【対談】イノベーターの視点

欲に素直になり、ゴールを描き、楽しさで走り続ける

一般社団法人ベストライフアカデミー 代表理事 前田出

欲に素直になり、ゴールを描き、楽しさで走り続ける

変化の激しい時代に、新たな価値を創り出し、未来を切り拓こうと挑む人たちがいます。
既存の枠を越え、変革を起こす意志と行動力を持つ“イノベーター”たち。

「イノベーターの視点」は、イノベーションズアイ代表・加藤俊之が、その発想の原点や挑戦の背景、そして変革を支える戦略や思想に迫る対談シリーズです。

第6回は、自ら起業して4万7000人の女性起業家を育成したほか、200以上の協会設立に関与してきた前田出氏に話を聞いた。
大学卒業後、父が経営する前田商店で働きながら、地元でミュージカル制作やまちづくり活動に情熱を注いだ。その後、起業して押し花クラフトやビーズアクセサリーのブームを創出。にもかかわらず58歳で上場企業に売却した異色の起業家だ。その後、「新・家元制度」を提唱する一般社団法人協会ビジネス推進機構を設立。2017年に息子へ事業承継し、現在は一般社団法人ベストライフアカデミー代表理事として「応援する人が豊かになる社会をつくる」という理念のもと活動を続ける。

楽しいことを追い求める性格

――どんな学生時代を過ごしたのですか。

小学校では生徒会長を務めたりもしましたが、勉強熱心なタイプではありませんでした。大学に進んだものの、やりたいことが特別にあったわけではなく、ただ、いわゆる「普通の学部」には入りたくなくて、長崎大学の水産学部を選びました。体を鍛えているような学生が多く、それはそれで楽しかったですね。

在学中に新造船が入ってくるという話があり、「それに乗りたい」という理由だけで1年留年しました。その話を仲間にしたら、「じゃあ俺も」と言い出して、結果的に十数人が一緒に留年することになりました。

ところが、オイルショックの影響で新造船の完成が遅れ、結局乗れずじまいでした(笑)。何のための留年だったのか分かりませんが、5年間の大学生活を本当に満喫しました。

――就職は。

大学卒業の半年前まで、就職のことをまったく考えていませんでした。そんな状況だったので、教授に勧められた九州の会社にほとんど何も調べずに入社しましたが、半年で退職しました。「サラリーマンは自分には向いていない」と感じたからです。

地元の和歌山に戻り、実家が営んでいた前田商店という黒板屋で働き始めました。年商1000万円ほどの小さな会社で、月給は10万円。正直、この仕事に本気で取り組もうという気持ちはありませんでした。

そこで、「何か面白いことがしたい」と思い、地元の中学校の国語の先生が主宰するミュージカル劇団に参加しました。公演しても団員20人に対して観客は5人という具合で、なかなか厳しい状況でした。

もっと盛り上げたいと思い、先生に「今、一番欲しいものは何ですか」と尋ねたところ、「曲が欲しい」と言われました。「誰の曲ですか」と聞くと、「(シンガーソングライターの)小椋佳さん」と。

そこで、すぐにアプローチし、曲を書いていただくことに成功しました。その結果、劇団員は80人規模に増え、700人収容のホールを満席にできるようになりました。

その頃には、出演者でありながら「どうやって観客を集めるか」「どうやってチケットを売るか」「どうスポンサーを集めるか」を考えるプロデューサー的な役割も担っていました。最終的には全国公演を実現し、3000人規模の会場を満席にするまでに成長させました。

――その後は、どのような活動に転じたのですか。

ミュージカルが軌道に乗ったので、次はまた別の「楽しいこと」をやりたくなりました。当時30歳です。

和歌山には建築家を中心とした「まちづくり会議」があり、そこに参加しました。しかし、集まって会議ばかりなので正直面白くなく、自分でイベントを仕掛けることにしました。

