起業から2年目で黒字化を実現するなど、活気あふれるニコ・ドライブの本社オフィス=川崎市高津区
自動車の運転席に座り、手元のレバーを手前に引くとアクセル、押すとブレーキがかかる。無駄な力が必要なく、スムーズにペダルを押すことができる。そんな下肢障害者向け手動運転補助装置「ハンドコントロール」を販売しているのがニコ・ドライブ(川崎市高津区)だ。
◆シンプルで低価格
製品の一番の特徴は簡単な着脱。日本で一般的な車両を改造して内蔵するタイプの場合、車が変わると運転できなくなる不自由さがあるほか、代車やリース車両、レンタカーには取り付けが困難という問題も発生する。同製品はハンドルの根元部分に製品をストラップでつり下げ、それぞれのペダルに器具を挟み、ノブを締めて固定するだけの手軽なものだ。車両の改造や煩雑な取り付け作業の必要がない。全長約57センチ、重さ約1キロと持ち運びしやすく、旅先でのレンタカーにも対応できる。
費用は10万8000円(税込み)。手動化の費用は20万~100万円程度かかるといわれるなか、格段の低価格化を実現した。車を買い替える際、改造車は下取りしてもらえないという悩みからも解放されるなど、障害者が車を持つことのハードルの多くを解消する。
神村浩平社長(33)は「機能は最低限のものしか必要ないので、安価な製品がほしいというニーズがあった。運転補助装置分野のユニクロを目指している」と笑顔を見せる。
◆自立と生活の幅拡大
神村社長は下肢に障害がある。高校時代に川崎市内をミニバイクで走行中、自動車と接触する事故に遭った。意識不明の重体を経て回復したが、脊髄を損傷していたため、胸から下が動かなくなった。以来、車椅子の生活だ。
事故後、米国に約3年間留学したことが、起業のきっかけを生んだ。米国では多くの障害者が車を改造せず、比較的安価な後付けの器具を使って気軽に乗っていたが、日本は大がかりな改造が主流。高額な費用がかかるなど、障害者にとって自動車の所有や運転は敷居の高いものだった。そんな状況を打破したいという思いが強まったのだ。
「自分は運転が好き。障害者は運転ができることで、支えられるだけでなく、送り迎えなど誰かの役に立つこともできる」(神村社長)。補助装置を普及させ、障害者の自立と生活の幅を広げることに力を注ごうと心に誓った。
そんな折、運命的な出会いがあった。本田技研工業の元技術者で「ハンドコントロール」の技術を開発して製品化した荒木正文さん(2014年死去)だ。荒木さんは退職後、製品をインターネット上で販売していた。ただ、売れ行きは良くなかった。現状を知った神村社長は、荒木さんが抱えていた50個の在庫を買い取って販売。またたく間に完売してみせた。
荒木さんは神村社長の手腕を買い、一緒に起業を目指すことになった。ただ、その矢先に荒木さんはがんで亡くなってしまう。神村社長は荒木さんの遺志を継ぎ、ニコ・ドライブを設立した。
現在、社員は3人。東方秀樹さん(33)が開発と顧客管理、金子翔平さん(24)が顧客アドバイザーと広告のデザインを担う。ベンチャー企業が集う「かながわサイエンスパーク(KSP)」に入居し、インターネットなどを通じて全国に発送している。
売り上げは、1日1~3個程度。会社設立から2年目ですでに黒字を計上するなど事業は好調だ。起業時の理念「障害者の移動格差解消」に向け、事業拡大を目指している。(外崎晃彦)
【会社概要】
ニコ・ドライブ
▽本社=川崎市高津区坂戸3-2-1 KSP西棟4階 NEO G3 ((電)044・712・7025)
▽設立=2015年2月5日
▽資本金=1100万円(17年8月時点)
▽従業員=3人(同)
▽売上高=非公表
▽事業内容=バリアフリー運転装置の開発、障害者雇用促進、障害者スポーツ後援活動など
海外基準導入で安全性確保
神村浩平社長
--起業の目的は
「障害の有無による移動格差が無い社会を作りたい。ハンドコントロールの販売はその一環。自動車購入や車での外出のハードルが下がる。障害者の生活に関わるさまざまな格差を一つずつ壊していく」
--格差解消のためには、ほかにどんな事業が考えられるか
「ハンドコントロールの販売だけでなく、障害者の雇用促進事業やスポーツ後援活動、差別解消法の啓蒙(けいもう)活動などを行っている。今後は開発途上国の支援活動や、海外旅行での移動を快適にするユニバーサルツーリズムの促進など、事業内容を拡大していく」
--商品開発で気をつけていることは
「安全性の確保、向上。日本の安全基準は低く、オーストラリアなど海外の厳しい安全基準を自主的に導入している。日本車両検査協会の協力を得て、振動、耐熱、荷重、耐久性のテストをしっかり行っている」
--商品に対する反響はあるか
「当社の商品を使い、就職や起業する障害者が増えてきている。たとえば、都内でタクシーの運転手になった方がいる。利用者の喜びの声を聞いたとき、大きな充実感を覚える」
--売り上げも伸び、起業から2年目で黒字化を達成した
「障害者向けの事業はボランティアが基本だったり、赤字が前提だったりしがち。そんな中、事業として確立し、黒字化できたことは、世の中に必要なものを提供し、企業としての価値が認められていると感じる」
--増員など規模拡大の予定は
「当面は少人数での運営を考えている。増やしてもあと3、4人程度。それぞれが社内でやりたい仕事、業務内容を尊重している。ワーク・ライフ・バランスをしっかりするなど、快適な職場環境づくりを意識しながらやっていきたい」
【プロフィル】
神村浩平 じんむら・こうへい
16歳の時、交通事故で脊髄を損傷し車椅子生活となる。2004年、NECエレクトロニクス入社。06年から米国留学、09年にパークランドカレッジ準学士号取得。帰国後、証券会社勤務などを経て、15年にニコ・ドライブ設立。33歳。神奈川県出身。
≪イチ押し!≫ 簡単着脱「ハンドコントロール」
下肢障害者向け手動運転補助装置「ハンドコントロール」
下肢障害者向け手動運転補助装置「ハンドコントロール」は、手を使って自動車のアクセルやブレーキが踏める機器。着脱が容易という機能性の高さと低価格を武器に販路を拡大している。
教習所に改造車がなく運転免許が取得しにくい▽改造費が高額になることで自動車が購入しにくい▽改造車は買い取りしてもらいにくい▽購入時の試乗ができない▽車検時や事故時に代車が借りられない-など、下肢障害者の自動車利用に関するさまざまな障壁を解消する商品だ。
また、下肢障害者だけでなく、けがなどの一時的な事情での利用も可能。自動車教習所、販売店、レンタカー店など全国約40カ所で同製品が導入されている。価格は10万8000円(税込み)。同社ホームページ(nikodrive.jp)などから購入できる。
「フジサンケイビジネスアイ」