企業のスポーツ支援などについて語るクリナップの井上強一社長
社員やその家族らによる応援が、クリナップレスリング部に力を与えている
■「自ら考え演じる」社員育成に一役
キッチン専業メーカー、クリナップのレスリング部は、これまでに五輪代表や全日本チャンピオンを輩出し、現在も男女4人の国内トップクラスの選手が在籍するなど名門として知られる。1992年の創設から22年にわたりレスリング部を通じてスポーツ振興に尽力してきたクリナップ。井上強一社長はスポーツ振興を宣伝活動とは考えず、社内の団結、社員の鼓舞、地域貢献など、多岐にわたる経営への恩恵が期待できると分析する。
◆「チャレンジし続けろ」
「自ら考え、自ら演じよ」-。井上社長は社員に向けてそう語りかける。会社という組織で市場競争を勝ち抜くためには、社員一人一人の自立した思考と行動が不可欠というメッセージだ。キッチン専業のクリナップは、住設機器の総合メーカーと厳しい戦いを繰り広げてきた。専業だからこそ期待される商品やサービスの特性を見つけ迅速に展開することが企業の生き残りに直結する。常に進化を目指す同社にとって、世界を目指して精進するレスリング部の選手から学ぶところは少なくない。
現在のレスリング部の所属選手は、競技に専念できる雇用形態になっている。それだけに「応援してくれる会社のためにも、結果を出さなくてはならない」(所属の前田翔吾選手)と強いプロ意識を持つ。
2008年前後の景気低迷で、レスリング部の存続が危ぶまれたこともあったが、当時所属していた長島和幸選手は全日本選手権を5連覇する偉業を達成し、部継続への道を自ら切り開いた経緯もある。
井上社長は「企業を存続させるには、与えられたビジョンを共有するだけでなく、社員一人一人が自らの未来を語ることが重要だ」と考える。
クリナップが今年4月、日本のキッチン専業メーカーとして初めて、イタリアで開催された国際家具見本市「ミラノサローネ」に出展したときのことだ。計画を提案した開発チームの若手社員に対し、井上社長は「一回でやめるな。チャレンジし続けろ」と命じた。新たな事業に進出する社員にも、「レスリング部員同様、簡単に満足せず、自ら考え、自ら演じることで世界で結果を出すように期待している」(井上社長)からだ。
初の出展にもかかわらず、同社は技術性やデザイン面など多項目で高い評価を得た。次回以降の出展にも期待が高まっている。
2013年、レスリングは五輪の中核競技から外れ、実施競技からも除外される危機に瀕(ひん)した。より分かりやすいルールへの変更や、階級の見直しなどが進められ、実施競技には残ったが、選手の負担は増える。これについて井上社長は「ビジネスでも、ある日突然市場環境が激変することがある。変化に対応し挑戦していく姿勢が必要だ。その点は、経営もレスリングも相通じるものがある」と、レスリング部員たちに温かいエールを送る。
◆地域・社会に成果還元
クリナップがレスリング部を運営している理由の一つに地域貢献がある。レスリング部は生産拠点の福島県で国体が開催されるのに際し、同県からスポーツ振興への協力を打診されたことが契機となっている。いわき市の工場には体育館があったため、マットを敷いて練習場としたのが始まりだ。
現在、所属選手の練習拠点は東京に移されたが、いわき市の同社体育館では地元の小中学生を対象としたクリナップキッズいわきレスリングクラブの運営を支援している。
「企業は社会の公器だ」。井上社長は11年3月の東日本大震災以降、その思いを強くした。震災と原発事故の影響で工場は操業停止を余儀なくされたが、従業員やその家族の努力はもとより、顧客の理解や地元の応援などが早期復旧へ道を開いた。「企業は社会に生かされている。企業活動の成果は地域や社会に還元していきたい」(井上社長)。キッズレスリングクラブも、震災から2カ月で再開にこぎつけた。
最近では、キッズの親の世代を対象としたレスリング教室を開くこともある。井上社長は「スポーツを通じて子供たちを笑顔にする活動は、今後も継続していきたい」と語った。
キッズレスリングクラブのOBには、将来を嘱望される選手も出始めている。20年東京五輪では、クリナップゆかりの選手たちがレスリング競技を席巻するかもしれない。(高山豊司)
「フジサンケイビジネスアイ」