ハグカム・道村弥生社長
サイバーエージェントは年2回のペースで「あした会議」という経営合宿を開催している。新規事業の発掘を目的に2006年から続いている伝統行事で、複数のチームが参加。1チーム当たり5、6人の社員で構成されておりプレゼンテーションを行って、藤田晋社長自らが採点し合否判断を下す。
サイバー傘下社長に
最終的に具現化するプロジェクトは全体の3、4割。その中には、今や収益の柱に育ったゲーム事業も含まれる。
昨年秋の会議には7チームが参加し、各チームが3案を発表した。その中に、いったんは却下されたものの、後日ひっくり返して会社の設立までこぎつけた案件がある。キーワードは教育。仕掛け人は道村弥生さんで、サイバーエージェントが設立した「ハグカム」の社長に就任した。
サイバーエージェントの特徴はスピード感にあふれた経営。収益が期待できそうな事業に対しては集中的に取り組み、短期間で収益を計上するビジネスモデルを得意とする。これに対して教育事業は、長期的な視点が求められる。
このため教育事業が俎上(そじょう)に載ることがあっても、藤田社長は「当社には合わない」「子供相手で責任が重いため、生半可な姿勢でやるべきものではない」といった理由で慎重な姿勢を示していた。しかし、今や社員規模が3000人の会社。社会貢献への取り組みも経営課題となるなど、事業を取り巻く社内環境は徐々に好転していた。
道村さんは会議後、日を改めてリベンジを図った。藤田社長に直談判できる機会が与えられたのだ。時間は30分。教育ビジネスの重要性と自らの信念を訴えた。これに対して藤田社長は、あらゆる角度から説き伏せにかかった。「信念で経営はできない」とまで言われた。しかし、最終的には会社の設立が認められた。「今思えば、厳しいやり取りを通じて覚悟が問われたのだろう」と振り返る。
本格的なサービスの提供に向けて検証を重ねる道村社長
利便性と安価両立
教育にこだわった理由は、父母・祖父母も学校の先生という一族で育ったことで、もともと教育に関心を抱いていたため。とくに何十年たっても変化がない授業の進め方については「変わらなければ」という思いを抱き続けていた。
一方、会社でマネジメントの役職に就くと、部下の人格がどのように形成されたのかを探求するようになった。その過程で、教育が人生に大きな影響を与えていることが分かった。
ただ、会社を設立したとはいえ、当初は具体的なビジネスを定めていなかった。最初に計画したのが知育アプリの実用化。30人の働くお母さんと食事をしながら意見を聞いてまわったが「月300円や500円でも高いと感じる」といった意外な反応が次々と返ってきた。その分、英会話などの習い事にはお金を投資していることが判明した。方針は定まり、利便性が高く安価を売り物とする、オンライン型英会話スクールの運営を決めた。
前職は「Ameba総合プロデュース室室長」。そこでは、「ユーザーに向き合え」が合言葉だった。ハグカムでもユーザーの声を丁寧に拾っていったことが、ビジネスモデルの確立につながった。
実はこれまで、ハグカム以外にも2社の立ち上げに携わっているが「自分が頑張らなければ」と気負った結果、体調不良に陥るなどの苦い経験も味わった。「『これはできません』といった駄目な部分も出せなければダメ」と、経営スタンスについても過去の反省を生かす。
これからの目標は、女性の社会進出のサポートにつながるような教育ビジネスを追求することだ。(伊藤俊祐)
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≪Q&A≫子供に楽しい英語アプリ開発
--事業展開の方向性は
「まず『子供が英語好きになる』という状況を作る必要がある。それがステップ1。現在進めているのは、英語に興味を持つ無料動画がたくさん入ったYouTubeみたいなアプリの開発。操作しやすく動画もすべてオリジナル。これによって多くのユーザーに『英語が楽しい』『もっと話したい』と思ってもらい、オンライン型英会話スクールに誘導する」
--英会話スクールの特徴は
「基本的にスマートフォンとタブレットを活用する。テレビにもつなげ、オンライン上で先生と英会話ができる。ターゲットは3歳児で読み書きよりも会話に焦点を当てた。スカイプを使ってインドネシアやベトナムの学生と会話できるシステムもあるが『画面に知らない人がぱっと登場すると、子供が怖がって続かない』といった意見が少なくない。この辺りは泥臭い対策を講じ、リアルな場と絡めながら展開していきたい」
--具体的には
「動画は4月から配信する。これを通じ英語の楽しさをアピールし、先生に会う場を提供する。そこで遊び英語の歌でダンスし『この先生に会いたい』と思ってもらう。動画を見ても本当に好きになるまでは時間を要するので、段階をきちんと踏まえて進めていかなければならない。動画は100万ダウンロード。年内に本格的に事業を開始し、当面は3000人の会員を獲得する計画だ」
【プロフィル】道村弥生
みちむら・やよい 明大商卒。2007年サイバーエージェント入社。同社グループの口コミマーケティング会社の取締役、スマートフォン向けソーシャルゲーム社長などを経て、14年11月から現職。30歳。横浜市出身。
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【会社概要】ハグカム
▽本社=東京都渋谷区南平台町16-28 グラスシティ渋谷
▽設立=2014年11月
▽資本金=5000万円
▽従業員=5人
▽事業内容=教育サービスの提供
「フジサンケイビジネスアイ」