市内には内川という、日本有数の汚い川が流れています。ですが、川は街の象徴になり得る存在です。そこで「内川で遊ぼう」「内川から見た和歌山を考えよう」と提案し、ボートやヨットを持つ人たちに声をかけて、約20隻を集めたレースを開催しました。商店街からも協力を得て、マスコミも取材に来るようなイベントになりました。

続いて、和歌山城を中心としたまちづくりにも取り組みました。城下町でありながら、市民は「城を中心にした地理感覚」がなかったからです。城周辺の飲食店を巻き込んだスタンプラリーを企画。外国人を200人呼ぶという目標を掲げ、英語マップも作成しました。

こうした活動が評価され、政治家から声がかかり、選挙プロデュースにも関わるようにもなりました。

会社設立、事業承継、そして第3の起業

――起業はいつですか。

32歳のときに、ICS(インテリア・コーディネーター・システム)という会社を設立しました。まちづくり活動では男性の参加が多かったので、「女性が自宅でも取り組める仕事は何か」を考え、当時はまだ一般的でなかったインテリアコーディネーターという資格を広める仕組みをつくりました。

「教える人を育て、その人が生徒を育て、組織化して商品をつくり、社会に提供する」。この循環モデルが事業の原型です。

その後、コロネットを設立し、結婚式のブーケを押し花にする押し花クラフト事業で東京に進出。ビーズアクセサリー事業へと展開し、最終的に年商9億円規模まで成長させました。

――年商9億円の会社をどうしましたか。

このビジネスモデルは、地域には根付くけれど、無限に成長するものではないと考えていました。ですので、最初から「10年後にM&Aできる形にしよう」とゴールを決めていました。正直、性格的に10年やったら飽きるだろうなとも思っていました(笑)。

結果的には13年かかりましたが、58歳のときに上場企業へ売却しました。

――その後、一般社団法人を設立されていますね。

これまで培ってきた仕組みを、他の協会やこれから協会をつくりたい人に伝えるため、一般社団法人協会ビジネス推進機構を設立しました。これまでに200以上の協会設立を支援するとともに、運営指導にも関わってきました。

――2017年に息子さんに事業承継しました。

最初から考えていたわけではありません。息子に事務局を手伝ってもらったときがあって、そのときに「面白い」と感じたようで、「継ぎたい」と言い出しました。それで、普通に「いいよ」と承継しました。

――事業承継はうまくいきましたか。

最初の2年間は、口も聞きませんでした。仕事に関係なく家族で集まっても、お互いに目を逸らしてしまう状態でした。

やっぱり口出ししてしまう。でも、息子からみたら「自分(父親)の価値観を押し付けるな」となる。僕にとってのゴールと息子にとってのゴールが違っていたのですね。

それから完全に割り切り、口を出さないし、事業の中身も見ないことにしました。それが結果的に息子の成長につながり、事業もうまくいっているようです。

――64歳でさらに新しい事業をはじめましたね

これまでのテーマは「働き方」でしたが、次は「生き方」です。人生100年時代に向け、「応援する人が豊かになる社会をつくる」をミッションに、一般社団法人ベストライフアカデミーを設立しました。人生・事業を成功に導くサクセスナビゲーターを育成する講座やコミュニティーを運営しています。

「逆算思考」と「欲に素直になる」

――事業やM&Aもそうですが、常にゴール設計を大事にされていますね。

最初に決めるのは、やはりゴールですね。ここで言うゴールは、単なる目標設定ではありません。未来のある地点を先に決めて、そこから現在を見ていく「逆算思考」です。

多くの人は、目の前の仕事や課題を一生懸命こなしますが、それだけを続けていると、いつの間にか「何のためにやっているのか」が分からなくなってしまうことがあります。

でも、ゴールが明確であれば、そこへ向かう道は一つである必要はありません。遠回りしても、寄り道しても、ゴールさえ見えていればブレることはないと思っています。

――いつ頃から、そのような考え方になったのですか。

振り返ってみると、ミュージカル活動でも、まちづくりでも、無意識のうちにゴールを決めていました。「どれくらいの人に来てもらいたいか」「どんな景色をつくりたいか」を最初に描き、そこから今やるべきことを考えていました。

