)公開の努力義務が課せられました。ベンチャー企業などが登録の上、APIを通じて口座情報などに接続しやすくなります」
--変化はどれぐらいのスピードで進んでいますか。マネーフォワードは2600以上の金融サービスと連携しています。そのうちAPIを公開しているのは何社ですか
「現在APIを公開している銀行は10社です。いずれもここ2年の間に作られた物です。それ以外については、私たちはスクリーンスクレイピングという技術でデータを取得しています。10社というのは少ないように聞こえるかもしれませんが、世界でも最も多い方です」
◆サービスの質向上
--本当ですか? 米国の証券口座と銀行口座はすべて互いに接続して情報を共有できるようですが
「はい。しかし、その大半が大企業のみが参加できるプライベート・ネットワークを使っていたり、大企業同士が直接統合によってデータを共有したりしています。日本では、公開APIによって大企業もスタートアップも簡単にデータにアクセスできることを目指しています」
--金融庁が公開APIを推進する理由は何ですか? 銀行間の効率性を高めるとかスタートアップを助けたいとか、その他にもあるのでしょうか
「金融サービス全体の質を高める狙いだと思います。PayPalのような金融業界の革新者のことを考えてみると、創業当初は市場の中でも限られたセグメントに特化して、1つのことを完璧にこなすことを目指していたように見えます。その結果、消費者にとって便利なサービスが完成されました。銀行にはそういったことはできません。すべての人にサービスを提供しなければならないからです。銀行も良いサービスを提供しようとはしていますが、スマートフォン時代の今、良いサービスだけでは十分ではありません。消費者は最高の体験を求めているからです」
--なるほど。銀行に革新を求めるのは公平とはいえないかもしれませんね。しかし、一方で公開APIが整備されてフィンテックに参入するスタートアップが増えると、セキュリティー上のリスクが生じませんか
「その点は、もちろん気を付けていかなければなりません。現在提供されている金融サービスのインフラ層はそのままに、そこから提示の仕方やサービスの層がスタートアップによって切り離される。今後の金融業界はこういう風に見るのが最も適当だと思っています。スタートアップは革新的なサービスを作るために動きますが、銀行のインフラは今日の大手金融機関が運営し続けるということです」
日本では「変わる」という決断が下されると、その後の変化のスピードが速い。私はいつもそのことに驚かされてきた。今から10年もすれば、日本は世界のフィンテックのイノベーションを牽引(けんいん)するリーダーになっているのではないかと思う。
金融庁の立場は興味深いが、成功はセキュリティー上のリスクとイノベーションの微妙な均衡が取れるかどうかにかかっている。APIの公開によって金融機関の持つデータ力と機能性にアクセスできるようになった結果、スタートアップをはじめとする他業界の企業が意味のあるイノベーションを生み出せるのか。その一方で、APIの利用が十分に制御・管理され、金融機関の安定と信頼が確保されることはとても大切だ。
もしかすると、大手金融機関はAPIの陰に隠れて少しずつ退却し、消費者は主にスタートアップと付き合うようになるかもしれない。特定のニーズや市場の限られたセグメントを対象にサービスを提供する、多種多様な新会社が金融サービスの顔になる。マネーフォワードはそんな将来を予見させる。
文:ティム・ロメロ
訳:堀まどか
【プロフィル】ティム・ロメロ
米国出身。東京に拠点を置き、起業家として活躍。20年以上前に来日し、以来複数の会社を立ち上げ、売却。“Disrupting Japan”(日本をディスラプトする)と題するポッドキャストを主催するほか、起業家のメンター及び投資家としても日本のスタートアップコミュニティーに深く関与する。公式ホームページ=http://www.t3.org、ポッドキャスト=http://www.disruptingjapan.com/
「フジサンケイビジネスアイ」