企業活動を行っていく上で、想定外のトラブルが発生することは避けられない。そのような事実が発生したときの最悪のシナリオは、経営陣が直ちに事実を開示せず、ずるずると時間が経過してしまうことである。
裁判所も「マスコミの姿勢や世論は、少しでも不祥事を隠蔽(いんぺい)するとみられるようなことがあると、そのこと自体が大々的に取り上げられ、企業の信頼が大きく傷つくことは明らかである」(ダスキン事件)と述べている。
不祥事に関する開示である以上、株価下落、ブランド力の低下、顧客離れなどは避けることができない。しかし、開示の遅れや不適切な開示によって、さらに自社のブランドが毀損(きそん)することは避けるべきである。日本取引所自主規制法人は2016年2月に「上場会社における不祥事対応のプリンシプル(原則)」を公表し、プリンシプルの一つとして「迅速かつ的確な情報開示」を掲げた。
そこでは「不祥事に関する情報開示は、その必要に即し、把握の段階から再発防止策実施の段階に至るまで迅速かつ的確に行う。この際、経緯や事案の内容、会社の見解などを丁寧に説明するなど、透明性の確保に努める」としている。この文章のうち「把握の段階から」「迅速」というキーワードは、上場会社か否かを問わず極めて重要である。
経営陣が不祥事の発生を知った時点では、その全体像が分からないのが一般である。自社製品の不具合、食品への異物や無認可薬剤の混入、個人情報流出などの発生を知ったときに、その具体的な不具合の内容、異物混入の範囲や影響、流出した個人情報の内容や量・流出経路、そしてそれぞれが発生した原因などを特定できていることはほとんどない。
このため、「断片的な情報を開示するよりも調査によってより詳細な事実関係を把握してから開示すべきではないか」とか、「全体像が分からないうちに開示すれば、顧客や株主に誤解や不安を与えるのではないか」という開示に消極的な意見が出され、役員の中にも、それを支持する者が現れることがある。
しかし、開示することによって、株主や顧客に誤解を与えるというのは本末転倒である。企業は発生した事実について誤解を避けながら開示すべきであり、そのような恐れがあることを、開示しない理由にすべきではない。
会社は、原因や損害の範囲については調査中であると断った上で、現実に把握した事実のみを開示すればよいのである。不祥事は、それを不愉快に思う内部者のリークを端緒として、いずれ明るみに出る。そのとき、会社はいつそれを把握したのか、なぜそのときに開示しなかったのかが問われ、株主、消費者、社会の会社に対する信用は一気に消し飛んでしまう。
「把握の段階から」「迅速」に開示を行うことは、簡単ではない。簡単ではないからこそ、トップである社長の健全な常識とリーダーシップが試される。
【プロフィル】
古田利雄 ふるた・としお
弁護士法人クレア法律事務所代表弁護士。1991年弁護士登録。ベンチャー起業支援をテーマに活動を続けている。東証1部のトランザクションなど上場企業の社外役員も兼務。55歳。東京都出身。
「フジサンケイビジネスアイ」