大手企業や大学が取得した特許など知的財産の活用を中小企業に働きかける取り組みが広がる中、開放特許を活用する「さいたまモデル」と呼ばれる技術移転の手法に注目が集まっている。橋渡し役となるコーディネーターの目利き力と人脈に頼るのではなく、特許を動画で分かりやすく紹介し、商品アイデアをインターネットで募集。その上で商品化できそうなアイデアを地元企業につなぎ、製造から販売まで一貫して面倒を見る。経済産業省も「特許を分かりやすく見せるなど仕掛けが魅力的。全国展開も可能だ」と関心を示す。
技術移転に有効
大学の持つ技術や知見を中小企業につなげる事業を行ってきた一般社団法人「コラボ産学官」が、大学や公設試験研究機関、信用金庫などで構成する「産金学官による大学発シーズ事業化コンソーシアム」を組織し、全国展開に向け本格始動。今月17日まで参加大学に、製品化につながる知的財産(シーズ)の提供を呼びかけ、9大学から約30件の応募があった。まだ届いていない大学もあり最終的に100件程度になるという。企業からの応募も約30件あった。
コンソーシアムが参考にする仕組みが「特許ライセンスを活用した企業支援事業inさいたま」。通称さいたまモデルだ。
提案者の一人、埼玉県産業技術総合センター(SAITEC)の鈴木康之副センター長は、9月に開かれたコンソーシアムの初会合で仕組みを説明しながら、「“打ち出の小づち”ではないが、強い自社商品を生むチャンスは確実に広がる。地域経済の活性化にもつながる」と技術移転の意義を強調した。
さいたまモデルが始動したのは昨秋。富士通の3件の開放特許(利用料が無料か極めて安いがほとんど使われていない休眠特許)を企業情報サイト「イノベーションズアイ」で動画配信し、商品化されると賞金が出るという特典付きでアイデアを広く募集。寄せられた103件の中から専門家による評価委員会が6件を推奨。埼玉県とさいたま市の地域ネットワークを活用して地元企業に分かりやすく説明しながら採用を粘り強く呼び掛けた。
販路拡大も支援
そのかいあって「光触媒チタンアパタイトを使用したベビーカー」が商品化検討の余地ありと目に留まった。富士通とのライセンス契約を結び、飛躍のチャンスを得たのは、感光性乳剤や導電性ペーストなどを開発・生産するサンタイプ(さいたま市南区)。大企業が時間とコストをかけて開発した技術を安く手に入れた。
光触媒チタンアパタイトは紫外線が当たると菌や有機物を分解する特性があり、布やプラスチックなどに含ませると抗菌・消臭効果が出る。同社はベビーカーだけでなく、車いすなどにも応用していく考えだ。太田耕二社長は「モノを作るのは得意でも、アイデアや販路は持っていない。支援機関などが売り先などを紹介してくれるので心強い。拡販できる」と喜ぶ。その上で「事業化5年後には1億円超の売り上げを見込む。海外にも展開したい」と語る。
さいたまモデルは第2弾として今秋、日産自動車がもつ4件の開放特許などを中小企業に紹介。アイデア募集を始めた。
SAITECの鈴木副センター長は「さいたまモデルは一般からアイデアをネットで募集するのが肝。『こういうものがほしい』というアイデアが多く寄せられる。ニーズがあるものなので短期間で商品化につながりやすい」と指摘する。
■大学との距離短縮に一役
さいたまモデルは「inさいたま」とあるように、埼玉県の中小企業が得意とする技術を生かして自社製品をもつことを前提に推奨アイデアを紹介するが、「埼玉県で商品化が難しければ、千葉県や神奈川県など他県に持っていっても構わない」(鈴木副センター長)。
この仕組みを、「コラボ産学官」を核としたコンソーシアムが取り入れた。違いは知財の出し手が大学となり、橋渡し役を信金に任せたこと。経済産業省の2014年度「シーズ発掘事業」にも採択された。
眠っている大学シーズが多いといわれるが、「大学シーズを分かりやすく見せるので、募集するアイデアも浮かびやすく、技術移転もしやすい。橋渡し役も多いので、中小企業にとって敷居の高い大学との距離も縮められる」(経産省産業技術環境局大学連携推進室の藤江稔係長)と評価は高い。今年度中の事業化目標は3件。集まった100件超のシーズの中から選ばれたものについて、11月中旬から商品化アイデアを募る予定だ。(松岡健夫)
「フジサンケイビジネスアイ」