三原理絵社長
高齢の要介護者らの数は560万人を超え、年間10万人が家族の介護のために離職・転職を強いられている。精神的な負担も大きく、厚生労働省によると自宅で介護している人の4人に1人が介護鬱になっているとされる。自らの介護体験を基にしたビジネスを展開するのが、誠や。三原理絵社長は介護関連だけではなく、新興国の公衆衛生向上につながるビジネスにも力を入れる。
◆自身の経験基に起業
専門学校卒業直前の19歳のとき、父が突然脳梗塞で倒れた。一家の大黒柱として働きながら、介護に明け暮れる生活が始まる。父の病状が進むのに伴い、転職を重ね介護鬱にもなった経験を基に「ケアをする人をケアする」介護サービス会社を2008年に立ち上げた。
認知症患者のリハビリテーションと介護する人のケアを兼ねる回想療法を取り入れた「思い出再現・パスタイム(気晴らし)サービス」を事業化した。回想療法は、懐かしい思い出を語り合うことで脳が刺激され、精神状態を安定させる治療法。
しかし時期尚早であったためか、利用者は増えなかった。起業後2年ほどすると、他社が類似したサービスに参入したことで、市場が立ち上がり始めた。だがその頃には長年の介護の影響で腰を痛め、顧客の介助が思うようにできなくなり、事業を終了せざるを得なかった。
それに代わって立ち上げたのが、感染症予防キットの企画販売とメディカルマッサージ。いずれも父の介護で得た経験に基づいている。
感染症予防キット「BIOPRO(バイオプロ)」は、抗菌スプレー、抗菌タオル、使い捨てマスク、エプロン、手袋が減菌袋にセットされている。もともと父を介護する間、各種用具を清潔に保ち、突然の嘔吐(おうと)などに対応するため、独自に工夫して袋にまとめていた。そのノウハウをビジネスに発展させた。
二次感染を防ぐため、現場で必要性を感じたものだけを厳選。「従来の防災キットのように、入っているが使わないというアイテムがない」のが特徴だ。
◆感染予防キット輸出
感染予防の知識がなくてもイラストの表示に従えば簡単に使用できる。日英の2カ国語の説明文を添えて海外、特に衛生状態の悪い中央アジア、中東、アフリカなどに輸出する。抗菌スプレー成分には、穀物から抽出した自然由来の抗菌液を採用。アルコールを使わないのでイスラム教徒の多いこれらの国・地域への進出には有効だ。来年にはパキスタンで現地生産を始める。マラリアやデング熱など、蚊を媒介とする感染予防セットの開発にも着手している。
もう一つの事業の柱が、体に痛みやまひのある人を手で触れてケアするスウェーデン発祥のメディカルマッサージ。脳梗塞の後遺症で手が思うように動かせなくなってしまった父のために覚えた。施術することで脳内へ安心感や幸福感を高めるホルモンを分泌させる。患者本人の苦痛や体調不良の緩和だけでなく、家族を亡くした遺族や企業内の従業員のメンタルケアとしても活用されている。
現在、毎月パキスタンに赴き、現地調査を続けている。来年には事務所を立ち上げ、3年ほど駐在して中東、アフリカ事業を本格的に進める。
「衛生状態を改善して多くの子供を助けたい。10年後には成長した子が祖国の発展のために尽くしてくれるかもしれない」と新興国でのビジネスの進展に期待を寄せる。(佐竹一秀)
◇≪Q&A≫
■家族に合わせた介護生活を
--父親の介護を16年間続けながら起業した
「父が倒れた後、母と一緒に自宅で介護をした。一時期ショートステイに預けたが、車椅子に拘束されている姿を見て、最後まで自宅で看ることにした。介護鬱になり、深夜にガスの元栓を開けて一家心中を図ったこともある。このときは愛犬が異常に気付いてほえたことでわれに返り、思いとどまった。早退や遅刻が多くなり会社勤めが困難になったことから、転職するような感覚で起業した」
--なぜパキスタンに進出するのか
「東日本大震災後に毎月、被災地でメディカルマッサージのボランティアをしていた。他に女性が化粧をすることで元気になってもらおうと、救援物資として化粧品の寄付を募り、会社で連日夜遅くまで、食事も取らずに仕分けと梱包(こんぽう)作業をしていた。すると、『祖国が災害に遭ったときに日本は助けてくれた。そのお礼がしたい』と近所のパキスタン料理店のオーナーが食事を差し入れてくれた。感激し、パキスタンで事業<を立ち上げて現地の人の役に立つと約束した」
--介護は自分自身ですべきか
「施設に頼むことは後ろめたいことではない。私は在宅介護を選んだが、365日24時間の介護ではストレスになる。また親が劣化していく姿を日々見ていくことは、子としてはつらいことだ。しかし施設に任せれば、お互いに面会するのが楽しみになる。家族のスタイルに合わせて介護生活をすればいいと思う」
【プロフィル】三原理絵
みはら・りえ 東北福祉大社会福祉中退。不動産会社、外資系保険会社、IT・通信業界などに勤務。2008年9月誠やを設立し、現職。38歳。東京都出身。
◇【会社概要】誠や
▽本社=東京都江東区青海2-7-4-1118
▽設立=2008年9月
▽資本金=400万円
▽従業員=4人
▽事業内容=衛生用品の企画・開発・販売、メディカルマッサージ
「フジサンケイビジネスアイ」