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ハンコ文化「パラダイムシフト」 契約も録画・録音、メールで証明可

押印の歴史はとても古い。大相撲の力士が色紙にするような手形が用いられた時期もあったという。大昔にいわば生体認証システムが使われていたというのは興味深い。毎日手を朱肉や墨まみれにしておくわけにはいかないので、商売にはハンコが使われるようになった。

江戸時代には公文書だけでなく私文書にも押印慣習が広がり、実印を登録させるための印鑑帳が作られるようになった。明治になると市町村が印鑑登録の事務を行うようになる。昭和、平成を経て令和に至っても、社内の稟議(りんぎ)書、議事録、社外への発注書、請求書、契約書などあらゆる書面に押印がなされている。

押印という慣行は、われわれが長い間慣れ親しんできたというだけでなく、意思表示が本人に由来することを簡単に確認できるという利点を持つ。しかし、押印制度は新型コロナウイルス禍において、企業がデジタル・トランスフォーメーションを進める障害であると認識されるようになった。紙に押印している限り、テレワークは徹底できず、複数当事者の印鑑を集めるために手間と時間がかかるからである。

それでは、そもそも議事録や契約書などに押印が必要なのであろうか。結論から言うと、取締役会議事録や遺言書のように法律によって押印という要式を求められていない限り、押印がないからといって、契約の効力や文書の適法性は影響を受けない。

例えば、A社とB社が売買契約や業務委託契約を結ぶ場合、日本の民法では、両社を代表する権限がある者同士が契約の要素である売買の目的物や委託事項、それに対する支払い条件に合意すれば有効に契約は成立する。法的には、この契約は、押印はおろか「契約書」という書面がなくても成立するのである。

後日、一方の当事者が契約の成立を争ったとしよう。このとき、両社の代表印が押印された契約書があれば、民事訴訟法の推定規定(同法228条4項)によって、契約があったことを容易に証明することができる。

しかし、これは証明の問題であって、そのような契約書がなくとも、別の方法で契約の成立を証明することは可能である。

当事者が契約内容を合意する場面を録画か録音し、そのファイルを双方で保存する方法でもよい。また、メールアドレスは、その本人以外の者が使うことはまれだから、電子メールのやり取りによっても本人による意思表示があったことを証明できるケースが多いと思われる。

私は先日、自動車ディーラーのウェブサイトで車のリース契約をした。本人確認はスマートフォンで免許証の写真を撮影してアップロードする方式で、押印も営業マンとの電話もなくウェブ上で契約が完結した。

押印を省いても本人確認ができる方法はさまざまにある。業務文書のデジタル化を行う際にも、電子署名などを必要とする文書を限定して業務負荷が増えないようにする視点で進めるとよいだろう。

なお、内閣府などの「押印についてのQ&A」(http://www.moj.go.jp/content/001322410.pdf)、総務省などの「電子契約サービスに関するQ&A」(https://www.meti.go.jp/covid-19/denshishomei_qa.html)も参考になる。

【プロフィル】古田利雄
ふるた・としお 弁護士法人クレア法律事務所代表弁護士。1991年弁護士登録。ベンチャー起業支援をテーマに活動を続けている。法律専門家として複数の上場企業の社外役員も兼務。58歳。東京都出身。


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