32歳で会社を立ち上げてからは、その意識がより明確になりました。事業を続けていく中で感じたのは、ゴールは誰かに決めてもらうものではない、ということです。他人が設定したゴールでは、自分は本気になれない。

自分の経験や価値観、人生の延長線上にあるゴールだからこそ、そこに向かって動き続けることができるのだと思います。

――他にも大事にしている考え方はありますか。

「欲に素直になること」です。社会貢献や使命はもちろん大切ですが、最初からそこだけを考えてしまうと、なかなかエネルギーが湧いてきません。

まずは、「こうなりたい」「これが欲しい」「これをやってみたい」という自分自身の欲を、きちんと認めることが必要だと思っています。

会社や事業がある程度のステージに達して、余裕が出てきて初めて、社会のことや周囲の人のことを深く考えられるようになります。

使命は大切ですが、その前に自分の欲を明確にすること。それが結果的に、事業を前に進める原動力になります。

――これからも現役で活動されていきますか。

これまでもそうですが、これからも好きなことしかしません。

今は「1日3時間しか働かない」と決めていますが、その時間もすべて自分が楽しいと思えることに使っています。将来的には、その時間すら減らしていきたいですね。

僕にとっては、「何もしない時間」を持つことがとても重要なのです。取り組んできたミュージカル活動、まちづくり、押し花やビーズ、協会ビジネス。どれも最初から計画して始めたものではありません。

余白の時間があったからこそ、新しい話が舞い込み、次の展開が生まれてきました。「何もしないと暇になる」「ボケてしまう」と言う人もいますが、時間に余白があると、また自然と面白い人や話が集まってくるものです。

その流れに身を任せながら、これからも自分らしい楽しい生き方を続けていきたいと思っています。

一般社団法人ベストライフアカデミー 代表理事 前田出

1954年生まれ・和歌山県出身
人生・事業を成功に導くサクセスナビゲーター®創始者

「好きを仕事にしよう!」をテーマに、 ホビークラフト界では最大の2万5000人のコミュニティーを構築。年商9億円の企業に成長させ、 押し花クラフト、 ビーズアクセサリーの一大ブームを巻き起こす。58歳でM&Aで上場企業に売却。新たなビジネスモデルとして、 一般社団法人を設立し、「協会ビジネス®」を構築。10年間で200協会の設立、運営指導に関わる。 未来を確定させ、逆算で目標を立てて達成していく 「逆算思考」のメソッドで10万人を超える企業や協会、経営者を指導。2~3年で年商1億円を超える組織を多数輩出した。この事業を息子に譲り、3回目のシニア起業。「夢を応援する人が豊かになる社会を作る」を理念に、 一般社団法人ベストライフアカデミー設立。人生100年時代に活躍するコミュニティーリーダーという働き方を提唱。

著書に『一気に業界NO.1になる「新・家元制度」顧客獲得の仕組み』(ダイヤモンド社)、『「学び」を「仕組み」に変える新・家元制度』(アチーブメント社)等。

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イノベーションズアイ株式会社 代表取締役 加藤俊之

1968年生まれ・茨城県出身。大学卒業後、証券会社、IT企業、物流企業、政府系プロジェクトを経て、2006年にイノベーションズアイ株式会社(現在)を設立し代表取締役に就任。グローバルベンチャー、ローカルベンチャー、大学発ベンチャー、日本のものづくりを卓越した技能で支える中小企業など、多様なイノベーターと向き合ってきた。「未来を創る企業を増やす」を使命に、「発掘×発信×発展」を事業コンセプトとしたビジネスプラットフォームの創造に取り組んでいる。

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